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招待状を、きみに

誰にでも特別な思い出って、あるはずだ。

少なくとも、わたしにはある。

話すなら、とっても長くなるけれど──まずは、小学六年生の夏休み、招待状をもらったところから始めなきゃならないね。



「瑠璃!いつまで寝てるの!早く起きなさい!」


もう起きてるよー。

ママの足音がだんだん大きくなる。

けど、気にしない。

ベッドの上でごろりと寝返りをうつ。


「瑠璃!夏休みだからってゴロゴロしないの!」


「はいはい。」


「はいは一回!」


「はーい。」


しびれを切らしたママは、とうとう部屋から出ていった。

──勝った!

そして、またごろり。

夏休みに早起きしなきゃならないなんて決めた人は、たいそうまじめだったにちがいない。もしくは、元気があまっている一年生か——。

寝たままで、大きくのびをする。

窓の下から、きゃーきゃーはしゃぐ声がきこえてきた。


「バリアは反則だろ!」とだれかが叫ぶと、ほかのみんなが笑い声をあげる。

たぶん、近所に住んでる四年生たちだろうな。


「あんたも外で遊んできなさい!」ってママは言うけど、街探検、虫とり、それにプールも、とっくにやりつくしてしまった。

昔は楽しかったはずだ。今だって、きっと楽しいと思う。

けど、前みたいに夢中になれない。

街にある建物や路地は知りつくしてるし、虫とりだって、だいたい「相場」ってものが、きまってる。そして、プールを二十五メートル泳ぎ切ったなら、ターンして元の道を引き返すしか、ない。

今日何度目かの寝返りをうつ。

長い髪が顔にこぼれてきて、わたしは目をつむった。

わたしはもう、十二歳なんだ。

下級生といっしょに「小学生」とひとまとめにされちゃ、かなわないよ。

クーラー全開の部屋でまんがでも読みながらゴロゴロしてるほうが、今のわたしにはよっぽど楽しい。

そういえば葵(葵というのは、わたしの一番の友だちだ)のお姉ちゃんの部屋にも、まんが本が山ほどあった。まんがと小説がびっしり並んだ本棚と、おしゃれなポスターがはられた壁を、思い出す。

高校生の部屋はやっぱり、ちがうな。

大人というのは、暑い外じゃなく、すてきな部屋の中で、休みをまんきつするものなんだ。

だからこの夏休みは、大人に片足をつっこんだ十二歳にとっての大正解といえる。

こんなとき、ミステリー小説に大はまりしてる葵は、よく言うんだ。「Q.E.D.——。」


今度ママにしかられたときのためのかんぺきな説明を思いついたわたしは、ひとりで深くうなずいた。

逆さまになった青空をながめる。

なにもしない夏休み、サイコー。


「たいくつそうだな。」


「うん、と~っても——。」


返事をかえしてから、ふと気づいた。

今の声って、だれ?

知らない声が聞こえたような……。

昨日の夜に見た、「恐怖の心霊現象・十選!眠れなくなるこわ~い話」の動画が頭によみがえる。

まさか、「出た」のか?

パパとママが言うには、うちはまだローンが山ほどのこってる新築だけど……。

わたしはおそるおそる、起き上がった。

朝からベッドの上を動いてないせいで、軽くめまいがする。けど、そんなこと気にしてる場合じゃないのだ。

部屋の中を歩き回ってみる。

クローゼットの中や、開けっぱなしのドアのうらがわも見たけど、だれもいない。

きのうの動画ではたしか、ベッドの下から血まみれの手が出てきたっけ……。

もし、出るとすれば、さっきまでわたしが寝ていた、ベッドの下……。

本当に気がすすまなかったけど、確かめようとかがみこんだとき——。


「こっちだ。」


後ろから、あの声が聞こえてきた。

ドレッサーの鏡の中。

そこには、ねぐせがつきっぱなしの長い髪に、学校の青いジャージを着た、ごくふつうの小学六年生がいる——。

はずだった。


「やあ。」


知らない魔法使いが、鏡の中で笑っている。

その女の人が「魔法使い」だって分かった理由なら、かんたんだ。

魔法使いしかかぶらない三角帽子に、魔法使いしか着ない長いローブを、はおっていたから。


「きみが、わたしの新しい弟子だな!」


そんなにキラキラした目をされても、こまる……。


「あの~……。弟子になったつもり、ないんですけど。」


「なんだって!」


大げさに驚くお姉さん。

うすい緑色をした長い髪の毛が、ゆれている。


「おかしいな。ここに、魔法使い志望の子どもがいると聞いて、きたんだが。名前は、リル。」


「人ちがいだよ。わたしの名前は瑠璃——。」


「あーあーあー!なにもきこえなーい!」


両手で耳をふさいで、さけぶお姉さん。

突然、おかしくなってしまった……。

いや、元からおかしいか。鏡の中から、魔女のかっこうであらわれたんだから。

ひとりで納得していると、お姉さんはあせって言い訳する。


「悪いけど、魔法界のきまりでな!本当の名前は、だれにも教えちゃいけないんだ。」


「はあ……。」


何を言ってるのか、さっぱりわからない……。


「それにしても、こまったことになったな。『人間界から子どもをひとり、連れてきます。』と、役所に届けちゃったんだ。招待状も作っちゃったし……。」


お姉さんは腕をくんで、ひとりごとを言い始めた。


「とにかく、人ちがいだよ。リルだっけ?見つかるといいね。」


お姉さんに背を向け、部屋から出ようとすると、「ちょっと待った!」と、声がとんだ。

なんだか、いやな予感がする……。


「そうだ!きみが代理で、わたしの弟子になればいい!」


いやな予感が、当たってしまった。

わたしは聞こえないふりをして、リビングに逃げることにきめた。


「まて!魔法使いになれば、魔法の杖と空飛ぶホウキは完全保証!これはふつうに買えば、超絶高い!それに、弟子になってくれれば家賃無料、風呂トイレつき、家具備えつけのうえ、お菓子食べ放題!」


ふりかえってみると、お姉さんの口と腕が、せわしなく動いていた。あやしいセールスマンみたいだ。

わたしは今度こそ、リビングににげると決めた。

この話は、夏休みの悪い夢ってことにしよう。絵日記の良いネタになる。

でもわたしは、にげられなかった。

お姉さんのこの言葉のせいだ。


「冒険したくないのか?」


「冒険?」


「そう、冒険。」


「——そんなの、十二歳がやることじゃないよ。」


「本当に、そう思ってるのか?」


お姉さんの赤いひとみが、わたしをのぞきこんでいる。

わたしはなぜか、答えられないでいた。


「冒険なんて子どもっぽいこと、したくない。」と言ってしまえば、すむ話なのに——。


「これを、きみに。」


鏡の中から、白い腕がにょきっと伸びてきた。

一枚の小さなカードが、目の前に差し出される。


「さあ。」


ふしぎなことに、わたしは、そのカードを受け取ってしまった——冒険なんてしたくないはずなのに。

カードには、こう書かれていた。


「招待状 ____________様

おめでとう!

きみを、魔法の世界にご招待。

いつでもおいで。

道は、いつだってきみのためにある。

魔法界・氷の国 北一番街 三丁目一番地

大魔法使いツバキ]


「これ、名前がきえてるよ。」


「魔法の世界に着いたら、『リル』って書こう。あっちに着いてからでないと、意味がないからね。」


お姉さん——ツバキさんは、平然と答える。

やっぱりこれはきっと、悪い夢なんだ。

昼までゴロゴロしてるうちに、寝ちゃったんだろう。


「やっぱり、人ちがいなんかじゃない。きみが、わたしの探していた弟子に違いないんだ。一緒においで。」


一息にいうツバキさんをみて、わたしはきめた。

これは——「きっと」じゃない。

ぜったいに、夢だ。

それで、わたしは差しのべられた手を、いともかんたんに取ってしまった。

だって、これは夢なんだから。

夢の中なら、なにをしてもかまわないに決まってる。

ツバキさんの白い腕は、吸い込まれるみたいにして鏡の中にもどっていった。

わたしの手も鏡の向こう側にみちびかれる。鏡の内側は、ひんやりと冷たい。


「鏡の中に入るの?」


ツバキさんがうなずく。


「ただの道じゃ、つまんないだろ。魔法をつかうときは、体をロマンでみたさなくっちゃ、な。」


あんまり寒くてふるえていたら、ツバキさんはローブをかしてくれた。

ローブはあたたかくて、心地よい。

なんだか、眠くなってきた……。


「きみの心には、ロマンがある。魔法を使えるほどの、すてきなロマンが。」


まぶたが、だんだんと重くなっていく。

へんだな、夢の中でねむるなんて……。


「いつまで寝てるんだ。もう着いてるってのに。」


頭の上から、あきれた声が降ってくる。


「え?」


わたしは、ゆっくりと目を開けた。立ったまま、ねむっていたらしい。

目の前がとってもまぶしかった。

まぶたをパチパチさせてるうちに、まぶしさの正体が見えてくる。

街の建物や道のすべてが、透明にキラキラ光っていたせいだ。

街灯の柱は、水晶玉みたいに、奥の景色をぐにゃりと曲げてうつす。

植物の絵が彫られた家の壁、窓のひさしにくっついたワシみたいな形の飾り、ドアのてっぺんの小さなベル。

街のすべてが、建物や街灯からもれた黄色くゆらぐ光をはね返し、かわるがわるにきらきらと輝いている。

星の代わりになって、真っ暗な空を照らしているみたいだ。ここは、ガラスの街?


「わたしってけっこう、想像力豊かかもね。こんなすごい夢をみるなんて。」


軽い気持ちでいうと、ツバキさんは大笑いをはじめた。


「これは夢なんかじゃない!現実さ。」


「えっ?」


「さわってみな。」


指さされて、となりの街灯をさわってみる。

指先から頭にむかって、冷たさがキーンとひびいた。


「ここは、氷の国だから。」


夢の中にしては、冷たさがやけにリアルだ。

あんまり気がすすまないけど、ほっぺたをつねってみる。


「痛い!」


「現実だと言っただろ!ここは、魔法の世界なんだ。リルが、自分でついてきたくせに。」


「え。」


わたしの口からため息みたいな声がもれた。

一拍おいて、冷たい空気を胸いっぱいにすいこむ。ちゃんとおどろくために。


「ええーっ!」


「まさか本当に、夢だと思っていたのか?こっちの世界が、わたしたち魔法使いにとっての現実(リアル)さ。」


やっと笑いおえたツバキさんは、目元の涙を、長い指でぬぐった。


「では、あらためて——。」


ツバキさんはローブをばさりと広げると、丁寧に礼をする。


「ようこそ、魔法界へ。わたしはツバキ、この『氷の国』でただ一人の大魔法使いだ。」


後ろを振り返ってみる。

家の鏡も、その奥にあるはずのわたしの部屋も、どこにも見当たらない。

ここが本当に魔法の世界で、ほんとうに夢じゃないとしたら——。

わたしは、なんてことしてしまったんだろう⁉

歯がガチガチいいだしたのは、寒さのせいだけではない。


「そうだ。ここで立ち話をしていても寒いだけだし、わたしの店にうつろう。リルも、気持ちを整理する時間が必要ってもんだろ?」


「そんなことしなくていいから、帰してよ!」


わたしは大声をあげた。

道行く人たちが、何事だ?って顔でこっちをみる。


「むり。」


「どうして!」


「一度魔法界に来てしまった人間は、かんたんには帰れない。そういう仕組みなんだ。」


「は、はあ~?」


声が裏返ってるのが、自分でもよくわかる。


「帰る方法は、ないでもないが——。どっちにしろ、リルにあたえられた方法は、わたしの弟子になることだけだ。」


「どういうこと、それ!」


「ま、詳しい話は帰ってからにしないか?おいしいホットチョコレート、あるからさ。」


「知らない人にはついてくなって、いわれてるんですけど。」


わたしは自分にできる一番のこわい目つきで、ツバキをにらんだ。


「とくに、ゲームとか、おこづかいとか、甘いものをくれる人にはね。」


「あーもう、わかったよ!」


ツバキも、わたしに負けないくらいの大声をあげる。


「アップルパイも追加だ、それでいいだろ!」


結局わたしは、ツバキの店までついてきてしまった。

アップルパイとホットチョコレートめあてでは、ない。


「ついていったら、方法を教えてくれる。」という約束だからだ。

店の中は、木で作られた古い棚がいくつかと、古びたレジスターが置かれたカウンターだけのシンプルなつくりだった。棚の中には、値札がついた薬のびんがいくつも並んでいる。

棚やカウンターはつやつやだし、レジスターもぴかぴかで、一目見て、良いところだなと思った。

元の世界に帰れないってことをのぞけば——。


「アップルパイとホットチョコレート。うまいぞ。」


ほかほかのパイとマグカップが、カウンターに置かれる。

甘いにおいが部屋中にただよった。


「うわ~。」


おいしそう、と言いかけて、わたしは口をつぐんだ。

ツバキが赤いくちびるをにやにやさせてるのに、気づいたからだ。

……わたしがここに来たのは、帰り方を教えてもらうためだ。

アップルパイとホットチョコレートめあてじゃないぞ!


「すなおに食べればいいのに。」


ツバキは自分もパイをひときれ、ほおばりながら言う。


「うん、うまい!」


そんなに言うなら、いただきま~す。

わたしも、アップルパイにかじりつく。

バターがきいてて、サクサクで、あまずっぱくて——最高だ。

そのとき、カウンターの向こうから「おいツバキ!また、おれのチョコを盗み食いか!」と声がした。


「ほかにも誰かいるの?」


この家にツバキ一人で住んでいると思ってたわたしは、当然だけど、びっくりしてた。


「ああ。ひとり、居候がいてだな……。サッカルってやつなんだけど、少々やっかいで——。」


あきれたように首を横に振るツバキ。


「誰がやっかいだと!」


「本当のことだろ。」


ツバキは平気で言い返してるけど、後ろを振り返ってみても、姿はどこにも見えない。


「こっちだよ!もっと下を見ろ!下を!」


「下?」


言われたとおりにしてみると、いつの間にか、真っ白い犬が顔をしかめて座っていた。

細長い鼻がまっすぐに伸びて、つんとななめ上を向いている。たしか、「ボルゾイ」って犬種だ。


「げっ。」


わたしも、同じように顔をしかめる。

二年生のころ、リードがはずれた近所の犬に全力疾走で追いかけられた。しかも、長い髪をよだれでべろべろにされたっけ。あれ以来、犬は苦手なのだ。


「失礼なガキだな。こんなのが、大魔法使い様の弟子か?」


わたしは、「弟子になったおぼえはない!」って、言いかけた。

けど、それより先に、サッカルが「ぐえっ!」と、つぶれたカエルみたいな声をあげた。

ツバキが「おまえは口が悪すぎる!」と言うなり、頭をぽかっとなぐったせいだ。


「動物虐待だぞ!」


「うるさい!せっかく見つかった弟子に、なんてこと言うんだ!」


「本当のことだから、しかたないだろ!」


ぎゃーぎゃー言い合うふたり。


「あのー、弟子になったおぼえは……。」


だめだ。言い争いに夢中で、わたしの話なんて、きいてない。

言い合いをながめるうち、「犬がしゃべってる」ってことに、わたしはようやく気がついた。

でも、さしておどろかなかった。

心が、おどろくということを忘れてしまったらしい。

鏡から人が出てくるところや氷細工でできた街を、さんざん見せられたせいだな。


「そうだ!サッカルは知らないの?」


「なにをだよ?」


サッカルとツバキが、ようやくこっちを見る。


「元の世界に帰る方法!」


それをきいたサッカルは、「はあ~っ。」と長いため息をついた。


「ツバキ、おまえ、『魔法使いになりたい子どもをつれてくる!』とかなんとか、言ってなかったか?」


「いや~、ちょっとした手違いがあって。」


赤いひとみが、ヘロヘロと右にスライドしていく。

サッカルはもう一度深いため息をつくと、口をひらいた。


「氷の女王だ。氷の女王なら、帰してくれるかもしれない。」


「氷の女王?」


「この氷の国の支配者だよ。北にある城に住んでる。」


何も言わないツバキに、「本当?」と、目でたずねる。

ツバキは、しぶしぶって感じにうなずいた。

サッカルがつづける。


「氷の女王なら、魔法界で迷子になった人間を、元の世界に戻してくれるってきいた。昔の話だけどな。」


「じゃあさ、今から——氷の女王だっけ?その人にお願いに行けばいいんじゃん。」


わたしが思いついたままを言うと、ツバキの整ったまゆが、ぴくりと動く。


「それは、だめだ!」


「だめってどうして!」


「——氷の女王は、一流の魔法使いにしか、会いたがらないんだよ。おいそがしいんでな。」


サッカルも、「そうだ。」と、うなずいている。

どうやら、かんたんには帰れないってのは、本当のことみたいだ。


「じゃあツバキがお願いに行くっていうのは、どう?わたしはダメでも、大魔法使いのツバキなら、通してくれるんじゃないの?」


「本人が行かないと、だめなんだ。」


そんな、役所の手続きみたいなこと言わなくても……。

ツバキが「だいいち、わたしじゃあ、な。」と、付け足す。

その横で、わたしはぼうぜんと空をあおいだ。


「まあ、よかったじゃないか。」


「何が。」


ほっぺをふくらませてるわたしをみたツバキが、目を細める。


「わたしの弟子になれば、ワクワクドキドキのたのし~い修行ができる!しかも、一流の魔法使いなんて、すぐになれるさ。」


「すぐにって、どれくらい。」


「そうだな。毎日十五時間くらい、必死になって修行してれば夏休みが終わるころには、一流になってるんじゃないのか?」


「ぜんっぜん、すぐじゃないじゃん!」


「そうかあ?」


「ツバキ、そういうの何ていうか知ってる?——『無責任』っていうの。」


なにも言わずに肩をすくめるツバキ。


「とにかく弟子なんて、絶対ぜ~ったい、ならないからね。帰れる方法、ひとりでも探してみせるんだから。」


「へいへい。」


ツバキは、長い髪をいじくって、いじけたふり。


「ないと思うけどな。」って小声で付け足したの、しっかり聞こえてるからね。

何としてでも、方法を見つけなきゃ。

こぶしを固くにぎりしめる。

わたしは、きめたんだ!

絶対に、魔法使いの弟子なんかならない!修行もしない!

必ず元の世界に帰って、すばらしいグータラ生活を取り返してみせるんだ——!

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