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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

禁書X

掲載日:2026/02/28

 ちょっとした短編作品です。

 もし、評判良ければ次の連載投稿にしていきたいと思います。



 一通の命令書で、俺の生活は面倒な方向へ転がった。


 帝国軍中央司令部。

 白い石壁に囲まれた無機質な部屋で、俺は上官の前に立たされていた。


「アルド・ヴェイン少尉。貴官を内務省管轄の帝国文書監理局 有害指定図書取締班へ出向とする」


 出向。


 その二文字を聞いた瞬間、思わず眉間に皺が寄った。

「理由を聞いても?」


「内務省からのご指名だ」

 有害指定図書⋯⋯。

 あまり聞き慣れない単語。


「ワタシには、討伐部隊でそれなりの成果を挙げている自負があります。それがなぜ内務省などに⋯」

 あえてぎこちない敬語で話す。

 上官は額に滴る脂汗を拭き、目を泳がせながら答える。

「ま、まぁ、そう怖い顔をせんでくれ。これは左遷とかじゃなくて、栄転なんだ。」

「我が帝国が定める有害指定図書、通称『禁書』の回収任務。」


 どうやら、嫌味な敬語だけじゃなく、無意識に上官を睨んでしまっていたらしい。急いで顔は取り繕う。

「禁書⋯⋯ですか。」

「そう。その中でも特に『最重要有害指定図書』に指定されている禁書『X』」


 X。

 やけに曖昧な呼び方だ。

「三冊存在することだけが分かっており、所在は不明。内容も不明⋯⋯。」


「だが、その存在自体が帝国の基盤を揺るがしかねないと言われる危険な本らしくてな⋯⋯。」

 たかが本で、帝国の基盤が揺らぐ。そんなバカげた話があるわけがない。

「本よりも『フィクション』の討伐のほうが、よっぽど最優先事項かと存じますが?」

 フィクションーー

 姿や形は多種多様。凶暴なものから、知性ある狡猾なものまで存在し、この帝国を襲う魔物。

「お前の気持ちは分かっている。だからこそ、この禁書Xの回収に成功すれば、お前を新設予定のフィクション殲滅部隊の隊長に任命しよう。」


 俺は黙った。

 フィクションの殲滅部隊。

 昔から俺が何度も上層部へ立案していた案だ。さらにその隊長ともなれれば、人員や予算をコントロールできる立場にもなれる。


 俺の望みはそれだけだ。


「⋯⋯本を回収すれば、創設を約束してくれるんですね?」

 上官の声が僅かに低くなる。

「勿論だ。ただ、禁書の内容を見ること、読むことは固く禁じる」

「……分かりました」

 そもそも本などに興味はない。そんなのは俺にとって条件でもなんでもなかった。

「頼めるか」


 たかだかこどものおつかい。

 だが、フィクションを狩れるなら構わない。


「わかりました。フィクションに繋がるのなら、何でもやりましょう」

 それが、俺と禁書の最初の接点だった。


 帝国の首都「イスリル」

 

 イスリルの中心にあるイスリル大通りに面している帝国文書監理局は嫌に存在感を放っている。

 軍の建物とは空気が違った。

 石造りの廊下に並ぶ書棚。白で塗られた厳かな木箱。


 紙と薬品の匂いが鼻を刺す。

 そこで、"そいつ"と出会った。

「あなたがアルド少尉ですね」

 短めの銀髪は切り揃えられ、どこか眠そうな目が特徴的な女性。年は二十代前半ほどか。

 俺のよく知る黒い軍服ではない、白を基調とした監理局の制服。


「私はレティシア・オルグレン。帝国文書監理局所属です」

「長い。レティでいいか」

「⋯構いません。」

 冷静な声だった。

「とりあえず、俺は有害指定図書取締班とやらに配属らしい」


「禁書とは⋯何だ?」

 俺が問うと、レティシアは一瞬だけ視線を伏せた。

「⋯帝国が有害と定めた書物。思想、機密、あるいは……異能を宿すもの」

「異能」

「怪物――フィクションの出現と関連があると考えられています」

 その言葉に、俺は鼻で笑った。

「本が奴らを生む?くだらんな」

「くだらなくありません。実際に、禁書の噂が立った地域でフィクションの出現率が上昇しています」

 静かな目。

 一見すれば本を軽く扱う俺への敵意が感じ取れる。

 だが、その奥には好奇心の光が宿っているようにも見える。


「それで、俺たちが回収するという禁書『X』ってのは?」

 俺が問うと、彼女は僅かに躊躇した。

「三冊あるとされています。最重要有害指定図書。内容も所在も不明。存在だけが確認されています」

「内容すら分かってない本が最重要だと?」

「はい」

「よく分からん本を探せと?」

「はい」

 面倒極まりない。


 レティは俺に背を向け奥へと歩き出す。

「とりあえず、最初の任務があります。これを読みながら、ついてきてください」

 彼女が差し出した資料には、地方都市ルグナの名が記されていた。

「読んだ者がフィクションに襲われる本?」

「二級有害指定図書『かいぶつずかん』です」


「二級⋯Xではないのか?」

「Xの情報を探しつつ、合間に監理局の通常任務にもあたってもらいます」


 レティは一瞬だけこちらを横目で見て、またすぐ前を向く。

「ただ飯を食わせるわけにはいかんですから」

「言ってくれるな」

 禁書Xではない。

 だがフィクションが出るのなら、話は別だ。


「すぐ行くぞ」

「あなたが仕切らないでください」



 ルグナは霧の濃い街だった。

 人が住んでるのかも怪しい、ボロボロの街。

 そこかしこにある廃屋。街に残された焦げ跡。

 血の匂い。

 嫌な既視感が胸を刺す。

 俺の村が襲われた夜を思い出す。

「街の人たちは?」

「生存者たちは一時的に近くの野営地に避難させています」

「そんで、その禁書とやらはどこにーーむぐっ!?」

 レティの手が突然口を塞いでくる

「な、何を⋯ンガっ」

「静かに!!」

 

 耳を澄ませというジェスチャー。風の鳴き声、廃屋の軋む音。そして微かな地鳴り。

「⋯来ます」

 レティシアの声と同時に、屋根を突き破ってそれは現れた。


 三本の巨大な足。アンバランスな四本の腕。

 こどものラクガキのような歪な姿。それを覆う漆黒の皮膚が怪しい光沢を放つ。

 縦に裂けた大きな口の中には、ギョロギョロと周囲を見渡す目玉が無数に埋まっている。


 これが、フィクション。姿も形も様々。大きさも、知能もバラバラ。

 しかし全てのフィクションに共通すること。

 人間に対する、強烈な食欲。


「目標発見しました。禁取の皆さん、応戦お願いします」

 レティが無線で指示を飛ばす。するとどこに隠れていたのか、四名の白墨兵装を持った監理局の部隊がフィクションの出てきた廃屋を取り囲む。


 部隊員の白い刃がフィクションの右足を切り裂く。

 だが灰色の小さな傷がつくだけ。

「白墨が足りません!」

 誰かが叫ぶ。

「弾丸、いきます!」

 合図とともに避ける前線の部隊員。白色の散弾はフィクションの前身に命中するが、それでも黒い皮膚に灰色の点がいくつか生まれるのみ。

 連携は悪くない。コンビネーションも洗練されている。


 だがこの巨大なフィクションに対して、圧倒的に火力が足りない。

 俺は溜息をついた。


「退かせろ」

 レティは俺の指示を無線で飛ばす。


 腰の刀に手をかける。

 黒い刀身に、紅蓮の紋様。

 名刀『焔』。

 避けた部隊員の一人が呟いた。

「白墨じゃない⋯?」


「それが……」

 レティシアの言葉を遮り、俺は踏み込んだ。

 一閃。

 刀の残影に、炎が走る。

 フィクションの左足。黒い皮膚が赤く裂ける。

 左足が無くなっても、まだ二本足のあるフィクションは崩れない。

「中足を狙え!左足で踏ん張れないから、奴の左側から狙うんだ!」

 剣を持った部隊員が左側から回り込み中足を斬りつける。

 傷のついた中足に続けて散弾が撃ち込まれる。


 ようやく、フィクションはよろめく。

 支えが効かなくなっている。

 フィクションの目から、殺意や食欲の色は消え恐怖の色へと変わる。


「ここだッッッ!!」

 崩れた廃屋の屋根を駆け上がる。屋根が崩れるより早く踏み込み、俺はよろめいたフィクションの頭めがけて飛ぶ。

 焔を大きく上段へ構えた。

「無仁一刀!!」

 縦に開く口と平行に、奴の脳天から中足付け根まで。

 双葉が開くように、フィクションの体は二つに離れ開いた。

 そしてその傷跡から、炎が巻き湧く。


「くたばれ、クズ野郎。」



 燃え盛るフィクションは塵のように崩れ、完全に灰となった。

 白墨でもない。

 白くもない。

 ただ、残火がそこにあるだけだ。


 静寂。


「……燃え、た。」

 レティが呟く。

「これが⋯帝国軍の"炎血のアルド"」

 真顔で俺を見つめてくるレティ。その目は、好奇心に駆られる子供のようで、どこか狂気にも似た光だった。



 問題の本「かいぶつずかん」は、崩れた廃屋から見つかった。


 中身を軽く読んだが、本物よりいくらかマシな挿絵の入ったフィクションのイラスト帳。

 俺からすれば、そんな程度の感想。だが、監理局の奴らは興奮していた。


「禁書の噂とフィクション出現は無関係ではありません」


 レティシアが言う。

 俺は焔を鞘に納める。


「本来であれば、我々監理局の戦闘部隊が担うべきなのですが⋯」


「あなたのように『その場でフィクションを燃やし倒せる』者は稀です」

 フィクションは消せる。

 だが、また現れる。

「禁書を追えば、フィクションが現れるのか」

「……高確率で」

「なら話は簡単だ」

 俺は彼女を見る。

「禁書とやらを全部探せばいい」

 彼女の目が揺れる。

 恐れか。

 それとも興奮か。


「禁書Xも、ですか」

「三冊だろ」

 所在不明。

 中身不明。

 だが構わない。

「フィクションに繋がるなら、全て燃やし斬る。」

 それが俺の使命だ。

 レティシアは小さく息を吐いた。

「……よろしくお願いします、アルド少尉」

「面倒な仕事だ」

 そう言いながら、俺は霧の向こうを見た。

 どこかで、禁じられた本が待っている。

 怪物の匂いがする限り、俺は進む。

 それだけだ。

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