効率の国 エルフリオ
森を抜けた先に現れたのは、白と緑で統一された都市だった。
建物は低く、横に長い。
尖った装飾はなく、曲線が多い。
どこを見ても“無駄がない”。
道は広く、歩く人の流れは一定。
誰も立ち止まらない。
誰も雑談しない。
葵は、無意識に歩調を合わせていた。
「……静かだね」
ジーナが答える。
「この都市では、移動効率と作業効率が最優先です。
会話は必要最小限に制限されています」
セラが補足する。
「感情交換は生産性を下げる、という思想です」
葵は小さく息を吐いた。
「なるほど。分かりやすい」
分かりやすいけど、息が詰まる。
⸻
中央広場。
巨大な透明板が宙に浮いている。
そこには、無数の名前と数値。
成果率。
稼働時間。
再配置候補。
エルフたちが通りすがりに一瞬だけ視線を向け、自分の項目を確認しては歩き去る。
葵は立ち止まった。
「……あれ、なに」
ジーナが答える。
「成果掲示板です。
個体ごとの貢献度がリアルタイムで反映されます」
葵は目を細める。
「ランキングみたいな?」
「近いです」
セラが静かに言う。
「ここでは、価値は可視化されます」
葵は板を見上げる。
上位は同じ名前ばかり。
効率10の人たち。
下位には、見覚えのない名前が並んでいる。
数字が赤い。
葵は思わず呟いた。
「……赤いの、やばそう」
ジーナが淡々と返す。
「はい。再配置対象、または降格候補です」
「降格?」
「役割変更。
場合によっては、国外移送です」
葵は喉が鳴る。
「クビ?」
セラは首を横に振る。
「“不要”ではありません。
“最適でない”だけです」
言い方が、冷たい。
⸻
そのとき。
広場の端で、小さな騒ぎが起きた。
エルフが数人集まっている。
中心にいるのは、銀髪の細身のエルフ。
目の下に薄いクマ。
服は作業用で、少し汚れている。
彼は腕に端末を装着され、数値を確認されていた。
管理官らしきエルフが淡々と告げる。
「リオ。あなたの本日の成果率は基準値を下回りました」
銀髪のエルフ――リオは静かに頷く。
「承知しています」
「原因」
リオは少し間を置いてから答えた。
「作業ラインBで、体調不良の個体がいました。
交代要請が間に合わず、私が補助に入りました」
管理官は即答する。
「非効率です」
「はい」
「あなたは技術者です。
補助は下位工程の役割です」
「分かっています」
管理官は端末を操作する。
「よって、リオ。
あなたは明日付で配置変更です」
リオは表情を変えない。
「どこへ」
「外縁農業区画。
再評価は三十日後」
それは事実上の降格だった。
技術中枢から、末端へ。
葵は思わず声を出していた。
「ちょっと待って」
場の視線が一斉に葵に向く。
空気が凍る。
管理官が淡々と問う。
「あなたは?」
葵は一瞬言葉に詰まる。
ジーナが耳元で囁く。
「葵。あなたは来訪者です。
発言権はありません」
でも、葵は止まらなかった。
「今の人、悪いことしてないよね?」
管理官は瞬きもしない。
「悪いかどうかは評価対象ではありません」
「じゃあ、なんで」
「最適でないからです」
葵は歯を噛みしめる。
「人を助けただけじゃん」
管理官は少し首を傾げる。
「だからです」
意味が分からない、という顔。
「あなた方は、感情を基準に配置を決めるのですか?」
葵は言葉に詰まる。
正解がない。
セラが一歩前に出る。
「彼は観測対象です。
過剰な刺激は避けてください」
管理官はセラを見る。
天使。
それだけで、これ以上は踏み込まない。
「手続きは完了しています」
リオは葵の方を見た。
少し困ったように笑う。
「ありがとう。でも大丈夫」
葵は思わず言う。
「大丈夫じゃないでしょ」
リオは肩をすくめる。
「ここでは普通」
その一言が、重かった。
⸻
人が散っていく。
広場はまた、いつもの静けさに戻る。
リオは葵の前に立つ。
「君、外から来た人?」
葵は頷く。
「うん。葵」
「リオ」
短い自己紹介。
リオは葵を見て、少し首を傾げた。
「君、変な感じがする」
葵は苦笑する。
「よく言われる」
ジーナが補足する。
「リオ。
葵の現在推定干渉強度は2.8前後です」
リオは目を見開いた。
「……それは、かなり高い」
葵は肩をすくめる。
「らしい」
リオはしばらく考え込み、それから言った。
「それなら、なおさら分かると思う」
「なにが?」
リオは静かに答える。
「強くなるほど、選べなくなる」
葵の胸が、少しだけ締めつけられた。
リオは続ける。
「ここでは、選ばない人間は価値が下がる」
葵はゆっくり息を吸う。
「でも、君は選んだ」
リオは小さく笑った。
「切れなかっただけ」
それは誇りでも反抗でもなかった。
ただの事実。
その瞬間、葵は直感した。
この人は、ここに長くはいられない。
そしてたぶん――
自分と同じ側に来る。
⸻
遠くで、また白い閃光。
ジーナが報告する。
「勇者アルテリオの推定出力、葵基準で約210前後に上昇」
葵は空を見上げる。
「……どんどん行くね」
リオはその光を見て呟いた。
「完璧な人だ」
葵は答える。
「うん。完璧だと思う」
でもその完璧さが、ここにはない。
エルフの都市にも。
猫人の村にも。
そしてたぶん、自分の進む先にも。
三人――いや、四人になるかもしれない影が、
効率の街路を静かに歩き出した。




