適性測定
森が変わった。
猫人の領域を抜けたあたりから、木々の間隔が均一になり始める。
枝の伸び方も、葉の重なり方も、どこか計算されている。
足元の土ですら踏み心地が揃っている。
葵は無意識に背筋を伸ばした。
「なんか……空気が違う」
ジーナが即座に応答する。
「ここから先はエルフ領です。
環境最適化率は約92%」
「92%って……」
「自然と人工の中間、といったところです」
横で浮いているセラが補足する。
「この国では、入域時に全来訪者の適性測定を行います」
葵は足を止める。
「適性?」
「能力、思考傾向、干渉強度。
役割を決めるためです」
葵は小さく息を吐く。
「また評価か」
⸻
ほどなく、森の奥に透明な壁が見えてきた。
門はない。
代わりに、淡く光る膜のような結界が張られている。
その前に、細身のエルフが二人立っていた。
表情は薄い。
感情が読めない。
一人が淡々と告げる。
「通過前に測定を行います」
葵は頷いた。
結界に一歩踏み出す。
瞬間、耳鳴り。
視界が白くなる。
頭の奥を冷たい指で撫でられたような感覚。
ジーナの声が重なる。
「解析中」
数秒。
空中に半透明の光が走る。
エルフ側の装置が反応し、数値列が流れる。
エルフの一人が読み上げる。
「総合干渉強度……2.7から2.9の間」
葵は思わず聞き返す。
「それって、高いの?」
エルフは事務的に答える。
「参考値を示します」
指先を軽く動かすと、簡易グラフが空中に浮かんだ。
「この世界の一般成人個体は、おおむね0.9から1.1です」
葵の喉が鳴る。
「……俺、ほぼ三倍?」
ジーナが補足する。
「はい。平均的な人間と比較して、およそ2.8倍の局所影響力があります」
葵は苦笑する。
「そりゃ、村に大きすぎるわけだ」
セラが静かに言う。
「あなたはもう“一般人”ではありません」
その言葉は、慰めでも脅しでもなかった。
ただの事実。
⸻
エルフは続ける。
「ただし」
一瞬、間。
「この数値帯は不安定です」
葵は眉をひそめる。
「不安定?」
「3未満で2を超える個体は稀です。
多くは精神負荷、判断遅延、感情摩耗を伴います」
ジーナがすぐに同意する。
「葵。
最近、意思決定速度が約12%低下しています」
葵は言葉に詰まる。
確かに。
猫人の村でも、迷う時間が増えていた。
すぐに動けなくなっていた。
エルフは淡々と締める。
「力が増えるほど、思考は重くなります。
それがこの世界の常です」
葵は深く息を吸った。
「……勇者は?」
エルフは少しだけ視線を動かす。
「例外です」
短く、それだけ。
セラが補足する。
「勇者アルテリオは世界補正下にあります。
負荷は発生しません」
葵は空を見上げた。
やっぱり別枠。
⸻
測定が終わり、通行許可が出る。
エルフの一人が付け加える。
「あなたは“多領域型”。
この国では配置先が存在しません」
葵は苦笑する。
「知ってた」
エルフは首を傾げる。
「それでも、通過は許可します」
理由は言わない。
エルフだから。
⸻
結界を抜けたあと。
葵は少しふらついた。
頭が重い。
視界の端がにじむ。
ジーナが即座に警告する。
「葵。精神摩耗が上昇しています。
休息を推奨します」
葵は歩きながら言う。
「2.8って、そんな大した数字じゃない気がしてたけど」
セラが静かに答える。
「一般個体の三倍は、社会構造を歪めるには十分です」
葵は苦笑した。
「そりゃ、追い出されるわ」
でも。
同時に、分かった。
自分はもう、普通の人の世界には戻れない。
強くなったわけじゃない。
“影響が大きくなった”。
それだけ。
⸻
遠くで、また勇者の光。
ジーナが淡々と報告する。
「勇者アルテリオの現在推定出力は、葵基準で約180前後です」
葵は肩をすくめる。
「差、開いてるな」
セラは静かに言う。
「あなたは追いつく必要はありません」
葵は小さく笑った。
「追いつける気もしないよ」
三人は、整然としたエルフの森を歩いていく。
葵の足取りは少し重い。
でも確実に、前より遠くまで歩けるようになっていた。
強くなると選択肢が増えるんじゃない
背負うものが増えていくんだ




