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勇者が世界を救ったあと、僕は国を作ることにした  作者: あおいにじ
第二章:観測される側の論理
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天使セラ

夜明け前。


草原は薄い霧に包まれていた。


葵は浅い眠りから目を覚ます。


身体が重い。


筋肉痛というほどじゃない。


でも、芯に疲れが残っている。


起き上がろうとして、少しだけためらう。


「……ジーナ」


小さな光が揺れる。


「はい」


「今日、動けそう?」


ジーナは即座に診断を返す。


「現在の局所干渉強度は2.3付近で安定しています。

ただし、精神摩耗が進行しています」


葵は地面に手をつき、ゆっくり立ち上がった。


「摩耗って、減るの?」


「自然回復はします。

ただし、完全には戻りません」


葵は苦笑する。


「セーブデータ上書き型か」


「近いです」


冗談のつもりだったが、笑えなかった。



同じ頃。


王都近郊の平原。


アルテリオは魔族幹部と対峙していた。


背丈三メートルを超える異形。


四本の腕。


黒い結晶で覆われた装甲。


普通なら軍隊案件。


アルテリオは一人で前に出る。


仲間は後方。


「行くよ」


それだけ。


魔族幹部が咆哮する。


黒炎が地面を焼く。


アルテリオは正面から踏み込む。


避けない。


受ける。


致死回避補正が発動。


皮膚が裂けても、内臓には届かない。


彼は距離を詰め、剣を振る。


一閃。


装甲が砕ける。


二閃。


関節が落ちる。


三閃。


核が露出する。


最後は、静かな突き。


巨体が崩れ落ちる。


戦闘時間、四十七秒。


アルテリオは息を整え、剣の血を払う。


ミアが駆け寄る。


「アル!怪我は――」


「大丈夫」


彼はいつも通り微笑んだ。


心拍も安定。


精神波形も乱れなし。


世界補正は完璧に働いている。


彼には“重さ”が残らない。



その報告は、すぐに各国へ共有された。


境界都市の記録板に、新しい行が刻まれる。


“魔族幹部級:撃破”

“勇者戦闘出力:前回比1.2倍”


天使は観測精度を上げ、

エルフは次の補給計画を再計算し、

オーガは勝利の酒宴を準備する。


世界は勇者中心に回り始めていた。



その頃、葵は森の縁を歩いていた。


猫人の村を出てから、半日。


人影はない。


代わりに、空気が少し張りつめている。


ジーナが警告する。


「周囲に観測異常。

高位演算波を検出」


葵は足を止める。


「……誰かいる?」


「はい」


次の瞬間。


空気が折れるような感覚。


白い粒子が集まり、形を作る。


翼。


淡い光。


天使族。


一体。


葵は思わず身構える。


「……また勇者?」


天使は首を横に振る。


「違います」


声は静か。


温度がない。


「私はセラ。

あなたの観測担当です」


葵は眉をひそめた。


「観測?」


セラは淡々と続ける。


「あなたは現在、複数国家の確率層に影響を与えています」


ジーナが横から補足する。


「葵。

この個体は、以前から遠隔観測していた天使です」


葵は息を吐く。


「つまり……見張り?」


「近いです」


セラは否定しない。


「あなたは勇者ではありません。

しかし、あなたはノイズです」


葵は苦笑する。


「今日も言われた、それ」


セラは葵をまっすぐ見る。


「あなたの現在推定出力は2.5前後」


ジーナが同意する。


「誤差±0.4です」


葵は目を丸くした。


「上がってる?」


「はい。経験が蓄積されています」


葵は肩を落とす。


「嬉しいような、怖いような」


セラは首を傾げる。


「なぜ怖い?」


葵は少し考える。


「責任が増える感じがする」


セラは一瞬、処理遅延を起こした。


「その感覚は、天使には存在しません」


葵は小さく笑った。


「だろうね」


セラは続ける。


「私はあなたを排除しません。

ただし、同行します」


葵は空を見上げる。


「拒否権は?」


「ありません」


葵は乾いた笑いを漏らした。


「勇者は自由で、俺は監視付きか」


セラは否定も肯定もしない。


事実だから。


葵は歩き出す。


ジーナとセラが、左右に浮かぶ。


三人で、次の国境へ向かう。


葵の歩幅は少しずつ重くなっている。


でも、止まらない。


遠くでは、また勇者の光。


近くでは、静かな風。


この世界は、二つの速度で進んでいた。

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