英雄の行進と、小さな親切
アルテリオの名は、風より速く広がった。
北の鉱山都市では、魔族の地下拠点を単独で制圧。
河川国家では、堰を破壊していた魔族部隊を水上戦で殲滅。
砂漠境界では、補給隊を囮にして待ち伏せしていた幹部級を撃破。
戦果は毎日更新される。
境界都市の記録板には、彼の行動ログが刻まれ続けた。
“被害規模:最小”
“民間死傷者:ゼロ”
“魔族戦力:大幅低下”
各国の使者が王都に集まる。
天使は観測網の拡張を提案し、
エルフは勇者専用の補給ルートを設計し、
オーガは精鋭護衛団の編成を申し出る。
アルテリオはすべてに丁寧に応えた。
「ありがとうございます。
でも、できるだけ前線に集中したいです」
彼は政治を知らない。
だからこそ、誰からも好かれる。
誰からも利用される。
⸻
一方その頃。
猫人の小さな村。
葵は、鍬を持って畑に立っていた。
「こう?」
隣の猫人のおばあさんが頷く。
「そうそう」
翻訳はまだぎこちない。
でも笑顔は通じる。
葵は土を返しながら、ふと思う。
――こういうの、久しぶりだな。
日本では、進学の話ばかりだった。
将来の話。
成績の話。
ここでは、今日の水と、明日の種の話。
ジーナが耳元で言う。
「葵。あなたの心拍が安定しています」
「それ、今言う?」
「参考情報です」
葵は苦笑しながら鍬を振る。
夕方。
村の井戸の水量が減っていることが分かった。
上流で魔獣が溜まりを作っているらしい。
村人たちは困っていた。
葵は自然に言ってしまう。
「見に行こうか」
それが、最初の“余計な親切”だった。
⸻
上流。
確かに小型魔獣が数体、岩場に居座っている。
猫人たちは武器を持たない。
追い払えない。
葵は深呼吸する。
ジーナが囁く。
「葵。対象は推定0.9から1.2です」
「……俺と同じくらい?」
「はい」
葵は石を拾い、投げる。
外れる。
もう一つ。
今度は当たる。
魔獣が威嚇の声を上げる。
心臓が跳ねる。
足がすくむ。
でも葵は踏み込んだ。
「出てけ!」
声と一緒に、無意識の干渉。
魔獣の動きが一瞬鈍る。
その隙に、村の若者が石を投げる。
もう一体。
最後の一体は逃げた。
水は流れ始める。
村人たちが歓声を上げた。
誰かが葵の手を握る。
誰かが頭を下げる。
葵は照れながら笑った。
「たいしたことしてないよ」
でも。
その夜。
村の集会所で、話し合いが始まった。
年長者が言う。
「アオイは親切だ。
でも、危険を呼ぶ」
別の者が言う。
「今日は助かった」
また別の者が言う。
「でも、ああいうのが続いたら、魔族に目をつけられる」
葵は端で聞いていた。
ジーナが小声で伝える。
「現在、あなたは“利益”と“リスク”の両方として評価されています」
葵は唇を噛んだ。
結論は出た。
村長が静かに告げる。
「アオイ。
君は悪くない。
だが、この村には大きすぎる」
丁寧な言葉。
水と食料を渡される。
見送りもある。
誰も怒っていない。
だから余計につらい。
葵は頭を下げた。
「……ありがとう」
村を出るとき、子どもが走ってきて小さな木の実を渡してくれた。
葵は受け取って、笑う。
⸻
草原に戻る。
夕焼け。
遠くの空で、また白い光。
勇者は今日も戦っている。
ジーナが報告する。
「勇者アルテリオの戦闘出力、初観測時より約1.3倍に上昇しています」
葵は空を見上げる。
「成長してるんだ」
「はい」
「すごいな」
しばらく歩いてから、葵はぽつりと言う。
「俺はさ。
助けたいだけなんだけど」
ジーナは答える。
「あなたの行動は、局所最適です」
「全体最適じゃない?」
「はい」
葵は笑った。
「だよね」
そのとき、胸の奥がじんわり熱くなる。
頭が少し重い。
ジーナが即座に反応する。
「葵。現在、一部干渉強度が2.2に上昇しています」
「もう?」
「はい。短時間での使用が原因です」
葵は深く息を吐く。
「……強くなってる感じ、あんまり嬉しくないな」
ジーナは淡々と言う。
「あなたの構造では、過剰成長は不安定です」
遠くで雷鳴。
勇者の光。
村の灯り。
その全部の間を、葵は一人で歩く。
世界はどんどん救われている。
でも、葵の居場所は、まだどこにもなかった。




