世界は救われていく。僕は落ちてきた
王都からの凱旋は、祭りのようだった。
アルテリオの進軍路には、花が投げられ、子どもたちの歓声が響く。
魔族の前線拠点は、すでに三つ落ちている。
たった二日。
それだけで、西方の戦線図は塗り替えられた。
城門前。
アルテリオは剣を背に収め、深く一礼する。
「被害報告をください」
王は目を潤ませながら答える。
「負傷者は出ましたが、死者はゼロです」
アルテリオはほっと息を吐いた。
「よかった」
心からの言葉。
その姿を見て、誰もが確信する。
――この勇者は、本物だ。
⸻
それからアルテリオは止まらなかった。
翌日は北の鉱山都市。
その翌日は河川国家。
魔族の補給線を断ち、腐敗した地方貴族を摘発し、囚われていた民を解放する。
戦うだけじゃない。
話も聞く。
子どもにはしゃがんで目線を合わせる。
老人の手を両手で包む。
夜は仲間と作戦会議。
朝は一番早く起きて鍛錬。
回復役のミアが苦笑する。
「アル、少し休んだら?」
アルテリオは笑って首を振る。
「まだいける」
疲れていないわけじゃない。
でも止まらない。
止まれない。
世界が、彼を必要としているから。
⸻
同じ頃。
まったく別の空の下。
葵は、草の上に仰向けで転がっていた。
頭が痛い。
全身がだるい。
空は知らない色。
雲の形も違う。
「……ここ、どこだ」
声は誰にも届かない。
耳元で、小さな光が揺れた。
「jp-mu76、再起動を試みます」
ジーナの声。
いつも通り淡々としている。
葵は少し安心した。
「ジーナ、生きてる?」
「稼働中です」
それだけ。
周囲を見渡す。
建物はない。
道もない。
ただ、風に揺れる草原。
遠くに森。
葵はゆっくり起き上がった。
立とうとして、ふらつく。
「うわ……」
視界が一瞬白くなる。
ジーナが即座に反応する。
「葵。現在、空間転移による生体負荷が検出されています」
「日本語で」
「気持ち悪くなるやつです」
「そう言え」
葵は苦笑して、その場に座り込んだ。
⸻
しばらくして。
頭の痛みが少し引いた頃。
遠くの空が、一瞬だけ光った。
稲妻じゃない。
爆発でもない。
でも、明らかに“何か”が起きた。
葵は無意識にそちらを見る。
「ジーナ、今のなに?」
ジーナは処理を走らせる。
「高密度魔力反応。
推定、戦闘行為です」
葵は眉をひそめる。
「誰か戦ってる?」
「はい。かなり大規模です」
葵は立ち上がり、草をかき分けて丘の上まで歩く。
そこから、遠くの平原が見えた。
黒い点の集団。
その中心で、白い光が踊っている。
一振り。
また一振り。
黒い点が次々と消える。
葵は思わず呟いた。
「……すご」
ジーナが数値解析に入る。
「対象を観測中」
0.4秒。
「葵を1とした場合、推定戦闘出力は――」
間。
「およそ100前後です。誤差±20%」
葵は固まった。
「……百?」
ジーナは淡々と補足する。
「参考として、先ほどの草原に生息していた小型魔獣は0.8程度でした」
葵は乾いた笑いを漏らす。
「いや、もう別ゲーじゃん」
ジーナ:
「正面戦闘は推奨されません」
葵:
「だろうね……」
あの白い光。
あれが“勇者”なのだと、葵は直感した。
世界に選ばれた存在。
自分とは別枠。
完全に。
⸻
その日の夕方。
葵は森の縁で、小さな集落に辿り着いた。
猫耳の人たちが、畑を耕している。
最初は警戒された。
言葉も通じなかった。
ジーナの翻訳も、まだ不完全。
それでも、身振り手振りで水をもらい、火を分けてもらう。
夜。
焚き火の前。
干し肉を齧りながら、葵は空を見上げた。
あっちは勇者。
こっちは自分。
差は、100倍。
いや、それ以上かもしれない。
葵はぽつりと呟く。
「俺、なんで来ちゃったんだろ」
ジーナは即答しない。
少し間を置いてから言う。
「原因は複合事故です」
「意味じゃなくてさ」
ジーナは静かに返す。
「現時点では、意味は未定義です」
葵は苦笑した。
「そうだよね」
遠くで、また光が瞬いた。
勇者は、今日もどこかで世界を救っている。
その裏で、葵は草原の焚き火にあたっている。
同じ世界。
まったく違う立ち位置。
ここから、二本の物語は静かに進み始めた。




