直感
数日後。
霧は消え、乾いた風が戻っていた。
低地集落の応急補修は安定。
ブリッジは次の小規模依頼へ向かっていた。
山裾の搬送路。
岩肌を削って作られた簡易通路。
人と荷車がすれ違う程度の幅。
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猫族が先行していた。
軽く跳ねながら進む。
「だいじょうぶ」
リオは壁面を見る。
「……いや」
足を止める。
「ここ、削れ方が浅い」
セラが風を送る。
「音、戻りが変」
ジーナが淡々と報告。
「崩落確率、低」
葵は足を止めた。
妙な感覚。
胸の奥がざわつく。
いつもの“違和感”。
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葵は壁面を見る。
特に異常はない。
亀裂もない。
水も染みていない。
それでも。
「……少し離れよう」
小さく言う。
猫族が首をかしげる。
「え?」
リオも違和感を覚える。
「理由は」
葵は困ったように答えた。
「なんとなく」
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数秒の沈黙。
だが全員が動いた。
これまでの経験がある。
理屈は後回し。
通路から離れる。
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何も起きない。
風だけが吹く。
崩れない。
揺れない。
猫族が小さく呟く。
「なにもない」
リオが壁面を見る。
「……安定している」
ジーナ。
「現時点での変化なし」
空気が少しだけ緩む。
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葵は眉をひそめた。
違和感は消えない。
だが事実として異常はない。
自分の感覚が外れた?
そんな思考がよぎった瞬間。
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遠くから振動。
低い衝撃音。
全員が顔を上げる。
通路ではない。
さらに先。
別の斜面。
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煙が上がる。
人の叫び声。
猫族が反応する。
「むこう!」
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崩れたのは通路ではなかった。
搬送路の先端。
荷車集積所。
ちょうど人が集まる場所。
岩盤の層が剥離し、上から落ちた。
偶然ではない。
だが予兆は薄い。
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リオが息を呑む。
「……連動崩落」
ジーナ。
「振動伝播による遠隔不安定化」
葵は立ち尽くす。
自分が感じた違和感。
場所は違っていた。
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セラが即座に飛び上がる。
「救助優先!」
猫族が跳ぶ。
リオも走る。
葵は一瞬遅れて駆け出した。
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現場。
荷車は潰れ、
人が瓦礫に埋もれている。
大規模ではない。
だが間に合う時間が短い。
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葵は必死に岩をどかす。
重い。
オーガほどの力はない。
猫族ほどの速さもない。
それでも手を動かす。
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ジーナが静かに言う。
「葵」
「なに」
「あなたの違和感検知は誤作動ではありません」
「……え?」
「検知対象が広域だっただけです」
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意味を理解する余裕はない。
ただ、
目の前の石を動かす。
声を探す。
呼吸音を拾う。
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しばらくして、
最後のひとりが引き上げられる。
重傷者なし。
かすり傷と打撲だけ。
奇跡的な結果だった。
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夕暮れ。
疲労で座り込む一同。
猫族が言う。
「こんどは、ちがったね」
葵は苦笑する。
「……うん」
リオが静かに補足する。
「違っていない」
葵を見る。
「範囲が違っただけだ」
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葵は空を見上げた。
理解できない感覚。
制御もできない。
当たるとも限らない。
でも無視もできない。
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ジーナが淡々と記録する。
「干渉感覚の空間誤差を確認」
便利な言葉。
だが今回は、
少しだけ重く聞こえた。
風が吹く。
搬送路は静かに残っている。
誰もその因果を深く考えない。
ただ、
今日も生き延びた。




