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勇者が世界を救ったあと、僕は国を作ることにした  作者: あおいにじ
第二章:観測される側の論理
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アプローチの違い

翌朝。


霧はまだ残っていた。


低地の集落は白く煙ったまま、ゆっくり目を覚ます。


猫族が干し草から顔を出す。


「まだしろい」


葵は外に出て空を見上げた。


光はない。


勇者の戦闘が遠い証拠だった。


代わりに、空気が重い。


ジーナが静かに報告する。


「湿度低下なし。地盤安定率は維持されています」


「一応成功ってこと?」


「はい。暫定的には」


便利な言葉だった。



朝食代わりの硬いパンをかじっていると、


村の若い男が駆け込んできた。


息が荒い。


「すみません……!」


全員が顔を上げる。


「隣の水路が……流れが変わってる」


リオが即座に立ち上がった。


「どっちだ」



集落外縁。


細い用水路。


昨日まで安定していた流れが、不自然に偏っている。


水量は減っていない。


だが方向が違う。


リオがしゃがみ込む。


「……上流の圧が変わった」


セラが霧の層を見る。


「風じゃない」


ジーナ。


「人工的干渉反応を検出」


葵が眉をひそめる。


「公式混成?」



少し離れた丘側。


公式混成部隊の簡易作業場。


オーガ前衛が大きな岩を動かしていた。


地盤補強のための流路調整。


理屈としては正しい。


エルフ計算官が指示を出す。


「あと一度押し込めば固定されます」


オーガが頷き、力を込める。


岩が動く。


同時に、地下水の圧がわずかに跳ねる。


それが低地側へ伝播する。



リオが低く言う。


「……連結してる」


葵が顔をしかめる。


「昨日のとこ?」


「違う」


短い否定。


「もっと広域だ」


ジーナが補足。


「低地集落と丘陵補強地点の地下水脈は部分的に共有されています」


「共有って……」


「一方の変化は他方へ影響します」


つまり、


昨日の成功は、


別の場所で揺れる。



葵は小さく息を吐いた。


「教えに行こう」


リオが頷く。


「急げ」



公式混成の作業場。


霧の向こうから現れたブリッジを見て、


エルフ計算官が露骨に顔をしかめた。


「何か問題でも?」


リオが即答。


「低地の水路が歪んでる」


「理論上、影響は限定的です」


ジーナが淡々と割り込む。


「限定的ではありません。

三時間以内に浸水偏差が発生します」


空気が一瞬止まる。


エルフが眉をひそめる。


「根拠は」


「水圧伝播モデルと地盤浸透率の差分推定です」


いつもの調子。


だが数字は嘘をつかない。



オーガが腕を組む。


「じゃあどうする」


葵が少しだけ考えてから言う。


「岩、固定しないで」


エルフが即座に否定。


「未固定では補強効果が――」


「固定すると流れが固まる」


葵は静かに言った。


「揺れてる方が逃げ場になる」


完全な理屈ではない。


でもリオは黙って頷いている。


セラも否定しない。



数秒の沈黙。


やがて天使指揮官が口を開いた。


「……試験的に保持」


エルフ計算官が不満げに舌打ち。


だが逆らわない。


オーガが力を抜く。


岩は完全固定されないまま残された。



三時間後。


低地の水路は持ちこたえた。


浸水偏差は発生しない。


代わりに流れは不安定なまま揺れている。


リオがぽつり。


「安定しないな」


葵は肩をすくめる。


「壊れなければいいよ」


ジーナ。


「現時点では最適解に近似」


これもまた、便利な言葉だった。



遠い戦線。


勇者アルテリオは拠点制圧を終え、


次の移動命令を受けていた。


剣は乾いている。


だが世界のどこかでは、


固定されなかった岩が、


静かに水を逃がしていた。



霧はようやく晴れ始める。


誰もその因果を知らない。


ただ、


今日も水が流れている。


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