合同作業
渓谷の復旧から三日後。
境界都市の空気は、少し湿っていた。
朝方から霧が出ている。
猫族が屋根の上で前脚を伸ばす。
「みえにくい」
葵は水筒を肩にかけながら言う。
「今日は視界悪そうだね」
ジーナが即座に補足する。
「湿度82%。霧密度は通常の1.6倍。
天使族の気流補正が効きにくくなります」
セラが上から降りてくる。
「……風、重い」
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今回の依頼は低地の集落。
雨続きで地下水位が上がり、畜舎の基礎が歪んでいる。
公式混成も同時展開。
ただし今回は、
ブリッジが先行、
公式混成が後詰め。
珍しい配置だった。
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現地。
ぬかるんだ地面。
牛の鳴き声。
村人が集まっている。
猫族が先に入る。
足場を確認しながら、軽く跳ねる。
「ここ、ふわふわ」
リオが地面に手をつく。
「水脈が動いてる」
セラが周囲を旋回。
「霧が滞留してる。音、跳ね返ってる」
ジーナが言う。
「この条件では、重機的魔法は地盤破壊率が上昇します」
葵は頷く。
「じゃあ掘らない方がいい」
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公式混成部隊が到着。
オーガ前衛。
エルフ計算官。
天使指揮。
猫族偵察。
装備は整っている。
エルフの計算官が板図を広げる。
「基礎下の空洞を拡張して、支柱を打ち込みます」
リオが口を開く。
「それ、今やると沈む」
計算官は即答。
「沈下率は許容範囲」
セラが低く言う。
「風が回らない。霧が溜まる」
天使指揮官が返す。
「作業時間を短縮すれば問題ありません」
オーガが地面を踏みしめる。
「俺が押さえる」
猫族が小さく鳴く。
「やだ」
誰も悪くない。
全員、正しい。
でも方向が揃わない。
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葵は一歩前に出る。
「……ちょっと待って」
全員が見る。
葵は村人を見る。
「牛、どこ繋いでます?」
年配の男が指差す。
「裏の高台」
葵はジーナを見る。
「地下水、そっち流れてる?」
「はい。緩やかですが」
葵は頷く。
「じゃあまず牛をさらに上に移そう」
計算官が眉をひそめる。
「それは復旧と無関係です」
葵は首を振る。
「今は関係ある」
誰も動かない。
リオが続ける。
「重量が減れば、沈下も減る」
猫族がぴょんと跳ねる。
「ぼく、つれてくる」
セラが風を送る。
牛が移動する。
村人も動き出す。
地面の圧が少し抜ける。
ジーナが静かに報告。
「沈下率、3%低下」
エルフ計算官が板図を書き換える。
小さく舌打ち。
「……続けます」
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作業はゆっくり進む。
支柱は細め。
本数多め。
オーガは踏ん張らず、支える。
天使は風を強めず、霧を散らす。
猫族は音の反射を見て、空洞位置を示す。
派手さはない。
でも沈まない。
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夕方。
公式混成の天使指揮官が葵のところへ来る。
「……あなたたちは、魔法の使い方が違う」
葵は首をかしげる。
「そう?」
「ええ。我々は“出す”。あなたたちは“ずらす”」
葵は少し考える。
「……ずらしてるつもりはないんだけど」
天使は小さく笑った。
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夜。
仮設小屋。
猫族は干し草で丸くなる。
リオは工具を拭く。
セラは外で風を見る。
ジーナが言う。
「本日の作業、公式混成との魔法干渉率は37%。
通常の約二倍です」
葵は湯を飲みながら言う。
「噛み合わなかったね」
「はい。ただし、結果は良好です」
「ならいいや」
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同じ夜。
別の地域。
勇者アルテリオは魔族拠点を制圧していた。
剣は迷わない。
魔法も迷わない。
でも報告が入る。
「港湾、補修遅延」
アルテリオは一瞬だけ目を伏せる。
それでも次の地点を指示する。
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霧の中。
地面はまだ湿っている。
でも牛は戻り、畜舎は立っている。
誰も称賛しない。
ただ、明日も暮らせる。




