勇者様
白い光が、山脈の向こうから走った。
雲が割れ、空気が震える。
アルテリオは着地と同時に剣を振り抜いた。
一閃。
魔族の前衛部隊が、音もなく崩れる。
土煙が遅れて立ち上る。
「……終わり」
彼の声は静かだった。
周囲に残るのは焦げた地面と、倒れ伏した影だけ。
ミアが駆け寄る。
「アル、大丈夫?」
「問題ない」
カイルが遠距離から索敵を続ける。
「残敵なし。半径二百」
グロウは盾を下ろし、息を整える。
誰も怪我をしていない。
いつものこと。
勇者アルテリオの戦いは、短く、正確で、被害が出ない。
⸻
野営地。
簡易結界の内側。
ミアが回復魔法を流し、形式的に全員の状態を整える。
必要はない。
でも“やること”だからやる。
ミアはアルテリオを見る。
いつも通り。
呼吸も乱れていない。
汗もほとんどかいていない。
「ねえ、アル」
「?」
「今日の村、子ども多かったね」
アルテリオは少し考える。
「避難が遅れていた。判断が甘い」
ミアは一瞬黙る。
「……助けられてよかった」
アルテリオは頷く。
「次の戦線に備えよう」
それで話は終わる。
⸻
夜。
カイルが地図を広げる。
「次は南東。補給拠点に魔族反応」
アルテリオは即答する。
「向かう」
グロウが言う。
「住民の退避は?」
アルテリオは少しだけ間を置く。
「間に合わない可能性が高い。
先に敵を叩く」
グロウは何も言わない。
それが最善手だから。
ミアは唇を噛む。
でも反論しない。
誰も反論しない。
ここでは、アルテリオの判断が“正解”になる。
⸻
翌朝。
人間側前線指令所。
簡易の通信水晶が光る。
「勇者隊、魔族第七拠点を制圧」
報告が流れる。
指令官が頷く。
「被害は?」
「建物半壊二、住民負傷五。死者なし」
「上出来だ」
壁の地図に、新しい印がつく。
勇者が通った線。
一直線。
迷いがない。
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同じ頃。
境界都市。
ブリッジは給水管の二本目を直していた。
泥だらけ。
猫族は濡れたまま。
リオは配管の奥を覗き込んでいる。
葵はレンチを回す。
ジーナが言う。
「締めすぎです。あと半回転戻してください」
「了解」
水が流れる。
漏れない。
作業員が笑う。
「助かるよ」
葵は小さく頷く。
報告書は小さい。
戦果にもならない。
地図に線は引かれない。
⸻
昼。
境界都市の酒場。
壁の掲示板に、勇者の戦果が貼られている。
大きな文字。
「魔族第七拠点、勇者隊が制圧」
周囲がどよめく。
誰かが言う。
「さすが勇者だ」
別の誰か。
「やっぱ違うな」
葵はそれを横目で見る。
猫族は読めない。
リオは一瞬だけ視線を向けて、すぐ戻す。
セラは外。
ジーナが小さく言う。
「戦闘効率、非常に高いです」
「そりゃそうだよね」
葵はスープを飲む。
温い。
⸻
夜。
アルテリオの野営地。
静か。
星が多い。
ミアが焚き火のそばに座る。
アルテリオは剣の手入れ。
ミアがぽつり。
「アルってさ」
「?」
「疲れない?」
アルテリオは首を振る。
「使命がある」
それだけ。
ミアは笑う。
「そっか」
でもその笑いは、少しだけ弱い。
⸻
同時刻。
境界都市の外れ。
ブリッジの簡易宿。
猫族はもう寝ている。
リオは地図を畳む。
葵は窓から外を見る。
遠くで雷鳴。
勇者の戦いだと、誰かが言っていた。
ジーナが報告する。
「葵。現在総合干渉値、約24.1」
「上がってる?」
「はい。主に社会接触と共鳴補正です」
葵は小さく息を吐く。
「向こうは世界を救ってて、
こっちは水道直してるだけだね」
リオが静かに言う。
「どっちも必要だ」
葵は少し笑う。
「うん」
それ以上は言わない。
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空の上では、光が走る。
地上では、水が流れる。
まだ、交わらない。




