境界都市・旧居住区の火災
掲示板に〈ブリッジ〉の名が載ったのは、その翌日だった。
依頼書の下の方。
小さな紙。
「地下水路復旧・完了」
その横に、細い字で団名。
猫族が見つけて尻尾を揺らす。
「ぶりっじ!」
葵は少し照れる。
リオは何も言わないけど、視線が一瞬止まった。
⸻
午前中は細かい依頼が続いた。
荷運び。
屋根の補修。
壊れた扉の蝶番直し。
どれも戦闘とは程遠い。
でも人手は足りていない。
猫族が走り回り、
リオが構造を見て、
葵が木材を運び、
セラが上から監視する。
ジーナは葵の耳元で、
「この梁は横から支えると安定します」
「その木材、水に浸すと割れにくいです」
と小さく助言を続けていた。
誰かが指揮しているわけじゃない。
自然と役割が決まる。
⸻
昼前。
受付の事務員が葵を呼び止めた。
少し慌てた顔。
「……急ぎの案件があります」
「どんな?」
「旧居住区で火災。
集合住宅の二階に子どもが取り残されている可能性」
葵は即答した。
「行きます」
⸻
旧居住区は石造りの建物が密集している。
路地が細い。
黒い煙が上がっていた。
人だかり。
誰も中に入れずにいる。
セラがすぐ上空へ。
「二階奥。生命反応ひとつ」
猫族が耳を伏せる。
「なきごえ、きこえる」
葵は一歩踏み出す。
その瞬間、ジーナの声。
「葵、待ってください」
「なに?」
「煙の流れから見て、内部温度が急上昇しています。
このまま突入すると、天井付近で一気に燃焼が広がる可能性があります」
葵は足を止める。
「どうすればいい?」
「入口を一箇所だけ開けてください。
低い位置です。空気の流れを作ります」
葵は頷く。
猫族に合図。
猫族が低い壁の隙間をこじ開ける。
外気が流れ込み、煙の向きが変わる。
ジーナが続ける。
「今です。上ではなく床を見て進んでください」
葵は腰を落として入る。
煙で視界が白い。
喉が焼ける。
リオが後ろで壁を叩く。
「梁、まだ生きてる……でも奥は危ない」
セラが上から伝える。
「右に半歩。床が抜けています」
ジーナが補足。
「三歩先、温度が異常です。避けて」
葵は言われるまま進路を微調整する。
奥に行くと、通路が塞がっていた。
落ちた梁と板。
炎。
猫族が立ち止まる。
リオが歯を食いしばる。
「壊したら崩れる」
葵は壁に手をつく。
息が苦しい。
でも、なぜか思った。
“これ、壁じゃない”
理由は分からない。
ただそう感じた。
葵は殴らず、蹴らず、
両手で板を押した。
ぎし、と音。
固定されていた補強板が外れる。
奥に細い空間。
リオが一瞬目を見開く。
「そこ……元は避難通路だ」
誰も使ってなかった場所。
図面上だけ残っていた経路。
猫族が潜る。
「いた!」
子ども。
泣いている。
猫族が抱えて戻る。
ジーナが言う。
「戻りましょう。天井温度が限界です」
セラが上から風を送り、煙を散らす。
外へ。
母親が駆け寄る。
泣き声と、ありがとうが重なる。
⸻
葵は少し離れて壁にもたれた。
息が荒い。
リオが横に来る。
しばらく黙って呼吸を整える。
それからリオがぽつり。
「さっきのとこ」
葵が見る。
「あの板。
普通なら壊すか、諦める場所だった」
葵は首をかしげる。
「……押したら動いた」
リオは小さく笑う。
「そうだな」
少し間。
「でも、君は最初から“通れる”って顔してた」
葵は考える。
「え?……そうだったかな」
リオは肩をすくめる。
「気のせいかもしれない」
⸻
帰り道。
ジーナが控えめに言う。
「葵。先ほどの判断、統計的にはかなり珍しい経路選択でした」
「危なかった?」
「はい。でも最短でした」
「じゃあよかった」
ジーナは一瞬間を置く。
「ログに残します」
それ以上は言わない。
⸻
夜。
掲示板に新しい紙。
〈ブリッジ〉
旧居住区火災救助・完了。
団名が、少しだけ大きく書かれていた。
猫族が見上げる。
「ぶりっじ」
葵は照れたように頭を掻いた。




