人とエルフの境界都市
石壁が見えたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
草原の向こうに、低く長い城壁。
装飾は少ない。
実用一点張りの街。
境界都市。
人間とエルフの勢力が交わる場所で、物流と情報が集まる中継点。
門の前には行列。
商人の荷車、傭兵の一団、旅人。
葵たちも最後尾に並ぶ。
猫族は少し落ち着かない様子で耳を動かしている。
リオは周囲を観察。
セラは上空。
ジーナが小声で言う。
「葵。人流密度が上昇しています。注意してください」
「スリ?」
「その可能性もあります」
葵はリュックの紐を握り直した。
⸻
門番は二人。
片方は人間、片方はエルフ。
交互に確認している。
順番が来る。
人間の門番が葵を見る。
「旅団名は?」
葵は一瞬固まる。
「……え?」
門番は眉をひそめる。
「団名。ないなら“無所属”で通すが」
葵は振り返る。
リオと目が合う。
リオが一拍置いて言った。
「無所属で」
門番は頷き、札に印をつける。
「滞在期限は七日。延長は申請しろ」
通される。
石畳の中に入ると、空気が変わった。
人の匂い。
鉄の匂い。
香辛料の匂い。
音が多い。
猫族がきょろきょろしている。
「ひと、いっぱい」
葵は小さく笑う。
「ね」
⸻
中央通り。
露店が並び、叫び声が飛び交う。
「乾燥肉!」「地図売り!」「護符あります!」
傭兵らしき集団が歩いていく。
鎧の擦れる音。
リオが葵に言う。
「ここで情報集めよう」
「うん」
まずは宿。
安めの共同宿に部屋を取る。
二段ベッド。
狭い。
でも屋根がある。
猫族は上段を取り合っている。
⸻
夕方。
掲示板の前。
依頼書がびっしり貼られている。
魔獣討伐、護衛、修繕、調査。
葵は一枚一枚眺める。
リオが指を差す。
「この辺、北街道関連が多い」
「橋の町と同じ?」
「たぶん繋がってる」
セラが静かに言う。
「物流が詰まっています。複数地点で」
葵は紙を見つめる。
魔獣。
盗賊。
小規模魔族。
全部、勇者が動くほどじゃない。
でも放置すると町が弱るやつ。
そのとき、背後から声。
「……あんたたち」
振り返ると、人間の男。
軽装の傭兵。
年は三十前後。
「最近、変な混成の旅団がいるって聞いた」
葵は瞬きをする。
「変な?」
男は肩をすくめる。
「人間にエルフに猫族に天使。
橋直したり、魔獣追い払ったりしてるらしい」
リオと視線が合う。
男は続ける。
「もしかして、それ?」
葵は一瞬迷ってから言う。
「……たぶん」
男は笑った。
「噂って早いな」
それだけ言って去っていく。
猫族が小声で言う。
「もうバレてる」
葵は頭を掻く。
「有名になりたいわけじゃないんだけど」
ジーナが淡々と補足する。
「行動ログが点から線に変わりつつあります」
「線?」
「複数地域で同一構成の集団が確認されています」
葵はため息。
「足跡つきすぎだね」
⸻
夜。
宿の食堂。
薄いスープ。
固いパン。
でも町の明かりが窓から入る。
リオが言う。
「しばらくここで小さい依頼を受けよう」
葵は頷く。
「うん」
猫族も頷く。
セラは外。
ジーナが報告する。
「葵。現在総合干渉値、約22.0」
「じわじわだね」
「はい。急激な変化は見られません」
葵はパンをちぎりながら言う。
「ねえ、俺たちってさ」
リオが見る。
「なに」
「名前ないと不便だよね」
リオは少し考える。
「……確かに」
猫族が首をかしげる。
「なまえ?」
葵は笑う。
「そのうち決めよう」
今はまだ、決めきれない。
⸻
外では人の声。
馬のいななき。
遠くで鍛冶の音。
葵は椅子にもたれる。
ここも、長くはいられない気がする。
でも今日は、屋根があって、食べ物があって、仲間がいる。
それで十分だった。




