村での思い出
朝の町は、思っていたより賑やかだった。
宿の裏手でパンを焼く匂いが漂い、通りでは子どもが桶を蹴って遊んでいる。
葵は井戸の水で顔を洗った。
冷たい。
目が覚める。
猫族の三人はすでに起きていて、魚屋の前で干物を指さしながら何か相談している。
尻尾が楽しそうに揺れていた。
リオは宿の壁にもたれて、簡易端末で橋の耐荷重を再計算している。
セラは屋根の上。
ジーナが耳元で言う。
「葵。現在総合干渉値、約21.3」
「朝から数字出るんだ」
「睡眠中にも内部再構築が進行しています」
葵は小さく息を吐いた。
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朝食後、町の人たちが橋を見に集まってきた。
荷車を押して試す。
きしむ音。
でも折れない。
誰かが拍手する。
それが連鎖して、小さな拍手の輪になる。
葵は照れて頭を下げた。
「応急処置です」
「それでも助かったよ」
農家の女性がそう言って、籠いっぱいの根菜を差し出してくる。
「え、いいんですか」
「橋がなきゃ腐るだけだ」
受け取るしかなかった。
猫族が嬉しそうに匂いを嗅ぐ。
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昼前。
リオは倉庫の棚を直していた。
歪んでいた柱を補強し、落ちかけていた梁を固定する。
町の若者が横で見ている。
「それ、どうやるんですか」
「ここに力が集中するから、斜めに一本入れる」
若者は真似する。
最初は失敗。
二回目で形になる。
「できた」
リオは小さく頷く。
それだけ。
でも若者の顔は明るい。
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猫族は子どもたちと遊んでいた。
追いかけっこ。
猫族の反射が速すぎて、子どもたちは全然捕まえられない。
でも途中から猫族がわざと転ぶ。
子どもたちが歓声を上げる。
葵はそれを見て、思わず笑った。
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午後。
町外れの畑。
葵は鍬を借りて、雑草を抜いていた。
慣れない動き。
腰が痛い。
隣で老夫婦が作業している。
「旅の人かい」
「はい」
「天使なんて初めて見たよ」
セラが少し頭を下げる。
老婦人が目を丸くする。
「礼儀正しいねえ」
葵は苦笑する。
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夕方。
みんなで簡単な炊き出し。
根菜のスープ。
固いパン。
でも量がある。
猫族が夢中で食べる。
リオは静かに咀嚼している。
セラは横で見ているだけ。
町の人たちが自然に混ざってくる。
誰も「勇者」なんて言わない。
ただ一緒に食べる。
葵はその空気が、少し好きだった。
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夜。
宿の前で、店主が葵に声をかける。
「……あんたたち」
葵が振り返る。
「よかったら、ここにいないか」
唐突だった。
「仕事ならある。
畑も倉庫も人手が足りん」
猫族が顔を上げる。
リオもこちらを見る。
葵の胸が少し締まる。
ここなら眠れる。
ご飯もある。
誰も追い出さない。
でも。
葵はゆっくり首を振った。
「……ごめんなさい」
店主は眉をひそめる。
「なぜだ」
葵は言葉を探す。
うまい理由が出てこない。
少し考えてから言った。
「たぶん、俺たちがいると、ここも危なくなる」
店主は黙る。
焚き火の音だけ。
しばらくして、ため息。
「そうか」
それ以上は言わなかった。
別れ際、パンを包んで渡してくれる。
葵は深く頭を下げた。
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町を出るとき。
子どもが走ってきて猫族に飛びつく。
「また来てね」
猫族は耳を伏せながら笑う。
「うん」
約束じゃない返事。
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丘の上。
振り返ると、小さな町が見える。
煙がまっすぐ上がっている。
葵はリュックを背負い直す。
猫族が並ぶ。
リオが歩き出す。
セラが空へ上がる。
ジーナが静かに告げる。
「進路、南。問題ありません」
葵は頷く。
風が吹く。
草が揺れる。
葵は前を向いて歩く。




