人間の街
朝は霧が深かった。
草原の低い位置に白い靄が溜まり、足元がぼやけて見える。
葵は猫族より少し遅れて起きた。
身体が重い。
昨日よりも、ほんの少し。
リオはすでに荷物をまとめている。
猫族の三人は焚き火の跡を片付けていた。
セラは上空で周囲を観測。
ジーナが耳元で告げる。
「葵。現在総合干渉値、約19.8」
「また増えてる?」
「はい。主に社会適応と認知処理です」
葵は伸びをしながら立ち上がる。
「戦ってないのにね」
「移動と環境変化も学習に含まれます」
葵は苦笑した。
⸻
道らしい道はない。
ただ、踏み固められた草の筋が遠くまで続いている。
交易路。
猫族の一人が言う。
「この先に、人間の町がある」
葵は頷く。
「今日はそこで休もう」
誰も反対しない。
目的地は“休める場所”。
それだけ。
⸻
昼過ぎ。
小さな人間の町が見えてくる。
石造りの家が並び、木の柵に囲まれている。
門番が二人。
槍を持っているが、構えは甘い。
戦場慣れしていない。
葵が手を上げる。
「旅人です。休める場所ありますか」
門番は猫族と天使を見て一瞬戸惑う。
でも、葵を見る。
人間。
それだけで警戒が半分になる。
「宿は一軒だけだ」
町に入る。
通りは短い。
商店は三軒。
酒場と宿が一緒になった建物が中央にある。
葵たちは部屋を二つ借りた。
猫族は一部屋。
葵とリオ。
セラは外。
天使に寝床は要らない。
⸻
宿の食堂。
簡素な木の机。
スープと硬いパン。
でも温かい。
猫族が尻尾を揺らす。
「ひさしぶりの町ごはん」
葵は笑う。
「だね」
リオはスープを一口飲んでから言った。
「ここ、物流が止まってる」
「分かるの?」
「粉の質が悪い。
たぶん北の街道が死んでる」
葵は眉をひそめる。
「魔族?」
「か、盗賊」
その会話を聞いていた店主が顔を上げる。
「……北の橋が壊れたままでな」
葵は思わず聞く。
「直せないんですか」
店主は肩をすくめる。
「人手がない。
それに、魔族が出るって噂もある」
葵は黙る。
リオも黙る。
猫族も黙る。
セラが静かに言う。
「修復すれば、この町の物資流入率は約42%改善します」
店主は目を丸くする。
「……天使?」
セラは頷く。
場が静まる。
葵は頭を掻いた。
「えっと。今日は休むつもりだったんだけど」
リオが小さく笑う。
「だね」
でも誰も、もう“何もしない”とは言わなかった。
⸻
夕方。
北の橋。
木製。
半壊。
川は浅い。
でも荷車は通れない。
周囲には倒木。
修理は素人仕事。
リオが橋を見て、息を吐く。
「構造自体は単純だ」
猫族が石を運び始める。
葵は倒木を引きずる。
セラは上から監視。
ジーナが淡々と補助する。
「荷重配分を調整してください」
「そこ、あと二十センチ」
誰も指揮していない。
でも動きは噛み合っていく。
途中、魔獣が一体出た。
小型。
葵が前に出る。
腕を振る。
引っかかる。
猫族が飛びつく。
リオが木材で殴る。
終わり。
誰も歓声を上げない。
また作業に戻る。
日が沈む頃、橋は一応通れる形になった。
完璧じゃない。
でも、荷車は渡れる。
町の人が遠巻きに見ている。
誰かが拍手する。
それが少しずつ広がる。
葵は照れたように頭を下げた。
「応急処置です」
⸻
夜。
宿に戻る途中。
ジーナが報告する。
「葵。現在総合干渉値、約21.1」
「結構いったね」
「はい。主に社会適応と共鳴補正です」
葵は歩きながら言う。
「俺、なんかしてる?」
ジーナは少し間を置く。
「あなたは場に存在しています」
「それだけ?」
「はい」
葵は苦笑した。
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遠くで雷鳴。
勇者の光は見えない。
でも町の明かりが、少し増えている。
葵はそれを見ながら歩く。
今日は、ちゃんと眠れそうだ。
それだけで、少し肩の力が抜けた。




