計算できない集団
エルフ中枢演算塔。
都市の最奥、白い樹木を模した高層建築の内部で、無数の光線が交差していた。
天井から床まで張り巡らされた思考回路。
数百の予測モデルが同時に回り続けている。
中央制御室。
透明な卓の前に、上位エルフたちが立っていた。
彼らの視線は、空中に浮かぶ戦術再現ログに集中している。
外縁農業区画、魔族斥候遭遇記録。
通常なら、被害ゼロで終わる小規模案件。
だが再現映像は違っていた。
エルフ迎撃部隊が到着する前に、
非戦闘要員を含む即席集団が魔族を排除している。
しかも――
「……おかしい」
ひとりが呟く。
別のエルフが即座に応答する。
「はい。確率収束が破綻しています」
再生を止める。
フレーム単位で巻き戻す。
個体の動線。
反応速度。
衝突角度。
全て解析済み。
なのに結果が一致しない。
「この配置で勝率は14%。
それが実際は100%」
「偶然では説明不能」
「複数因子の同時乱れ」
上位エルフが指先を動かす。
新たなレイヤーが重なる。
感情変動ログ。
行動遅延ログ。
空間干渉ログ。
そこに、微細な揺らぎが映る。
ノイズ。
一瞬だけ。
「発生源は?」
即座に抽出。
一点に収束する。
映像の中央。
黒髪の少年。
葵。
「……来訪者」
上位エルフのひとりが低く言う。
「単体出力は低い。
しかし周辺の判断精度が落ちている」
別の者が続ける。
「彼を中心に、局所的に未来分岐が増加しています」
「演算不能域」
沈黙。
しばらくして、結論が出る。
「この集団は、計算できない」
それはエルフにとって、最大級の異常宣言だった。
⸻
同じ頃。
外縁区画の簡易休憩所。
葵は木製ベンチに座っていた。
肩に包帯。
猫族の一人が薬草を塗っている。
「ちょっと染みるよ」
「どうぞ」
リオは壁にもたれて水を飲んでいた。
顔色が悪い。
「大丈夫?」
葵が聞くと、リオは軽く頷く。
「少し集中しすぎた」
ジーナが淡々と補足する。
「リオ。認知処理過負荷が検出されています」
リオは苦笑する。
「エルフの悪い癖だ」
猫族が尻尾を揺らす。
「でも勝てた」
「勝った感じしないけどね」
葵は空を見上げる。
今日は勇者の光は見えない。
代わりに、雲が低い。
セラが静かに降りてくる。
「葵」
「なに?」
「エルフ上層が、あなたたちを再評価対象に指定しました」
葵は眉をひそめる。
「再評価?」
「はい。
現在のままでは、あなた方は“未定義存在”です」
リオが小さく笑う。
「要するに、邪魔」
セラは否定しない。
「排除か、分離か、再配置」
三択。
葵は頭を掻いた。
「いきなり重いな」
ジーナが小声で告げる。
「葵。あなたの存在によって、国家予測モデルに平均3.6%の誤差が生じています」
「3.6って、大したことある?」
「エルフ基準では、致命的です」
葵は息を吐く。
「……そっか」
リオは地面を見つめる。
「俺たち、まだ何もしてないのに」
葵はしばらく黙ってから言う。
「してないから、だと思う」
リオが顔を上げる。
「?」
葵は苦笑する。
「ちゃんとした役割がない集団って、怖いんだよ」
誰も反論できなかった。
⸻
その夜。
エルフ中枢から正式通知が届く。
簡潔な文面。
“来訪集団は、明朝までに都市部より離脱せよ”
理由は書かれていない。
セラが静かに言う。
「これは温情です」
葵は立ち上がる。
「追い出されるの、二回目か」
猫族が耳を伏せる。
リオは目を閉じる。
ジーナが淡々と記録する。
「葵。現在総合干渉値、約19。
戦闘単独能力は依然低水準」
葵は苦笑した。
「でも、みんなといると勝てるんだよな」
ジーナは少し間を置いて答える。
「はい。
それが異常です」
夜風が冷たかった。
葵は荷物を背負い直す。
猫族は小さく身を寄せ合っている。
リオは何も言わず、地面を見ていた。
ジーナが淡々と告げる。
「移動を推奨します」
葵は頷く。
歩き出しながら、ふと思う。
今日は、やけに長い一日だった。
それだけ。
遠くで雷鳴。
勇者は今日もどこかで戦っている。
葵は、ただ歩く。
理由も目的も決めないまま。




