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鳴らぬ天の鼓-殺意の神域-  作者: 千崎 翔鶴
三 「ひとごろし」の少年
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「そういえば、花菖蒲公園の池を捜索したって話はなかったな」

「おっさん、それ、刎木さんからの情報?」

「まさか。さすがにヨウさんも俺相手にべらべら個人情報を喋ったりしない。これは俺が三年前のニュースを調べて行き当たった話」

 新聞しかなかった時代ならばいざ知らず、今はインターネットがある。三年前程度ならば、調べれば色々と出てくるものもあるだろう。

「それにしても何でお前の教え子は、よりにもよってお前にあんなこと言ったんだか」

 もしも日下一志が、他の誰かに告げていたらどうなっていたのだろう。彼を取り巻く人間関係が分からない以上、そんな想像はしても意味がなかった。

 分かっていることは、日下一志が告白する相手として吉彰を選んだということだけ。

「……助けて、欲しいのかもしれない」

 そう考えると、告白は悲鳴のようにも思えた。実際に日下一志が助けを求めて告白したかどうかはさておいて、もしもそれが「助けて」のことばであったのならば、絞り出された告白は、やはり悲鳴だ。

 もっとも、彼がどんな顔をして、どんな口調で吉彰に告げたのか、晴季にはさっぱり分からないけれど。

「ふうん? 助けて欲しい、ねえ」

「日下君は沢野宇月が行方不明になった前後で、おそらく様子が変わっている」

「あ、それ。赤砂さんも言ってたよ。小学校四年生の夏から様子が変わったんだって」

「なるほど……」

 沢野宇月の母が言った日下一志と、今の日下一志と、違っているのはそのせいだ。そしてその境目が七夕にあったのなら、確かにその季節は夏になる。

 一年に一度、烏鵲(うじゃく)の橋が天の川にかかる日。織姫と彦星が逢瀬を許された日。そんな日に沢野宇月は行方不明になった。

「それにしたって、何でまたスミヨシなんだか。親なり学校の先生なり、言う相手は他にもいるだろうに。たかが半年の家庭教師が、自分の言うことを信じてくれるとでも思ったのかね」

「そんなの僕にも分からないけど、ただ……賭けたかったのか、あるいは、何かしらの理由で親や教師、つまりおとなが信用できないと思っているか、そんなところじゃないか」

 他のおとなを誰も信用できなかったから、吉彰を選んだ。消極的な選択方法ではあるが、他の誰もに言えないのならば、日下一志は家庭教師の吉彰を選ぶしかなかったのかもしれない。親にも教師にも言えない、ならば他の身近にいる、おとな、あるいはそれに類する存在はきっとひとりだけ。

 もちろん実際どうなのかという答えは日下一志の中にしかなくて、今のこの場にいる人間は誰も、その答えを知らないけれど。

「あ、そうだ。先生と言えば。吉彰くん、小学校のところで先生を見たことあるって言ってなかった? すれ違っただけでもないみたいに」

「ああ、うん」

 その時には聞けなかったが、確かに吉彰は校門のところに立っていた先生に対して「どこかで見たことがある」と言っていた。晴季はその顔に見覚えがなかったが、吉彰はどこであの先生を見たのだろう。

「どこかで見て、多分会話もしてる。真正面から、あの顔を見た覚えがある」

「通ってた小学校にいた先生、とか」

「それはないとは言えないが……見たのはもっと、最近だ」

 もっと最近となると、晴季にはまったく見当もつかない。小学校の先生が今大学生である吉彰と会話をするとは、一体どういう状況なのか。

「最近?」

「といっても、昨日今日とかではなくてもうちょっと前だけど……」

「二人とも、それくらいで。今それ、重要か?」

 誠一郎にストップをかけられて、晴季は首を横に振った。日下一志の話をしていたのだから、話が本題から逸れてしまっている。

「話を戻そうか。彼の言うことは証拠がないからな。ヨウさんも……おっと」

 机の上に置かれていた誠一郎の二つ折りの携帯電話が、少しだけ耳障りな音を立てる。今では見ることが珍しい、いわゆるフィーチャーフォンというものだ。そんな携帯の机を震わせるような振動に視線を向けた誠一郎が、露骨に嫌そうな顔をした。

「噂をすればヨウさんだし……」

 誠一郎はただじっと、折り畳んだ携帯電話の小さなディスプレイを眺めている。ただ、彼は眺めているばかりで、手を出そうともしない。

 携帯電話は、止まることなく振動している。優雅にコーヒーまで飲み始めた誠一郎に、さすがに晴季は問うことにした。

「あの、誠一郎さん。出ないの?」

「え、やだ」

 おずおずとした問いかけは、すっぱりとした答えで終わる。その間も携帯電話はその存在を主張し続け、早く出ろとばかりに音を立てる。

「やだじゃないだろ、おっさん。用事あってかけてきてるんだろうし、出ろよ」

「めんどくさいからやだ」

 三人で、携帯電話を見てしまった。「どうせそのうち止まるよ」と誠一郎は言ったが、やはりその振動は一向に止まる様子を見せない。

「……あの、止まらないみたいだけど」

 さすがにどうかと思いもう一度促せば、今度は誠一郎が深々と溜息を吐いた。そしてようやく彼は携帯電話に手を伸ばし、やけに緩慢な動作で折り畳んだ携帯を開いて、また画面を眺めて、ようやく通話ボタンを押した。

「はーい、何ですかねヨウさん。暇なの?」

『暇なわけがあるか!』

「うわ、うるさ」

 電話口の向こう、怒りからか大きな声になったのだろう声が漏れ聞こえてくる。

 刎木遥平(ようへい)、年齢は確か誠一郎より十歳ほど上であるので、もうじき四十になるはずだ。

「え? ああその話? あ、本当に調べたんだ、それはどうも」

 遥平の声は、最初の怒声以降は漏れ聞こえてこなかった。誠一郎は特に隠すつもりもないのか、その場で座ったまま遥平との会話を続けている。

 面倒くさそうな応対をしていた誠一郎が動きを止め、そして眉間に皺を寄せて訝し気な顔になった。

「……土の中から? で、それ誰が……本人?」

 晴季と吉彰は、思わず顔を見合わせる。遥平が何の用事でかけてきたのかは分からないが、それでも何かがあったのだろうことは誠一郎の反応から察することができた。

 土の中というと、何か掘り起こされでもしたのだろうか。

「あ、そう。分かった、分かりました。スミヨシとハレにも伝えるけど、あとは警察の方で何とかしてくださいよ。そのための警察なんだから」

 誠一郎は嫌そうな顔に戻っていて、ことばを紡ぐのもそこそこに、ぷつりとボタンを押して通話を終了させていた。電話の向こうでもしかすると、遥平はまた怒鳴っているかもしれない。その姿が、晴季にも容易に想像ができた。

 目の前に遥平がいたらそんなことはできないくせに、電話だと誠一郎は遥平に対してやけに強気だ。電話ならばいざとなれば言うだけ言って通話を終えられる、そういうことなのかもしれない。

「刎木さん、雑木林の確認でもした?」

「したらしいよ。ぱっと見た限り何もないから、地面も掘ったって。あの人何、犬? ここ掘れわんわんとかそういうこと?」

 吉彰は何の話か分かっていたのか、誠一郎に『雑木林』についてを問う。雑木林と言えば、花菖蒲公園の亡霊だ。彼女が指差していた先、そうだとするならば、その地面に何かが埋まっていたことになる。

 少なくとも晴季は、そのことを誠一郎に伝えてはいなかった。ただ吉彰は「刎木さんに伝えた方が良いかもしれない」ということは口にしていて、実際に誠一郎経由でそうしたのだろう。

「吉彰くん、伝えてたの?」

「一応、おっさんには。別に調べるも調べないも刎木さん次第だろうとは思ってたけど」

「そっか……」

 誠一郎は遥平に、何と言って伝えたのだろうか。まさか晴季が亡霊が視えるとか、亡霊が教えてくれたとか、そんなことを言って伝えたとは思えない。ただ遥平が動いたということは、誠一郎はおそらくもっともらしく彼に伝えて、その結果ということだ。

 何を信じて、何を疑ったのだろう。何も手掛かりがないからとりあえず掘ってみようとか、そんな風に動くとは思えないけれど。何か雑木林の地面に、気になるところでもあったのかもしれない。

「で、結局何が出てきたって?」

 そこに埋まっていたものを、彼女は見付けて欲しかったのか。何かが埋まっていることを、知っていたから。

「沢野宇月のトランペット。ケースごと出てきたそうだ」

「トランペット? また珍しいものを持ってる小学生だな」

「両親に確認したら、確かに習っていたそうだ。ただどうも、誰か他人が埋めたわけではないらしい」

 誠一郎のことばに、吉彰の眉間に皺が寄った。

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