表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/50

天鼓をば呂水の江に沈め

 せんせい。ぼくは――ひとを、ころしました。


 三間(さんげん)四方(しほう)の舞台の上、老人は嘆く。童子は舞う。観客のいる見所(けんじょ)から一番近い、舞台にある(きざはし)の上。橙色の布が巻かれた鞨鼓(かっこ)台の上には、鼓がひとつ。

 天より降り下った鼓は鳴らない。まるで沈められた持ち主を待ち続けるかのように、誰に打たれても鳴ることなく、ただひたすらに鼓は沈黙を貫いていた。

 老人の嘆きは理解ができる。

 子どものいなかったある夫婦に与えられたのは、天から鼓が降り下る夢。その鼓は妻の胎へと入り、そして子どもは生まれてきた。そしてその子が生まれた後に、本当に天から鼓が降り下った。

 けれどもその鼓は、時の皇帝に奪われる。献上せよとの命令に背いて逃げた子は、追われて最期は呂水に沈められた。

 そして奪われた鼓は、沈黙を続ける。誰が打とうとも、誰に命じようとも。


 僕は、ひとを、ころしました。


 瞼をゆるりと閉じれば、悲痛な声が耳に聞こえるようだった。

 罪の告白と称して良いのかも分からないその叫びは、笑い飛ばして良いようなものではなかったのだろう。

 部屋の片隅に転がった、サッカーボール。

 目の前には正座して手を膝に置いて、ただ裁きを待っているかのような子ども。

 握りしめられた拳は真っ白になっていて、それは日に焼けていないからだとか、そんな理由でもなかった。

 たすけてと、声が聞こえた気がした。決して叫び声ではないのに、その告白は悲痛な叫びに他ならなかった。


 せんせい。


 子どもは裁かれるのを待っているのか。

 俯いて、顔を見ることもなく。けれど「たすけて」と、聞こえた気がした。

 ぽぉーんと鼓の音がした。甲高い笛の音がした。三間四方の舞台の上で、童子は喜んで舞い遊ぶ。まるで鼓と戯れるかのように何度となく舞台を踏んで、音を鳴らして。

 果たしてこれは、うつつか夢か。波のように寄せては返し、童子が舞う。


 これは呂水に沈みし天鼓の亡霊。殺され奪われ、それでも天鼓は悦び舞い踊る。

 まるでそこには何の恨みも、憂いも、ないかのように。


 鳴らぬ鼓は、何故鳴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ