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end



    5



 まず、親にこっぴどく叱られた。

 今年で二十歳にもなろうというのに、怒られるあたしたちはやっぱり子供だった。病院のベッドの上で、懇々と説教されて看護師さんたちにくすくすと笑われた。

 なぜ大学に戻ったはずの悠馬まで一緒にいるのか。それを話し出すとややこしくなるので黙っていたけれど、両親ともなにも言わなかったので内心ほっとした。

 とりあえず。あたしたちは海で遊んで溺れたということにした。

 そしてどうにか泳いで陸に戻ったとき、偶然、打ち揚げられた遺体を見つけたのだということにした。

 彼、は、やはり千由紀の話していた行方不明の船員だったようで、身元もすぐに判明して遺族のもとへと戻っていった。

 沖で消えたはずなのに、潮の流れに乗って浜辺に打ち上げられた男性の遺体。よほど陸に戻りたかったのだろうと、噂する漁師の人たちが話していた。

 結局あたしたちは、彼の名前も素顔も知らぬままだったけど、知らないほうがいいだろうと思う心が密かにあった。


        ●●●


「――悠馬、準備いい?」

 両親の説教のおかげで、里帰りの最後の数日は、家にとじこめられていた。

 海で溺れたという件もあり、すこし身体を休めなさいと言われ、悠馬も家に滞在した。彼は実家には帰れなかったけれど、ちゃんと連絡をいれさせた。ケータイが修理から戻ったら、ちゃんと彩ちゃんにもメールをいれて、あの写真を忘れるぐらい可愛い画像をたくさん添付してあげようと思う。

 あたしたちが溺れた話を千由紀も聞いたのか、連絡が来たけれど、彼女も仕事があったので会えなかった。仕事が終わってからの時間は、千由紀も彼氏に会う貴重な時間にまわしていたし、そうすべきだと思った。

「もうすぐ、出発するよ?」

 大学まで送ると言う両親を丁重に断って、あたしたちは一緒にバスで帰ることにした。

「忘れ物はないか?」

「身体に気をつけなさいよ」

 あれこれ言い足りないようで、両親が窓の外から次から次へと言葉を投げてくる。それにひとつひとつ返事をしているうちに、出発時刻になり、扉を閉めたバスがゆっくりと動き始めた。

 荷物は通路の向かい側に置いて、あたしは悠馬と二人で座り、窓からばいばいと手をふった。お父さんもお母さんも、寂しそうな悲しそうな心配そうな複雑な表情を浮かべながら手をふり返してくれた。

 バスは海沿いの国道を走る。早朝の便に乗って、行きはその中で寝ていくつもりだった。

 けれど悠馬は窓際で、また食い入るように海を見つめていた。

 今朝は綺麗な朝焼けだった。

「……悠馬、きれい?」

「うん、綺麗」

 海を見つめるその視線に、あたしはもう、不安を抱かなくなった。

 悠馬は、海を知った。

 やさしい海と、こわい海を知った。

 明るい海と、暗い海を知った。

 海の中にある、生と、死を知った。


 あたしたちは陸の上で、今日も大地を踏みしめ、生きてゆく。


             END


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