婚約破棄はかまいませんけど……本当にいいんですの? ブッ壊れますわよ? この城。
「ジェシカ! おまえとの婚約は、破棄させてもらう!!」
諸外国の王族を招いて開催された、『ゴーライ王国 建国150周年式典』。
そのフィナーレとなる宣誓の場で、私、ジェシカ・スクーデリアの婚約者であるアラン王子は、婚約破棄を高らかに宣言した。彼の隣には、ドリー皇国の第二王女であるサリアさまが重なり合うように寄り添っている。精霊魔法の使い手である彼女の周りには、小さな光の粒がキラキラと舞っていた。
会場のあちこちからあがるどよめきや歓声をぼんやりと聞きながら、私は、不思議な感銘を受けていた。
……ありなんだ、それ。
「あのぅ、アランさま、婚約が破棄ということは――」
「黙れ! 下賤なドワーフに色目を使う毒婦の声など、聞くだけで耳が汚れるわ!」
ど、毒婦ですって!?
……あらためて聞くと、なんだか強そうな響きね。開発中の塗装用ゴーレム、『ドクフーガーZ』にしようかしら。
というか、『色目を使う』ってどういうことですの?
私もドワーフのみなさまも『休日返上、七徹上等』というスローガンのもと、昼夜を問わず城の整備とゴーレム開発に取り組んでいます。色恋沙汰が芽生える暇なんて、どこにもなかったのですけれど……。
『私のことはさておき、ドワーフのみなさまに対する誹謗中傷には抗議しよう』と歩み出た私を指さして、アラン王子はこう宣いました。
「ジェシカ・スクーデリア!
これより貴様を、この城から追放する!!」
降って湧いた幸運に頭痛すら感じた私は、連日の徹夜作業でかすれた疲れ目に、柔らかなハンカチを当てて揉みほぐした。その光景を『泣いてる! 泣いてるよあいつ!』と勘違いしたのか、アラン王子は嬉しそうに声を張り上げた。
「いまさら後悔しても遅いっ! そもそも、私のように高貴な人間が、なにゆえ貴様のように泥臭い女と婚姻せねばならんのだ!?」
……『なにゆえ』って、そりゃあ、私たちがいま立っているこのお城、つまり『超巨大型 居住式ゴーレム ウゴクンジャーC』を運用保守できるのが、王立魔法学園 建築科 首席の私だけだから、ですかね。
私はアラン王子から目を離すと、現国王であるフィリップ陛下に目を向けた。『王となる者は、有能なゴーレムユーザーと婚姻せよ』って法律で定めたの、あなたの御祖父さまでしたよね? いいんですの? 婚約、マジで破棄してよろしくて?
私は問いかけるように、「陛下…?」と声を上げる。目が合ったフィリップ陛下は、にやりと顔をゆがめると、あざ笑うような声で、
「結構なことである!!」
と叫んだ。
ああ……。そういやそうでしたわ。フィリップ陛下って、父親の命令で好きでもない錬金科卒業の才女(前々王妃さま)と結婚したのよね。その恨みつらみが積もって、ゴーレムユーザーである私やドワーフのみなさんに、めちゃくちゃ態度、悪いんですのよね。
そりゃあ、アラン王子の判断に賛成するわけだわ。
フィリップ陛下の発言を聞いたゴーライ王国の貴族から、「国王陛下万歳!」と歓声が上がった。彼らの多くは、自分たちの居住地であり、建国の証でもあるウゴクンジャーCに『下賤』なドワーフが立ち入ることを、苦々しく思っているのである。
彼らを指揮する私は、すこぶる不人気なのだ。
――おい、そこで「ドワーフどもも追い出しましょぉお!!」とか叫んでいる令嬢。楽しそうでなによりだが、このままだとキミが修理を依頼している冷房用ゴーレム『ヒヤシタルC』も温風送風用ゴーレム『カミカワカシタルD』も、永遠に壊れたままだぞ。
……おっと、長年の修練で身に着けたお嬢様言葉が抜けてしまいましたわ。
私は最終確認を迫るために、王族の前に進み出ます。なんとなしにアラン王子のほうを見たとき、彼の横にいるサリアさまと目が合った。その瞬間、彼女はよろよろと震えながらアラン王子に抱き着くと、ほろほろと涙を流して「こあぃ…」とつぶやいた。
なにこの人、怖ぁ……。
「貴様ぁ! サリアになにをしたっ!」
目が合っただけですが? と心の中で即答する。なおもぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる王子を無視して、私はフィリップ陛下の前にひざまずいた。
「陛下、アラン王子の命により、ウゴクンジャーCの総責任者である私はこの国を離れます。つきましては――」
「ジェシカ・スクーデリアよ」
フィリップ陛下は、存外、優しい声を出して私の話を遮った。
「わしはかねてより、こう思っていた。『偉大なるウゴクンジャーCに、貴様らのような偏執狂や、下等なドワーフなど、不要である』とな……」
フィリップ陛下は立ち上がると、並み居る貴族や王族に向かって、高らかに宣言した。
「これより、我らがウゴクンジャーCの運用、保守は、精霊魔法によって執り行う!!」
「いや、無理でしょ」という私のつぶやきは、背後で爆発した大歓声にかき消された。
まあ、確かに、綺麗よな、精霊魔法。貴族の方々に人気なのもわかる。
でもさ、精霊ってすごい気まぐれよ?
同じ『送風呪文』でも、無風からつむじ風まで、結果は超絶ランダムなのよ?
そんなもんで総重量3兆トンのウゴクンジャーCを、運用できます?
興奮の坩堝をしり目に、私はなおも陛下に詰め寄った。
「陛下、つまり、ウゴクンジャーCの総責任者であるわた――」
「くどい! 貴様はもう不要である!
ドワーフどもを引き連れて、今すぐここから立ち去れぇい!!」
……言質、いただきました!
私はドレスの左袖で口元を覆い、小さな声で起動呪文を唱えると、式典会場の出口に向かって駆け出した。
はたから見れば、真実の愛に負けた女が、泣きながら走り去る場面に映るだろう。四方八方から、嘲笑や蔑みの声が飛んできたが、聡明な貴族や賓客の方々は、状況を察してすでに脱出作業に取り掛かっている。私は送られた罵詈雑言に対して、心の中で、「つらいだろうけど、頑張ってね!」とエールを返した。
ホールを抜け、人込みから離れた私は、左袖に取り付けた小型通信用ゴーレム『オシャベリンガーS』に向かって語り掛ける。
『あ゛ーっ、こちらジェシカ。全チーム、いったん手ぇ止めてくださる? どうぞー』
数秒後、両耳につけたイヤリング型ゴーレム『オツタエンダーS』が振動し、レスポンスが帰ってきた。
『上腕部了解』『動力部りょうくぁい』『宮廷部りょうかーぃ』『駆動部りょ――
『こちらジェシカぁ。応答はいりませぇん。聞くだけで結構でぇす』
私はドワーフのみなさまに、ゴーライ王国の決断をお伝えする。
『え゛ーっっ、国王陛下からの通達でぇーす。
ウゴクンジャーC、
壊れてもいいそうでぇす』
言い終えたとき、耳元のオツタエンダーSから、いや、ウゴクンジャーCのあちらこちらから、ドワーフの雄たけびが轟いた。それと同時に、ぽきぽきと、ぼきぼきと、ウゴクンジャーCの各部が崩れ落ちていく。
たったいま、国王陛下の許しを得たこの瞬間、彼らは150年の呪いから解き放たれたのである。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
いまからだいたい200年前、ヒューマンとドワーフの間で戦争が勃発した。はじめは、技術力に優れたドワーフが優勢だったが、長命種である彼らには大きな弱点があった。
ヒューマンと比べて、兵数が圧倒的に少ないのである。
そんでもって150年前、戦争はヒューマンの勝利に終わった。敗者であるドワーフとその領地には、おぞましい呪いが掛けられた。山も森も川も、醜い泥となって混ざり合い、ひとつの塊に変えられた。
囚われたドワーフによって保たれるそれは、城ではない。
巨大な棺桶である。
動力は、魔法ではない。
血と地に掛けられた、呪いである。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「い゛や゛あ゛あ゛ぁ゛
さ゛け゛か゛
う゛め゛え゛な゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛」
「うん。絶景だねえ」
「お゛め゛さ゛も゛
の゛め゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛」
「うん。飲んでるねえ」
「も゛っ゛と゛
の゛ん゛て゛く゛れ゛え゛ぇ゛」
「おなかがもうタプタプだねえ」
月明かりの下、ゆっくりと溶けていくウゴクンジャーCを見下ろしながら、私と36人のドワーフは飛行型居住用ゴーレム『トンデクーガーV(全長500m)』のバルコニーで酒盛りをしていた。
向こうの方では、開発部に所属するドワーフのみなさんが、主任であられる前々王妃さま主導の元、ド太い声で賛美歌を歌っている。
私も混ざってこようかな、と思ったとき、イヤリング型ゴーレムから、聞き覚えのある振動が伝わってきた。
『じぇ、ジェシカ!? これ、聞こえているのか!! おいジェシカ!!
アランだ! キミの愛しのアランだよ! なあおい!!
返事をしろ! のわぁ! ちょ、テーブルが溶けるんだが!?
部屋中ドロだらけなんだがぁ!? じぇ、ジェシカぁ… さっさとたすけ
震え続けるオツタエンダーSを取り外すと、私はウゴクンジャーCに向かって放り投げた。
「もったいなくねぇかぁ?」
とつぶやいた動力部リーダーのゲンさんに、私はこう答える。
「これからは、いつでも、いくらでも、好きなだけ作れるから」
「そうだなぁ」
満天の星空を見上げるゲンさんの瞳から、流れ星がひとつ、お鬚に落ちた。