縁結びの白兎神様はマイペースで恋を結びます2(中井悟視点)
「縁結びの白兎神様はマイペースで恋を結びます」(8400字くらい・女子高生筒井彰子視点)の続編です。
相変わらずのコメディタッチです。
気軽に楽しんでいただけると幸いです。
結局、悟は一睡も出来ずに朝を迎えた。
まあ、寝られなかったこと自体はどうってことはない。今までゲームにはまって徹夜したことは何度もある。
それより悟からするとどういう顔で彰子に会ったらいいのかという方が大問題だった。
今までは彰子はどうせオタクな自分などは眼中にないという先入観に、脳内が完全支配されていたから、話すのも気楽だった。
しかしっ! 彰子が自分に好意を持っていて、しかも、その告白に対し、「好きな人がいる。それはフリーレン様だ」と慌てていたとはいえ、無茶苦茶な返事をしてしまっているっ!
(どうすりゃいいんだよー)。
悟は一晩かかって答えの出なかった自問をまたも繰り返した。
更に悟は考える。
(今日は熱が出たってことにして休むか。ダメだ。母さんが非接触式の体温計を持ってきて、『至って平熱。とっとと学校行けっ!』となる)。
(ならば普通に学校に向かい、途中でサボるか。これもダメだ。すぐに学校から母さんに連絡がいく)。
「さとるー。そろそろ出ないと学校遅刻するよー」
「へーい」
かくて悟も彰子に勝るとも劣らないぐるぐるのぐるこんぐるこん状態で家を出たのである。
◇◇◇
「!」
そして、彰子が気がついたように悟も気がついた。
今までなかったはずの真新しいお社に。
(こんなところに神社があったっけな。結構新しいから最近出来た? でも今のご時世で新しい神社とか出来るんだろうか?)。
多くの疑問を抱えながら、悟もお社に近づいた。そして、彰子がそうしたように多少の逡巡を経て、千円札を一枚賽銭箱に投入してから、本坪鈴をがらがらと鳴らした。
ギギイー
鈍い音をたてて扉が開くと、白ずくめの女性が姿を現し……
「ぎゃあああ」
悟は悲鳴を上げてお社から走り去らんとする。
そこへ一声。
「お待ちなさい。中井悟くん」
いきなりフルネームで呼びかけられた悟。思わず振り返る。
「あ、あなたは?」
「私? 私は白兎神。溺れる者はわらわは神じゃ」
絶句した悟だが、何とか次の言葉を絞りだした。
「あの学校に遅刻しそうなのと何かいろいろ怖いのでもう行っていいですか?」
「ほおおおお」
白兎神は腕組みをしてふんぞり返る。
「中井悟くん。君は筒井彰子さんのことで参拝に来たのでしょう」
「!」
さすがに悟の顔色が変わる。
「中井悟くん。筒井彰子さんのことで悩んでいるなら今日の夕方六時にこのお札を持って、もう一度お社に来なさい。大丈夫。悪いようにはしないから。私は白兎神。縁結びの神。溺れる者はわらわは神じゃ。そして、ことが首尾良く終わった日には『特級酒』を奉納しなさい。あなたの家はお酒の卸売業ですね。ネタは上がっているのです。むふふふふ」
(註:特級酒 かつてあった日本酒の等級。他に一級酒・二級酒とある中で最高の等級。平成元年の酒税法改正で廃止された)。
混乱状態の悟を置き去りしたまま、お社の扉は勝手に閉まり、あたり一面静寂に包まれた。
我に返る悟。しかし、このままでは学校に遅刻するのは事実だ。悟はぐるぐるのぐるこんぐるこんな思いを抱えつつ、学校へと走り出すのだった。
◇◇◇
周囲のクラスメイトたちは昨日の夕方、悟に何があったかとか知らないから、いつも通り、勉強のことやアニメやゲームのことを聞いてくる。
むしろそれは悟にとって気晴らしになるので有り難かったが、問題は彰子である。
びっくりするくらい、いつもと変わらないのだ。気負っている様子が全く感じられない。普通に周囲の女の子と談笑しているし、何より驚いたのは普通に「フリーレン様」について聞いてきたことだ。アニメはもう放映してしばらく経つ、彰子も僕ほどのオタクじゃないけど、マンガは好きだから原作本を勧めてみた。まあ今大人気だからムックのガイドブックとかもあるけど。
彰子はそれはもう無理のない自然体のいい笑顔で言ってくれた。
「原作を単行本で読むよ。楽しみだな」
あまりの自然体さに昨日の夕方からの一連の出来事は夢だったのかもとも思った悟であったが、その左手には確かに白地に赤文字で「白兎神」と刻まれたお札が握られていたのだった。
◇◇◇
時刻はあっという間に夕方に。悟は何とも言い難い、まさにぐるぐるのぐるこんぐるこん状態でお社に向かった。
朝、初めてそのお社に向かった時とは違った緊張感を帯びて、参道を歩き、一度気合を入れ直してから、がらがらと本坪鈴を鳴らした。
ゆっくりと扉が開く。
「いらっしゃい。お待ちしておりましたよ」
すまし顔の白兎神がその姿を現す。
悟の目が釘付けになる。
(朝は慌てていたから気がつかなかったけど、こんな美人だったんだ)。
だが、すぐに首を振る。
(どんなに美人でもあくまでも「憧れのお姉さん」だな。僕には彰子が……)。
そこまで考えてまた首を振る。
(いやだから僕はその彰子に酷い対応をしちゃったわけで)。
「何をやっているの? 外は寒いでしょ。さあ、中に入りなさい」
「はあ」
白兎神に促された悟はおずおずとお社に入った。
◇◇◇
「それでは中井悟くん」
真新しいお社の中で悟とは正座したまま対峙する。
「はっ、はい」
「中井悟くん。あなたは幼馴染みの筒井彰子さんに好意があるにもかかわらず、自分に自信がなく、告白出来ずにいた。ここまではいいですね?」
「はっ、はい。でもどうして何でも分かるのですか?」
「私は白兎神。縁結びの神。溺れる者はわらわは神じゃ。だから何でも分かるのです」
「はっ、はあ」
悟には白兎神が事前に彰子から徹底的に情報収集した上、悟の家まで偵察に行ったことなど知る由もない。
「しかも中井悟くん。あなたは筒井彰子さんの方からバレンタインデーに告白されるという世間様から見れば『うらやましいぞこのヤロー状態』であったにもかかわらず、よりによって『好きな人がいる。それはフリーレン様だ』というぶっとび回答をしましたね?」
「うっ、うわあああっ!」
悟はその場で後頭部に両手をつけて突っ伏した。
「だっだっだって、全然期待してなかったことが突然降って湧いたようにっ!」
「コホン」
咳払いを一つして白兎神は続ける。
「まあやってしまったことは仕方がない。中井悟くん。あなたは筒井彰子さんとどうなりたいのです?」
「そっ、そりゃあ」
悟は涙と鼻水が出た顔を持ち上げる。
「彰子と付き合えればいいけど、僕はこんなオタクだし」
「中井悟くん。あなたがオタクだろうがマニアだろうがフェチだろうがパンチパーマだろうが関係ありません。あなたが筒井彰子さんをどう思っているかが問題なのです」
「そっ、そりゃあ好きだけど」
「はい。じゃあ起立っ! 立ち上がったら肩幅に足をひらーく」
「はっ、はいはい」
悟は何だかよく分からないまま白兎神の指示に従う。
「次は両手を口に当てて、腹に力を入れてこう叫ぶー」
「はいはい」
「『彰子―っ、好きだーっ!』」
「ぶっ」
その場に立ちすくむ悟。
「どうしたのです。私の言ったとおりに言いなさい」
「だってそんな恥ずかしいこと」
「中井悟くん」
「はい……」
「筒井彰子さんは勇気を振り絞って、あなたに好意を伝えたのです。あなたも筒井彰子さんに好意を伝えないと。そうしないと……」
「ゴクリ」
「もう高校二年の二月。高校を出たら別の道に行くことになるでしょう。ここで決めておかないと筒井彰子さん、取られますよ。私の目で見ても結構いい子だし」
「!」
「今ここに筒井彰子さんはいません。だからこれは『練習』。『練習』をきっちりこなせば『本番』もうまくいきます。さあっ、恥ずかしがってないで私の言ったとおりに言いなさい」
「はあ」
「『彰子―っ、好きだーっ!』」
「しょ、しょうこ。すきだ」
「声が小さい。もう一回。『彰子―っ、好きだーっ!』」
「彰子―っ、好きだーっ!」
「いいよいいよ。次行ってみよう。『こないだはちゃんと答えられなくて。ごめんー』」
「こないだはちゃんと答えられなくて。ごめんー」
「『僕も彰子が好きだーっ!』」
「僕も彰子が好きだーっ!」
「『彰子―っ、頑張って大事にするから付き合ってくれー』」
「彰子―っ、頑張って大事にするから付き合ってくれー」
「中井悟くーん。今まで言ってきたことは『本気と書いてマジ』かあっ?」
「言葉の意味は分かりませんが『本気』ですー」
すると白兎神。つかつかと部屋の後方に歩み寄るとおもむろに引き戸を開けた。
「と言うことだそうですよ。彰子ちゃん」
その先には彰子がいた。
◇◇◇
「なっなっなっ」
あまりのことに驚愕しまくる悟。
「さっきここには彰子はいないって」
「うん。ここの部屋にはいなかったでしょ。隣の部屋にいただけで」
「これは『練習』で『本番』ではないと」
「そこは『本気と書いてマジ』って言っちゃったんだから、実質『本番』よねん」
「悟……」
潤んだ目で悟を見つめる彰子。
「ここまで来たら『男』を見せろっ! 悟くんっ!」
何故かふんぞり返って言う白兎神に悟も覚悟を決めた。
「何かすげえかっこ悪いけど。僕の気持ちはさっき言ったとおりなんだ。彰子、僕と付き合ってほしい」
そう言って差し出した悟の右手を彰子は笑顔で握り返したのだった。
◇◇◇
「ありがとうございます。白兎神様。指示されたように何事もなかったように悟に接するのは結構神経使いましたが、悟と付き合えたので良かったです」
ぺこりと白兎神に頭を下げる彰子。
「え? 白兎神様の指示って?」
怪訝そうな顔をする悟に白兎神はしれっと返す。
「ああ、最初に悟くんと付き合いたいと私に言ってきたのは彰子ちゃんの方だからね。悟くんの情報は事前にきっちり調べさせてもらってたのよん」
「えー」
何とも言えない顔で驚く悟。
「でもそのおかげで私たち付き合えることになったんだからね。白兎神様には感謝しかないよ」
彰子にそう言われてしまえば、悟も苦笑しつつ頷くしかなかった。
「う、うん。そうだね」
「ようし。恋愛成就なった。これで四十年寝ていたのも何とかごまかせそう。あ、悟くん。約束の特級酒忘れないでよ」
悟は苦笑いを続けながら答える。
「残念ながらもう特級酒というものはありませんが、母にこないだ店を手伝ったバイト代の代わりに純米大吟醸酒をもらって奉納しますよ。神社に奉納すると言えばくれるでしょう」
「まあ美味しければなんでもいいわん」
そして、悟と彰子は手を繋ぎ、何度もお社を振り返り、手を振っては去って行った。
◇◇◇
「さあて」
二人が去ったのを確認した白兎神は布団を敷きだした。
「四十年寝ていたとはいえ、一つ恋愛成就を果たしたんだから寝てもいいよね。寝よ寝よ。世の中に寝るより楽はなかりけり。浮世の馬鹿は起きて働くとくらあ」
布団に入った途端、寝息をたてた白兎神の耳に入ってきたのは、がらんがらんがらんという本坪鈴を鳴らす音だった。
「むう。参拝者か。仕方ない起きるか」
白兎神は目をこすると起き出した。
第一部 自信の持てない両片思いの高校生編 おしまい
読んでいただきありがとうございます。