プロローグ4
「楽しそうにしてるわね」
そういって僕の部屋に侵入してきたのは音無詩。容姿端麗、才色兼備な美少女だ。僕の通う山学院高校の特進クラスで成績トップの成績を誇る天才だ。
いつも怒ったような顔をしているが、慣れてしまえばこれがデフォルトであるということには気が付く。
詩とは小学生の頃からの腐れ縁でそこまで関係が深いかと言われればそうでもないというのが正しいだろう。普通に会えば挨拶もするし、会話もする。ただ、学校で会うことはほとんどない。会ったとしても詩と僕は天と地の差があるのでお互いにスルーしてしまっていた。
そんな詩が今、僕の部屋にいる?部屋に入れたのは何年ぶりかもわからない。ただ、窓の開閉の音がしたということは屋根を伝ってきたのだろう。
とりあえず僕は配信中で≪冥府の日輪≫だ。見なかったことにして配信を続けようと椅子をくるっと回してパソコンに向き直るが、
「無視しないでくれるかしら?」
「あ、はい」
無理やり詩の方に向き直させられる。
”おいおいおい!孤高の≪冥府の日輪≫さんよぉ?これは一体どういうことか説明してもらおうかぁ?”
”滅茶苦茶美少女じゃねぇか!クソ羨ましいぞ!”
”その子との関係をkwsk”
ちらっと見えたコメントには詩が一体誰なのかというものだった。当たり前の疑問だ。僕だって推しの配信中に誰かが乱入してきたら気になるものだ。
「私は学校で『聖剣』を使ったあなたが心配で心配で仕方がなくて来たのよ」
端的に一番気になる動機について教えてくれた。なるほど。昨日のことで心配してくれたのか。
「感謝するが、我には永続治癒がある故、後遺症は残っておらん」
言ってて気が付いたけど、詩に厨二ってどうなんだろうか?普通に配信モードで対応したけど、滅茶苦茶恥ずかしいわ。これおばさんとかに言われて、うちの家族に伝わるんじゃないか?
「ふひ…」
「え?」
「なんでもないわ」
「そ、そうか」
詩らしからぬ邪悪な声が漏れた気がしたけど、気のせいだな。すると、詩が意を決したように会話を始めた。
「全く…あんな事件を起こすなんて…半信半疑だったけど『聖剣』を抜いたことは事実だったみたいね…」
「あの時の我の選択に悔いはない。奴らを殲滅するには『聖剣』を解放する以外に道はなかった」
「そう…≪冥府の日輪≫様の選択を尊重するわ」
「ああ、ん?」
普通に会話できてるけど、おかしい。僕の厨二言語を理解できるのは≪境界を超える者≫だけだ。それ以外の人間とこの口調で話すと苦笑されて黒歴史を増産するだけなのだが、どういうことだ?
”『聖剣』ってなんだ?凄い気になるんだけど”
”何かの隠語か?本当に『聖剣』を抜いたのか?”
”というかこの子凄いな。≪冥府の日輪≫様の言葉を完全に理解して会話をしてるぞ?”
”同時翻訳と同時に会話の成立…≪境界を超える者≫並みの逸材だぞ?”
≪冥府の日輪≫状態の旭とナチュラルに会話を成立させている詩に戦慄が走る。
しかし、ここまではまだ序章だった。
「はぁ…まぁやってしまったことは仕方ないわね。これからは彼女として私がしっかり面倒を見ます」
「はい…は?」
「勉強もスポーツも全然ダメだったわよね?全く仕方がないんだから。ついでにご飯も三食作って「ちょっと待て!」…何よ?」
詩は水を差されたような顔をしているけど、そんなことに配慮できないくらい聞き逃せないことがあった。
「我に花嫁などいないのだが!?」
「?私がいるじゃない?」
ゾッとした。僕に向けられる笑顔は最高級の物だったが、瞳のハイライトが黒一色だった。そして、勝手な妄想で事実改変をする、詩はストーカーそのものだった。けれど、この感情を向けられたのは初めてじゃない。
配信中に≪冥府の日輪≫に向けられる狂信的な感情。詩から発せられているものはそれに近いというかそれだった。
”彼女だと!?≪冥府の日輪≫は孤高の存在じゃなかったのか!?”
”リア充だったんですね。そりゃあ≪境界を超える者≫からのアプローチも流せるわ”
”≪冥府の日輪≫様に彼女がいたなんて…はは、私は明日から何を糧にして仕事をすればいいの…?”
”私なんて学校に行くのも嫌になっちゃった…”
詩の爆弾発言に≪冥府の日輪≫に幻滅している者が出てきた。今まで孤高、孤高と繰り返し述べて来たのに女の子、しかも超が付くほどの美少女が「彼女です」と湧いて出てきたのだ。信者たちの気持ちは押して計るべしだろう。
”≪冥府の日輪≫を慕う≪境界を超える者≫の皆さんは今どんな気持ちなんだ?”
信者中の信者である≪境界を超える者≫が大人しくしている。なんなら一番騒ぎそうな≪境界を超える者≫がコメントから消えた。嵐の前の静けさに不気味さを感じさせられた。
「ねぇ。さっきから大人しくしているけど、何か嫌なことでもあった?彼女としてできることがあれば聞いてあげるわよ?」
目の前にいる詩に恐怖を感じているんだよと言いたいけど、明らかに様子のおかしい詩にそんなことを言ったら僕が殺されるかもしれない。
「少々考え事を…な」
「そう。何かあったら本当に言って頂戴。≪境界を超える者≫のストーカー達の処理くらいなら彼女としていくらでもやってあげるわ」
「うむ」
≪境界を超える者≫がストーカー?鼻で笑おうとするには、詩の表情があまりにも真剣で、僕は頷くしかなかった。詩が何を伝えたいのか分からないまま僕は茫然としていた。そして詩の言葉はまだ続いた。
「そうだわ。ついでに≪冥府の日輪≫様のアカウントを消しましょう。惜しいけれど崇高な存在にハエがたかるのは許せないわ」
「えっ!ちょ!」
詩が僕の前に身を乗り出して、チャンネルを削除しようとカーソルを動かす。柔らかい身体が当たって身体が再起動した。僕の唯一無二の財産だ。このチャンネルを消されるわけにはいかない。
”チャンネルを消されたら私の楽しみがなくなっちゃう!”
”ヤバイ彼女じゃん…全力で阻止してくれ!”
”消えろ彼女!私たちの楽園を奪うな!”
”おいおいおい!彼女ちゃん!やっていいことと悪いことがあるんだぞ?≪冥府の日輪≫様負けるな!”
僕は身体を乗り出して、詩の行動を妨げようとするが、女の子のか細い腕とは思えないほどの力で退けられる。
「なんで邪魔をするの?私は≪冥府の日輪≫様を想ってやっているのことなのに…」
「我と地上を繋ぐ唯一の扉だ。破壊は許さん!」
「どうしてよ!≪冥府の日輪≫には私がいれば十分でしょ!」
「ひっ」
妄信的過ぎる詩の態度に素でビビッてしまう。僕が日和った瞬間に削除ボタンの一歩手前まで開いてしまった。
(ヤバイ!遠慮している場合じゃない)
僕は詩が動かしている右手に手を重ねた。そして無理やり剥そうと…する前に、暴れ馬のような詩がピタリと動きを止めた。
「≪冥府の日輪≫しゃまが私の手を…うふふふふ」
恍惚な表情を浮かべながら地面にへたりこんでしまった。しかも、≪冥府の日輪≫の名前を呟きながら、僕に触れられた部分の余韻を楽しんでいるようだった。
何はともあれ一難去ったようだ。椅子に深くかけて、肩で息をしながらへたりこんだ詩を見下ろす。
もうここまで来たらさっきから気になっていた、なぜ≪冥府の日輪≫を知っているのか、を問い詰めよう。僕の正体を教えたのは宮下さんだけだ。となると、宮下さんと詩は交流があったのだろうか?
”彼女っていうより信者の顔やろ”
”美少女にあんな顔をさせる≪冥府の日輪≫様流石っス。薬とかを使ったわけじゃないよな…?”
”やべぇなこの女。≪冥府の日輪≫様が羨ましいと思ったけど、普通に怖いわ”
”メンヘラ女に捕まったのか…」
「ふふ、私のことが好きだからってカメラの前でイチャイチャするなんていけない≪冥府の日輪≫様なんだから。ふふふ」
もう普通に怖いわ。
「帰れ」
「嫌よ」
即答かい。≪冥府の日輪≫様からのお言葉だぞ?
「部屋に入ってきた理由。説明しろ」
「?貴方が私を愛してるって言ったからでしょ?」
どうしよう。全く会話が成立しない。
すると、詩が自分のスマホをポケットから取り出し、そして、画面を見ながらニヤニヤしていた。
「嘘を付かない優しい人…」
「やめろぉぉぉ!」
リアルタイムで見ていないと出てこないセリフだ。正直、厨二キャラでツッコまれるのはある程度慣れたからいいんだけど、素の部分を言われるのは慣れない。しかも、配信史上五指に入るレベルのやらかしだった。
「恥ずかしがらないで。これからは私が傍にいてあげるから」
「違う。そういう問題じゃない!」
「嘘を付かない優しい人…それを聞いた時、私はいてもたってもいられなくなったわ。ついに≪冥府の日輪≫様の好みが分かったのだから、ね?」
(僕の話を全く聞かないで勝手に語り始めたんだけど…)
”この子いい性格してるな(笑)”
”普通にヤンデレで怖いけど、自分に害がないと分かると可愛いもんだ”
「でも、それと同時に私は隠し事をしていたことに気が付いたのよ。嘘を付かない優しい人が好きな≪冥府の日輪≫様にこのままじゃ捨てられてしまう、とね」
「それ以上そのことでいじるのはやめてくれるかな?」
「だから、私は正体を明かすことにしたの。嘘を付かない優しい人が好きな≪冥府の日輪≫に、ね?」
「話を聞いて。致命傷を受けてるんだけど」
≪冥府の日輪≫が好きとかいうわりには僕の急所を抉ってくる。でも、正体ってなんだ?
「それでも意気地のなかった私は最後に質問を加えたわ。美人で世話好きな美少女はどうか、と。そしたら、大好きと言ってくれたわ。だから、屋根を伝ってここに来たの」
「違う、好きって言ったんだよ!」
会話は通じないけど、言いたいことは分かった。そして、詩の正体も。まさかこんなに身近にいたとは…
「私は≪冥府の花嫁≫、これからは名実ともに夫婦として仲良くしましょうね?」
ニチャアと浮かべたその笑顔は何よりも恐ろしいものだった。
”マジかぁ!ついに≪冥府の花嫁≫様の素顔が明らかに!”
”これは『聖戦』に決着がついたか!?”
”リアルでも配信でも、寄り添う彼女の鏡(?)”
コメントは湧いていたがこの間に、信者中の信者である≪境界を超える者≫が現れることはなかった。
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