プロローグ3
自分の部屋に戻ると鞄を無造作にぶん投げて、制服に皺が付かないようにかけておく。そして、押し入れに隠してある漆黒の衣装を用意して僕はパソコンの前に座る。
深呼吸をする。そして、頭の中にいる彼を自分の身体に憑依させる。時刻は五時五十九分。
3、2、1…ゼロ
「闇の饗宴へようこそ!今宵も悩める子羊達に≪冥府の日輪≫道を指し示してやろう!」
”キタア!”
”≪冥府の日輪≫様素敵!”
”その低音ボイスがクセになりますううう!”
”昨日、突然配信がなくなったのはなぜなんですかぁ!?”
開始十秒ほどで同接数が一万、二万と増えていき、コメントは一瞬で消え去っていく。ただ、ちょくちょく無視できないコメントがある。
それは昨日の配信をなにも伝えずにサボったことだ。流石に昨日のメンタルでは配信をすることなんてできなかった。まずはその謝罪からすべきだ。ただ、普通に伝えては僕のキャラ上面白くない。
「我を恨みし天界の女神が我を謀り虚偽の罪で閃光の一撃を我に与えたが故に闇に潜んでいた」
”恨み…つまり、≪冥府の日輪様≫を恨んでいる誰かがいたということか?”
”女神ってことは女じゃない?”
”虚偽の罪ってことは冤罪でしょ?≪冥府の日輪≫様を謀るなんて許せない!”
僕の配信の変わったところといえばまずはここだ。僕の意味深な厨二発言を視聴者たちが各々意見を出し合い、僕の意図を当てるというものだ。これが意外とウケるらしい。
再生回数が全く増えない現状に焦った当時の僕はあらゆる手段で再生回数を増やそうとしたがどれも報われることはなかった。これがダメだったら配信を辞めよう。そう決めて臨んだのが今の厨二キャラだ。
結果は大成功。羞恥心をかなぐり捨てたかいも合って再生回数も登録者数もうなぎ登りで今では百万人を超える登録者数を超えている。
”ダメだ分からない!≪境界を超える者≫の皆さん!解答をお願いします!”
僕の意味深な厨二発言を理解できなくて業を煮やした視聴者の一人が助けを求めた。すると、赤札のスパチャが送られてくる。赤札は一万円以上のスパチャだ。
”≪冥府の日輪≫様は女に嘘告白されて、メンタルが弱っていたんじゃないからしら?”
…なんで分かるの?
「うむ…」
”すげぇ!流石境界を超える者”
”俺たち凡人では理解できない≪冥府の日輪≫様の意図を的確にとらえるその手腕に痺れる憧れるぅ!”
”今回は≪冥府の花嫁≫様が≪境界を超える者≫でトップかぁ”
”どうやったら嘘告白だって勘づけるんだよ(笑)マジで神だわ”
≪境界を超える者≫とは僕の言葉を理解することができて、かつ、一万円以上のスパチャを送ってくれる人たちのことを言う。いつ頃からその名前が定着したのか分からないけど、僕も面白くて公認している。
ただ≪境界を超える者≫の資格を持つ者は少ない。僕にスパチャを送るだけでは重度の信者として片づけられる。僕の意図を理解した上で赤札のスパチャを送り続け、最終的に僕が認めたら二つ名を与えるといった感じだ。
今回の≪冥府の花嫁≫さんは最古参の≪境界を超える者≫で本当にお世話になっている。
”それにしても≪冥府の日輪≫様に嘘告白とか、死を覚悟してほしい”
”それ!傷ついた≪冥府の日輪≫様を癒やして差し上げたいなぁ”
”あなた程度にその資格があるわけがないでしょう?私が≪冥府の花嫁≫として癒やして差し上げるわ”
”は?最古参なだけのおばさんがいきがるな”
”あん?”
あ、不味い。
”≪聖戦≫が始まったぞ!”
”今日は≪冥府の花嫁≫と≪暖炉の聖女≫だ!”
≪境界を超える者≫のみんなは僕の理解者でありながら、僕の信者でもある。だから、誰が一番僕にふさわしいかを常に争っている。視聴者たちはそれを≪聖戦≫といって楽しむのだが、スパチャを使って論戦が始まるので僕としては気が気ではない。
だってありえない量のお金が僕に入ってくるのだ。どこの誰かもわからない人達だけど、僕のために散財されすぎるのは正直、後味が悪い。
「我を巡って争うのはやめろ。貴様らの想いは十分に伝わった。しかし!我は誰のものになることはない!」
”は、はい”
”ごめんなさい…”
舌戦を終わらせた。今回は一対一で良かったけど、大量の≪境界を超える者≫が関わってくると止めるのも一苦労だ。
静かになったところでようやく本題の雑談が始められる。雑談といっても僕に対して投げられた質問を答えるだけなのだが、僕の配信は一味違う。答える側の僕は厨二変換して答えなければならない。
「迷える子羊共よ。我自ら道を指し示してやろう」
僕の言葉に大小さまざまな質問が来る。しかし、これをすべて読み上げていては時間がない。申し訳ないけど、スパチャのコメントを優先的に読ませてもらっている。
”好きな人がいるんですけど、相手の気持ちが分かりません。どうすればいいですか?”
「ふむ…」
正直、今の僕には答えるのが辛い質問だ。だけど、わざわざ銭を投げてまで相談してくれたんだ。本気で答えよう。
「人の恋路は暗夜行路を行くがごとく。されど、道を選ぶことなしに成就はありえぬ…」
”『恋というのは実際に相手に想いを打ち明けてみるまで分からない。だけど、相手に伝えてみないと結ばれることはない』ってところかな?≪冥府の日輪≫様しゅてきぃ”
完璧な訳が一瞬で返ってくる。
”流石≪境界を超える者≫が一人、≪暖炉の聖女≫様”
”仕事が早くて助かるわ”
だけど、この質問を送ってきた質問主がそんなことを分かっていないはずがない。彼か彼女か分からないけど、僕はそっと背中を押そう。右目を抑えるポーズを取り、未来を告げる。
「最も我が魔眼には既に結果が見えているがな。二人の安寧に満ちたその姿がな。後は貴様がその未来を選び取るかどうかの選択だ」
”っ!はい!頑張ります”
まぁ僕の眼には質問主が誰なのかすらわかっていない。だから、究極の他人事だ。それでも人の不幸を喜ぶ人間にはなりたくない。質問主が頑張れるように最大限の鼓舞を。
”頑張れ質問主!”
”リア充報告待ってます”
”≪冥府の日輪≫直々のお言葉だ!絶対に成功するから行ってこい!”
僕のチャンネルの視聴者はノリが良く気が良い人が多い。だから、人が嫌がるようなことはしない。こういうノリができるから、このチャンネルは上手くやっていけるんだろうなぁ。ファンのみんなには感謝しなけきゃいけない。
さて、次の質問に行こうか。赤札が二つほど来ている。≪冥府の花嫁≫と≪暖炉の聖女≫…
”好きなタイプを教えて”
なんでいつもは仲が悪いのにこういう時だけ仲良く同じ質問が出るのだろうか。申し訳ないけど僕はこの手の質問にはいつも答えていない。
だけど今日は口が軽かった。
「嘘を付かない優しい人…」
”え?今のって≪冥府の日輪≫様のお言葉か”
”すげぇ、可愛い回答が返ってきた気がするんだけど”
”『嘘を付かない優しい人』ボソ…”
(ヤバ!つい本音が漏れてしまった!)
取り繕うと脳をフル回転させて、≪冥府の日輪≫としての回答を作り出す。
「虚偽は破滅を招く。故に世界の存続のためには真の理が必要である」
”そういえば嘘告白されたって言ってたな…”
”≪冥府の日輪≫様、おいたわしや…”
”元気出せよ!”
口々に同情の言葉が寄せられる。たまに素を見せるとこれだ…。
旭自身は舐められていると思って気が付いていないが、視聴者はたまに出る旭の素と≪冥府の日輪≫のギャップを楽しんでいる。
旭がどう軌道修正しようかと考えていると、赤札が送られてくる。
”≪冥府の日輪≫様は嘘を付かない優しい人が好きなのね!後は美人で世話好きな女の子ってどうかしら!?”
「…ノーコメントだ」
≪冥界の花嫁≫からスパチャが投げられる。そんな女の子がいるならいつでもウエルカムだよ。プラス要素しかないのにどうして嫌いと言えるだろうか。
”男の子よのぉ”
”そんな女の子を嫌いな男なんていないんだよ”
一定の理解を示されるのも中々恥ずかしい。画面の向こうでニヤニヤしている視聴者たちの顔を思い浮かべると恥ずかしくなる。
すると、焦りながら打ったであろうスパチャが送られてくる。
”私、現実世界で教師をやっているんだけど、なんでもできます!私を妃にして欲しいなぁ”
≪暖炉の聖女≫さんって教師だったんだ。こんなに僕に貢ぐような人に教わる生徒は大丈夫なのだろうか…?
すると、≪冥府の花嫁≫さんが消えた。いつもなら配信の最後までいるのに、今日は何か用事があるのだろうか?
そして≪冥府の花嫁≫さんと入れ替わるように別の≪境界を超える者≫が僕のチャンネルに入ってきた。これまた赤札で送られてきた。
”≪冥府の日輪≫様こんばんは!面白い話をされていたので私も立候補させてもらいま~す。家事全般のスキルをマスターし、料理のレパートリーは百種類以上ある私はどうですか?”
≪死者の案内人≫かぁ…
”≪死者の案内人≫様見・参!”
”≪死者の案内人≫様はスパチャの額自体は他の≪境界を超える者≫より少ないけど、≪冥府の日輪≫様の理解力は半端じゃないからな”
”それな。まるで身内の人間だよな”
”普通に良妻賢母で草。≪冥府の日輪≫がたまに羨ましくなるんだが…”
僕への理解が凄いのは認めるけど、あまりにも思考を当てられるのは普通に怖い。だから、家事スキルがカンストしているとしても僕としてはあまり関わりたくない人間だ。偽りの姿とはいえ、モテるのは悪い気分じゃないけど、それはそれ。
”家事ができても全く意味がないの。今の時代は女も働く時代だよ?冥府の日輪≫様をはたらかせて専業主婦に落ち着こうとかどういう神経してるのかな?”
”は?淫行聖女がほざくなよ?聖域で教え導く≪冥府の日輪≫様をいの一番で癒してあげることができるのは家事スキルがカンストしている私だけなんだよ。金でしか≪冥府の日輪≫を癒やせない聖女様は可哀そうですね(笑)”
”ごめんね?家事スキルはカンスト前提で話をしているんだよ(笑)そこしか誇れるところがないなんて≪死者の案内人≫さんは可哀そうですね?”
”…ぶっ殺す”
”あ?受けて立つぞこら?”
ちょっと様子を見てたら≪聖戦≫が始まったよ。早く止めないとヒートアップして面倒なことになる。僕はさっきと同様に介入しようとするが、
ガラ
窓が開く音がした。僕の部屋は二階だ。だから、窓を開けることができるのは部屋の主たる僕だけだ。その事実を再確認した後、どっと恐怖が襲ってきた。
(まさか泥棒?だったらどうすればいいんだ?)
あまりの恐怖に後ろを振り向くことが憚られた。しかし、窓がスーッと閉められる音がして、ペタペタと僕の方に向かってくる足音が聞こえてきた。
そして、パソコンの内カメが僕の後ろにぬっと立つ人間を捉えていた。
”は?”
”何であなたがそこに!?”
≪境界を超える者≫の二人が驚いているが、僕はそれどころじゃなかった。僕が後ろを振り向くとそこには絹のような漆黒の黒髪を靡かせ、そして、絶対零度の視線で見下ろしてくる見知っている人間がいた。
「楽しそうにしてるわね」
音無詩。僕の家の隣に住んでいる幼馴染だ。
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