≪知恵の鉄女≫
「ねぇねぇお兄様?反省してるから口を聞いて欲しいな」
「旭…?ごめんなさい。その、窓ガラスを割ったのは謝るわ。だから、私の眼を見て…?」
「…」
愛莉と詩が僕の後ろから付いてくるが、無視している。理由は言わずもがな、昨日のことだ。僕の部屋に窓ガラスを割って入ってきたこと、そして、僕の配信をカオスにしたことだ。明らかにやりすぎな≪境界を超える者≫達に少しはお灸をすえることにした。
「≪冥府の花嫁≫のせいだよ?どうしてくれんの?」
「は?どう考えても≪死者の案内人≫のせいでしょ?私に責任転嫁してくるのはよしてほしいわ」
「は?」「お?」
二人とも全く反省していないようだった。ため息をつきたくなるけど、ここでそういう行動を取ると、≪境界を超える者≫につけいる隙を与えてしまう。だから、僕は行動そのもので無視するということに決めた。
そして、トドメの一撃を喰らわせることにしよう。
「佳純先生に会いたいなぁ(ボソっ)」
「「!?」」
僕の言葉に二人が驚きを隠せなくなっていた。≪境界を超える者≫は皆、僕にとって横並びの存在だ。だから、依怙贔屓のようなことはしたことがない。
(これで僕に害がないような行動をしてくれるといいんだけど…)
「≪暖炉の聖女≫を殺るしかないわね」
「ムカつくけど手伝うよ。公園でいいよね?」
全然ダメでした☆
(眼がマジで超怖い)
模範にするのではなく、一歩抜け出た≪境界を超える者≫を潰すという発想になるなんて誰が想像できるだろうか。僕の信者たちは毎回悪い方向に想像を超えてくれる。
ただ、僕は油断していた。ここはもう学校のすぐそばだったことに。
「≪冥府の日輪≫様ああああああ!」
「え?」
曲がり角から佳純先生が現れて、僕を抱きしめた。
「ようやく…ようやく…私を選んでくれたんですね!」
「佳純先生!?」
(なんでここに!?)
「≪冥府の日輪≫様が私を呼んでいる気がしたので走って迎えにきました!」
「どうしよう…超常現象は考慮してなかったよ…」
≪境界を超える者≫に常識は通じない。そんな当たり前のことを忘れていた。
「…ねぇ≪暖炉の聖女≫?貴方、今日は挨拶週間の当番じゃないの?」
「ああ、それなら鬱陶しいハエに押し付けてきたよ。校門であいつと二人きりとか吐き気がするもん」
(かわいそう…)
熊高先生は佳純先生に気があるだろうに、ご愁傷様だ。
「そんなことより≪冥府の日輪≫様!私に会いたいなんて光栄です!」
「うっ…」
佳純先生の名前を出したのはあの場にいなかったからだ。なんなら≪知恵の鉄女≫でもよかったくらいだ。というかそっちにしておいた方が良かった。
「≪暖炉の聖女≫…幻聴が聞こえちゃうほど疲れてたんだね?帰れば?」
「大丈夫だよ、義妹ちゃん。姉妹になってもしっかり面倒を見てあげるから安心してね!」
「私の周りには義姉面する変態しかいない…ねぇお兄ちゃん。こんな人たちと縁を切ったら?妄想を押し付けてくるし、愛莉怖い」
甘えてくる愛莉に同類じゃんと言いたくなる気持ちをぐっと抑えた。そうこうしているうちに学校が見えてきた。
すると、鬼の形相をした熊高先生が佳純先生と歩いてくる僕に視線を固定化していた。完全にぼくがとばっちりを喰らう瞬間だった。しかし、
「山井っ!お前、また佳純に迷惑を「どいてください」は?」
熊高先生の前に風紀委員のワッペンをした三条シェーラ先輩が現れた。出鼻をくじかれた熊高先生はどうしていいか分からなくなっていた。
「お、おい「おはようございます」」
シェーラ先輩が僕たちに対して挨拶をしてきた。というか目線が完全に僕を見ていた。
(やっぱり嫌われてるんだなぁ…)
僕はペコリと頭を下げて、校門をくぐろうとする。しかし、
「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す!」
「ヒぃ!?」
「全く…挨拶もろくにできないのね…噂にたがわぬ劣等生ぶりね…」
「すいません…」
僕の前に回り込んできた。美人の怒り顔は怖すぎる。僕は後ずさる。しかし、そこで頼りになるのはノーマル状態の佳純先生だ。
「三条さん。あまり山井君に圧力をかけるのはやめてあげてくれないかな?彼は私の大切な生徒なんだ」
大切を随分強調していた。そのせいで熊高先生が僕に怒鳴ろうと意気込んできたが、
「佳純の手を煩わせて恥ずかしい「ダメです。彼は図書室で問題行動をしていました。私が性根を叩き直さないと後々問題となります」」
(熊高先生ぇ~)
さっきから存在事無視されている熊高先生がいっそ哀れだった。
「ほら!こっちに来なさい!」
「は、はい」
「あっちょっと!」
「河合先生は仕事がありますよね?熊高先生に任せてサボるなんて大人がしていいんですか?」
「ぐっ」
(お、おお!ノーマル佳純先生が負けてる!)
改めてシェーラ先輩が怖いというのが良く分かった。そして、シェーラ先輩は詩と愛莉を見た。
「山井さん、貴方は中学生でしょ?ラス、じゃなくて、お兄ちゃんが好きなのはとてもよくわかるけど早く中学校に行きなさい。詩さん、貴方もよ。二年生首席が遅刻なんてしたらみっともないわ。早くいきなさい」
「はい…またねお兄ちゃん」
「…」
愛莉は僕に手を振って中学校に向かった。そして、詩も返事はしなかったものの頭をコクリと下げて校舎に向かった。さっきまで好き勝手してきた三人を御したシェーラ先輩に僕は尊敬の気持ちが湧いてきた。
「さて、山井。貴方を徹底的に指導するわ。付いてきなさい。熊高先生、私は抜けますが、河合先生とよろしくお願いします」
「おう!性根を叩き直してやれ!」
熊高先生は佳純先生と二人きりになれて喜んでいるようだった。報われてよかった。
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僕はシェーラ先輩に付いていくだけだったけど、そこは僕にとってはあまり良い思い出がない場所だった。なぜならここは『聖剣』を抜いた場所だったからだ。
「ここね。山井が『聖剣』を抜いた場所は…」
「はい…」
「ふん、どんな理由がアレ、『聖剣』を抜いたことは汚らわしいことだわ」
「はい…」
僕をまっすぐに糾弾するシェーラ先輩からは逃れる場所はない。おそらくここで僕は風紀委員の名のもとに矯正されてしまうのだろう。僕はゴクリと唾を飲んだ。
「それじゃあまずは確認からね」
「確認?」
「こっちの話よ」
そして、コホンと咳払いをした。そして、それはぶち込まれた。
「まずは『おまんこ っちんこ うし』って言いなさい。私の耳元で」
「は?」
今なんて言った?おまん…、ちん…?
「本当に汚らわしいわね…これは甲州弁で『こっちに来て』って意味よ」
「あ、はい」
僕の意図を理解して、ゴミを見る目で僕に言ってきたけど、甲州弁を話す意味が分からない。こういう時って挨拶の練習とかじゃなかったっけ。とりあえずやるしかない。
(シェーラ先輩の顔が滅茶苦茶怖い…)
「早くしなさい。朝は時間がないのよ」
「は、はい」
僕は超絶綺麗な耳に向かって、
「『おまんこっちんこうし』」
「~~~~~~っ!」
「うわ!」
シェーラ先輩が僕を突き放して、顔を手で覆ってしまった。
「これは確定ね…」と呟いていた気がしたけどよく聞こえなかった。また、頬も赤く紅潮していたような気がしたけど、すぐにゴミを見る目で僕を見てきた。
「ダメダメね。『おまんこ っちんこ うし』よ。しっかり区切りなさい。後、もっとウィスパーボイスで低めのイケメン執事みたいな声で言いなさい。そこに淫靡で情欲を駆り立てるような表現を組み入れるとなお良いわ」
「わ、分かりました。『おまんこ っちんこ うし』」
「~~~~~っ!」
「シェーラ先輩!?」
「触らないで!」
今度は地面にへたりこんでしまった。僕は心配になって手を貸そうとするが、払われてしまった。そして、いつものクールな顔で僕を見てきた。
「次は『シェーラの饅頭大好き』よ」
意味が分からない。だけど、耳を僕の方に向けているシェーラ先輩に逆らうことはできない。
「『シェーラの饅頭大好き』」
「くぅ…もうダメぇ」
「先輩!?」
明らかに恍惚の表情を浮かべながら、へたり込んでいた。クールで氷のようなイメージは完全に溶けて消えてしまっていた。
ちなみに『まんじゅう』は鹿児島の方言で女性器のことを指すが馬鹿な旭が知るわけがない。
「こ、こんな、すぐそこに≪冥府の日輪≫がいらっしゃる…それだけでにやけを抑えきれなかったのに、こんなに求められちゃってぇ…山井は本当にダメな男なんだかりゃぁ…」
「シェーラせんぱ~い?」
なんか様子がおかしいけど、なんとなく慣れた存在のような…
「これから○○○して、○○○されちゃうのかしらぁ。本当に≪冥府の日輪≫はダメダメなんですからぁ…そんなに私が好きならもっと○○○して、○○○してくれていいのにぃ…」
「頭は大丈夫ですかぁ!?」
僕の言葉にハッと正気に戻ったようだ。
「ご、ごめんなさい」
「正気に戻って貰えてよかったです」
クールなシェーラ先輩が戻ってきたので良かった。さっきまでの姿のことは忘れて今の怜悧なシェーラ先輩を上書き保存した。だけど、
「よっと」
「何してんの!?」
「?≪冥府の日輪≫が『聖剣』を抜いた聖地で私が裸を晒さないなんてできるはずがありましょうか?山井は本当に馬鹿ね」
「なんで僕が馬鹿にされなきゃいけないんですか!ってか服を着ろ!」
「『聖剣』が抜かれたこの場所には≪冥府の日輪≫の魔力が充満していますねぇ…ふふ、≪冥府の日輪≫ったら、本当にイカ臭い…吐き気がするわ」
「話を聞いてよ!後、風評被害だ!撤回しろ!」
シェーラ先輩はゴミと同時に尊きものを見る目で僕を見てきた。
「山井みたいな底辺と〇〇〇してあげるって言ってるんだから感謝しなさい。≪冥府の日輪≫の表の姿がここまでゴミ人間だとは思わなかったけど、それもプレイの一環だと考えれば、俄然燃えてくるわね」
「ヒぃ!?」
舌なめずりをして近づいてくるシェーラ先輩に成す術なくやられてしま…「待ちなさい」え?
声のした方を見ると詩がいた。
「詩!?どうしてここに!?」
「旭の匂いを追ってきたの。イカの匂いがむんむんだったから気が付けたからよかったものを…本当に無事で良かったわ」
「待って。それは看過できないんだけど」
そんなに僕の匂いって酷いのかとショックを受けた。すると、シェーラ先輩は露骨に詩に向かって敵意を抱いた。
「ちっ、≪冥府の花嫁≫か…≪冥府の日輪≫との逢瀬を邪魔しないでくれない?」
「それはこっちのセリフですよ。表の姿と違いすぎて全然気が付かなかったわ。ねぇ≪知恵の鉄女≫?」
「え?」
僕は思考停止した。
あの下ネタ好きの≪知恵の鉄女≫と下ネタとはかけ離れた氷の女王のようなシェーラ先輩を見比べた。
すると、鼻息を荒くしながらも表の姿を維持しようと努めようとしている変態がいた。
「ふん、私が≪知恵の鉄女≫こと三条シェーラよ。≪冥府の日輪≫の〇便器が今はせ参じさせていただきました」
表の僕に対する態度と≪冥府の日輪≫に対する態度が混在しておかしな存在になっていた。
僕は空を見上げた。
(また変態が増えた…)
転校も視野に入れようと諦めかけた瞬間だった。
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