目が覚めた先には……
感じるのは、ふかふか、ふわふわ。
お布団なのだろうか。
温かく柔らかなものに包まれている感じがなんとも心地よく、このままずっとぬくぬくしてしまいたくなる。
それにしても。
こんなにふわふわで、フィット感いや抱擁感のある蕩けるような布団は初めて。
なんと言えばいいのか。
高級羽毛100%の布団に包まれている?
……嘘。そんな高級布団に寝たことなんてないから、実際は分からない。
けれど、高級布団に寝たらきっとこういった感じなんだろうとは思う。
こんな布団で毎日眠れたら快眠だろうし、布団に入る度に幸せを感じられるだろう。
これこそまさに、至福の一時。
そう感じた私がにんまりしながら目を開けると、
「………………え?」
目の前に見えたのは、人の顔。
それも、一目見ただけで端正な事がよく分かるほどの顔面だった。
私の目先にあるのは、透き通る程に綺麗な長いまつ毛とサラサラとしたプラチナブロンドの前髪。
それから、スーッと通った鼻筋に形の良い唇、毛穴の見当たらない美肌がみえる。
美しい。
スヤスヤと眠るその人が、眉目秀麗だろうというのが寝顔を見ただけでも感じ取れた。
……男性、だよね?
綺麗なお顔を一頻り確認した後、私はその人物の性別について疑問を抱いた。
長くない髪の毛や女性にしてはしっかりした顔骨など。
見た目の雰囲気から男性と判断していたけれど、あまりに美しい容貌のため、自分の認識に自信がもてていなかったのだ。
顔だけでなく全体を拝見してみよう。
そう思った私が体を動かそうとしたのに、
「??」
上手く身動きができなかった。
それもそのはず。
「……え……」
私は、目の前の美人と掛け布団に覆われていた。
身動きのできる範囲で状況を確認すれば、腰元から下はふわふわの布団に包まれており、上半身は柔くだが背中に腕が回されている。
体幹は触れ合っていないものの、程よく筋肉のついた腕で囲い覆われているためか、その腕と、隣り合わせになっている体から発される人肌がこちらに伝わってくる。
首元をよく見れば、女性にしてはしっかりとした首周りと喉仏があった。
男性だ。
そう認識した私が改めて、端正な寝顔に目を向けると、スースーと規律的な寝息がよく聞こえる程に近い距離感であることがわかり…………
「っ.ᐟ.ᐟΣ×☆.*˚っ!?」
自分の置かれていた状況をきちんと理解した私は、声にならない叫び声をあげた。
知らなかった。
人間、驚き方によっては、本当に漫画のような声が出せるんだということ。
それから、寝ている男性の腕を押しのけられる程の底力が出ることも。
~って、そうじゃなくて。
なんで、美男子と同じ布団にいるという状況に!??
「……ん…………」
胸元を押された事や腕の位置が変わった事から意識が刺激されたのか、美男子がゆっくりと眠りから覚めていく。
そうして。
あなたの近くから逃げ去りましたと言わんばかりの体制でベッドの端に居る、私と目があった。
「ぇ…………?」
美男子はぽかんとしたまま、微動だにしなくなってしまった。
それはそれは綺麗に、「こちら、美術品です」と言われても分からない程に硬直している。
そうですよね。ええ、そうなりますよね。
1人で寝ていたはずであろう寝室に、起きたら知らない人がいるだなんて。
そんな顔や反応になってしまいますよね。
というか、綺麗ですねその瞳。
紺碧の海のような、輝きのある深い青の瞳は、ブルーサファイアを見ているようです。
……って、違う違う!
私だって、よくわからない状況になっていて、ビックリしてるんですよ?!
というか、こういう時どうするのが正解なんでしょう???
置かれた状況に焦った私は、心の内で叫んでいるのか発言しているのかわからぬまま、口をパクパクさせた。
そんな私とは対照的に、美男子は未だ微動だにせず、私と目を合わせたまま数回瞬きをするのみだった。
動揺と安定。
現状に対する反応の温度差を感じた私は、ぷしゅーっと空気が抜けるかのごとく、激しかった情動が内側から抜け出ていくのを感じた。
「「……………………」」
その場が静寂に包まれる。
気まずい。
漂う空気感をどうにかしたかった私がにへらと笑ってみせると、美男子はハッとする反応をみせた。
「っ!私の元に運命の乙女がやって来られたのですね!」
そう言った美男子は、勢いよく体を起こした。
そうして、膝歩きをしながら私のほうへと向かってくる。
な、何?!
美男子の急な行動に驚いた私は、反射的に後退してしまった。
「あ」
落ちる。
体が後ろに傾くのを感じた私は、ベッドから転落することを察知し、ぎゅっと目を瞑った。
………………あれ?
来るはずの背中への衝撃が来ない。
そう思った私がそっと目を開けると、乳白色の生地とボタンが目に入った。
「大丈夫ですか?」
声のする方へ、ゆっくり顔を上げると、憂色を浮かべた美男子がこちらを見ていた。
その距離、わずか数cm。
「~っ!?」
目と鼻の先に美男子が居る。
それに驚いた私は、勢いよく顔を下げた。
~近い。距離が、近すぎるっ。
あの端正なお顔と綺麗な瞳を近くで見るのは、目の毒だ。
だって、眩しすぎる。
顔全体がキラキラしていて、それこそ反射的に、悪い意味ではなく目を背けたくなってしまった。
それに。
なんだか甘い良い香りがするし、温かいし、なんというか、グッと引き寄せられてる感じがする。
…………待って。私、今、抱きしめられている?!!
美男子が自分を抱きしめている。
その現状に気づいた私は、顔に熱が集まるのを感じた。
「あの?」
柔らかいテノールヴォイスが耳に届く。
ピクリ。
囁き声を受け取った耳が震え、それは私の体を更に熱くしていった。
「……くださぃ」
「え?」
「~はなして、くださいぃぃっ」
「あ、すみません!」
美男子に抱きしめられ、耳元で囁かれるという状況。
それに恥ずかしさを隠しきれなくなった私が、限界の意味を込めて声を絞り出すと、美男子は慌てて体制を変えた。
それでも彼は、いきなり手を離すようなことはせず、柔らかく丁寧に、私がベッドに安定して座れる形にしてから手を離していった。
紳士。
美男子の女性私を気遣うような振る舞いから、ふとそう思った。
会ったことはないが、紳士とはこういう人のことを言うのではないだろうか。
丁寧な扱いに瞠目した私は、ふかふかのクッションが備え付けられているベッドボードに寄りかかる形となった状態で、目の前にいる美男子のほうを見やった。
眉目秀麗なのは言わずもがな。佇まいや所作が美しい人だと思う。
そんな美男子が着ている、白のパジャマらしき洋服には光沢感があった。
多分だけど、美男子の着衣は絹で作られたもの。
絹という高級生地をパジャマとして着るのは、富者かセレブか高位の人というイメージがある。
彼が使用している寝具、ベッドのマットレスは、寝心地も座り心地も最高で、1人で寝るには大きすぎるサイズであり立派な天蓋までついている。
それから、辺りを簡単に見たところ、この部屋からはラグジュアリーな雰囲気が漂っているのが感じられた。
見るからに高級品というものが多く、内装は、書物やネットで検索すると出てくる写真などで見た西洋の王室に類似している。
これらの点を踏まえて考察すると、この美男子は、おそらく王族か貴族
「あの」
呼びかけられた事により、思案する事に集中していた意識がここへと戻った。
声がしたほうを見やれば、床に片膝をつき、右手を胸元に当て左手は後ろに回した姿の美男子が、私を見上げていた。
「申し遅れました。私、アムール・エトペア国の第三王子、アルト・フリーデン・ノックスと申します。異世界よりお越しの聖女様、ようこそ我が国へ」
そう言った美男子もといアルトは、ピンと背筋を伸ばしたまま綺麗な礼をする。
数秒して、ゆっくり上体を起こしたかと思うと、目の前にいる私を見つめながら優しく微笑んだ。
「~ふぁ」
口から感嘆のため息が出てしまった。
アルトの周りにキラキラとした黄金色の、華やかなオーラのようなものが見えるが、それは私の目がおかしくなったからではない。……と、思う。
王子様は実在する。
王子という名に相応しい、アルトの美しい所作や凛とした様を見た私は、そう体感した。
……って、ちょっと待って。
彼、私に向かってなんて言った?たしか、
「……聖女様?」
「はい」
「それは誰のことで?」
「貴方様です」
「「……………………」」
3拍程おいて。
「っ!?」
柔らかなクッションに寄りかかっていた体勢から、私は勢いよく上体を起こした。
そうして、手を表裏させ、身につけている衣服を見て、髪の毛を触り、自分の姿形を確かめていく。
ああ、顔が見たい。
目視して実情自分を確認したい。
しかし、手元に鏡はなく、現状、手で触れるしか確かめようがない。
それならば、と、造形を確かめるためペタペタ顔を触っていると、私の行動の意味を汲み取ったのか、アルトが綺麗な手鏡を手渡してくれた。
高級感溢れる黄金色のそれをそっと受取り、鏡面を見れば、
「……へ……?」
外ハネした猫っ毛のボブヘアー、黒髪黒目、特別際立つような部分はない平凡な顔立ち。
私が捉えたものは、23年間見慣れた顔だった。
ええと、あれ。
この状況って、今流行りの「異世界転生しちゃいました」的な感じだと思うんだけど、違うのかな?
いや、転生ものの小説や漫画は数えきれないほど読んだし、間違いないはず。
でも、転生って、生前とは違う形態として生まれ変わるって意味だよね?
私の姿形、前世のままだった。
待って待って。
異世界転生と言えば、麗しの令嬢とか平凡と言いながらも可愛いらしい雰囲気の子に転生しました、みたいなのが通常ですよね?
聖女様なら、特別なスキルを持っているのが定番ですよね?
容姿はもちろんのこと、特別なスキルも持ち合わせて無さそうですけど。
…………なぜ…………???
「あの、大丈夫ですか?」
1人混乱していると、アルトから心配の声をかけられた。
行動や動作の意図が読めず、どうしたらよいかわからない。
そう読み取れる表情をしたアルトは、こちらをじっと見つめてくる。
「あ、ごめんなさい。その、自分の状況について考えていて……」
「あ、あの」
私の返答を聞いたアルトは、意を決したような真剣な面持ちをした。
そうして、
「突然異国に来て困惑されているかと思いますが、私の全身全霊をかけ、貴方様には不安な思いや寂しい思い、不自由や不幸な状態にはさせません。だからどうか、私と結婚していただけませんか?」
金髪碧眼の王子様は、突如、爆弾発言をした。
「……結婚?」
「はい」
きょとんとする私に対し、アルトは万遍の笑みを浮かべた。
そうして、ベッドの端に手をかけながら、顔だけをアルトのほうに向けて座っていた私の、真横まで身を乗り出し、ご機嫌な様子で発話する。
「我が国には、異世界から聖女様がやってきたという史実があります。それは過去数回あり、1番最近ですと、私のお祖母様が異世界から来られた女性として存命中です。聖女様は皆、我が国を発展させたり、関わる人々に幸福をもたらしてくださっていて。別名、運命の乙女と言われています!」
運命の乙女。
その単語を発言した後から、声を弾ませていたアルトの瞳が輝きを増していく。
「私は、心から愛する人と結婚したいという願いがあり、運命の乙女が現れる事を毎日祈っていました。そうして、貴方が私の目の前に現れたのです!!」
キラキラと輝く瞳が伝えてくるのは、歓喜の意。
その眩さは、光に照射されたダイヤモンドが光り輝くような、魅力あふれる天然石芸術品のようで、宝石にあまり興味がない私でもつい引き込まれてしまうほどだった。
そんな瞳を見ながら、私は思う。
イケメンってすごい。
本人からしたら何気ない動作も、魅了のポイントになってしまうのだから。
美しいとか、ドギマギしてしまうとか。出会って間もないはずのアルトとの関りは、感嘆や驚きの連続になってしまっている。
正直に言って、アルトは私のタイプだ。
良い声のイケメン、しかも金髪碧眼の王子様であるアルトは、少女漫画や恋愛小説、イケボが大好きな私の理想を体現した男性。
イケメンからの求婚は、自分の趣味嗜好からすれば憧れのシュチュエーションで、「はい」と勢いで言いたくなってしまう気持ちが私の中にはある。
でも、待って。
目が覚めた後から今までのリアルな体感、感覚から察するに、これは夢ではなく現実のはず。
ここが現実ならば、いくら相手がドタイプだからって、結婚という自分の人生を大きく変える事柄を、簡単に決めることはできない。
よくよく考えれば、今の私は、自分の置かれた状況、この世界の事もよくわかっていない。
そもそも。
プロポーズしてきたアルトのことは、名前と王子様という身分、人が良さそうなイケメンという印象以外、何もわからない。
よく知らない相手と結婚って、普通に考えてハイリスク過ぎる。
なにより彼が、どうして私と結婚したいって思ったのか、わからない。
……っていうか、私の名前すら知らないよね?
私と結婚したい理由も不明確だし………………。
ふぅ。
状況と心情を整理できた私は、アルトにはわからないほどの小ささで息を吐いた。
そうして、アルトに正面から向き合い、落ち着いた表情で口を開く。
「あの。話を聞くに、アルト王子は、異世界の女性が良いってだけではないでしょうか?運命の乙女に憧れを持っている、といいますか。結婚して欲しいと言ってくださいましたが、それは私である必要性がないと思います」
アルトの話の意味を理解しようとした中で、私は気づいた。
異世界の女性ならば誰でもいい。
彼の話は、そのような趣旨だったということを。
つまり、求められているのは私ではなく、異世界から来たという肩書きのつく女性だ。
「そ、そういうわけでは、ありません!」
「そうは言っても、貴方は私の名前すら知らないわけですし」
「す、すみません!気持ちが先走ってしまって……。そ、その、貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか……」
自分の発言で私が気分を害してしまった。
そう思ったのか、アルトの態度は語尾と共に段々と小さくなり、乗り出していた身はしずしずと下がっていき床に正座する格好となる。
シュンと落ち込んだその姿は、純新無垢な子どもに正論を突きつけてしまったかのような、こちらが悪い事をした気分を受けるものだった。
「き、きさき。波都 姫咲です。嫌な気持ちにはなってないですから、その、反省するみたいなのはしなくて大丈夫です」
「~ありがとうございます!キサキ!!素敵な御名前ですね!」
居た堪れなくなった私がフォローをしながら名乗ると、アルトはぱぁぁと表情を明るくしていった。
丸まっていた背筋はピンと伸びていき、キラキラした瞳を再び私のほうに向ける。
「私の伝え方が下手だったので、信じていただけないかもしれませんが。私はキサキ様が運命の人だと思っています」
「えっ?!そ、それはどう言った点から……」
「女性を見て、胸が高まるのは初めてなのです。これが、一目惚れというものなのでしょうか!?キサキ様を見た瞬間に、自分の内側の何かが動いたのです。キサキ様の一挙一動が可愛らしいと感じますし「わーーーーー!!」
意気揚々と語るアルトの口を、私は両手で勢いよく塞いだ。
胸が高まるのは初めてとか可愛いとか、その口で言わないで欲しい。
言われ慣れてないし、あなたイケメン王子が言うとさらに心臓に悪い。
焦った私が首を左右に振りながらアルトに訴えると、アルトは目をぱちぱちとさせた後、私のほうをじっと見つめ始めた。
そうして向けられたのは、こちらの心情を読み取ろうとしているのがわかる真剣な眼差し。
「~っ」
それに耐えらなくなった私は、慌てて手を離した。
「きゅ、急に口を押さえてごめんなさい。その、わかりましたから、可愛いとか、反応がどうとかって話はちょっと……」
「私こそ、キサキ様の気持ちを考えずに色々とすみませんでした。上手く言えませんでしたが、キサキ様に惹かれているのは確かで、その気持ちに嘘はありません」
優しい口調のアルトは、発言後、私の右手を丁寧な仕草で手に取り、流れるような動きで私の手の甲に触れた。
口で、優しく。
「っ!?」
「キサキ様の気持ちを無視することはしません。ですが、僕のことを好きになって貰いたいと思うので、これから貴方にアプローチしようと思います」
「はい?!」
「キサキ様に僕と結婚したいと言ってもらえるよう、頑張ります。本気なので覚悟してくださいね」
そう言って微笑んだアルトは、“絵に書いたような王子様”だった。
ドキリ。
私の胸が音をたてる。
ああ、狡い。
先程イケメンはすごいと思ったけれど、狡すぎるの間違えだった。
イケメン王子様の彼は、女性の心を擽くすぐることが御手の物らしい。
さらに狡いのは、キラキラとした瞳で私を見つめてくること。
私からの反応を待っているその様子は、答えは1つしかないと思わせるような何かがある。
「……はぃ……」
それは、ほぼ無意識的に。
“絵に書いたような王子様”なアルトの魅力に呑まれてしまった私は、か細い声で肯ってしまった。
お読みくださり、ありがとうございます✩.*˚
本作は、長編として考えている話の冒頭部分を切り取り、短編として投稿したものになります。
理想の王子様との出会い(恋の始まり?!)のシーンを、“情景がイメージしやすく、まとまりのある文章に”と意識して書いたものです。
楽しんで頂けたならば、とても嬉しいです (❁ᴗ͈ˬᴗ͈)




