天才に、手を届かせてみたいんだ
キィン、と音を立てて、僕の持つ剣が弾かれた。そして、目の前に剣が突きつけられる。
「俺の勝ちだ、エスタ」
「……勝てないなぁ、アールには」
剣が引かれて、僕は地面に座り込む。恨めしそうにアールを見上げたけど、当の本人は何てことない顔をしている。
「エスタだって十分強いさ。ただ俺の方が強いだけだ」
「それさ、腹が立つだけだって分かってる?」
「そうなのか……?」
全然分かってない。アールは単に事実を言っているだけで、悪意がないのは分かるんだけどね。
僕たちは当てのない放浪の旅をしている。僕とアールと、残り二人は女の子。
女の子二人が水浴びしているから、それを待つ間に僕たちは手合わせを始めたんだけど、やっぱり僕じゃ手も足も出ない。
「どうする、これで終わりにしておくか?」
アールの余裕の表情が悔しい。荒い呼吸をしている僕とは対照的に、息一つ乱してないんだから。
分かっているんだ。アールは剣の天才だ。天才のくせして努力も怠らない。凡人の僕が、いくら努力したって追いつけっこない。
それでも一度くらい、少しくらい、手を届かせてみたいって思うんだよ。
「もう一回。今度は精霊の力を使うよ」
「いいだろう、かかってこい」
呼吸を整えつつ立ち上がる僕に、ニヤッと面白そうにアールが笑った。
この世界には、精霊と呼ばれるものが存在している。水や風、土などの自然だったり、家や剣なんかの人が創ったものにも宿っている存在。
普通の人には見えない精霊を、僕は見て言葉を聞いて、その力の一部を借りてふるう事ができる。
精霊の力を剣で対処することなんかできないから、僕がその力を使えば、アールは躱すしかできない。……はずなのに、最近はちょっとした防御くらいなら、するようになってきた。
アール自身は「やろうと思ったらできた」とか言ってるけど、僕には分かる。アールの剣に宿っている精霊が力を貸してるんだ。普通、見えないし聞こえない相手に、精霊が力を貸すことなんてないのに。
本当に、天才っていうのは、どこかがおかしい。
「風精霊」
僕の呼びかけに、精霊の応える声が聞こえる。僕の周囲を、風が吹き荒れる。
精霊の力を使ってさえ、アールに剣が届いたことはない。
だから、今度こそ。
何度思ったか覚えていないことを思いつつ、僕はアールにかかっていった。
ここに出てくるエスタは、自作品「不思議な不思議な出来事」の不思議な少年、詩の「月に願いを」の少年と同一人物です。名前が出てきたのは、この作品が初めてです。
この作品も含めた三作品とも場面がまったく違うので、話はまったく繋がっていません。
ラジオ大賞に投稿しているの、スピンオフばかりですね……。
お読み頂きありがとうございました。