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ラーメン屋で昔の彼女と出くわした場合の正しい対処法

作者: 青い時計

 お盆中の平日。

 出社する人も少ないフロアに昼のチャイムが鳴った。


---こんな日に出勤なんてついてない


 人が少なすぎてやる気が出ないし女なんて私一人である。

 クーラーの効いた部屋でごろごろしている予定が、陽性的なアレコレで代打の勤務になってしまった。

 やる気が出そうな食べ物でも食すしかない。


---ラーメンでも食べに行こうかな


 財布とスマホを持って会社を出た途端、むわっとした熱気に包まれる。

 お盆のオフィス街は閑散としているがセミは健在である。都市部の街路樹にはセミが鈴なりで合唱音がえげつない。絶対に100デシベルを超えている。


 暑い中、わざわざ外に出たのに生憎どこの店も休みの文字。

 どうしたものかとブラついていると、たまにしか行かないラーメン屋が開いていた。


---最近行ってなかったからあそこにしよう


 食券を買いながら窺うと店内は先客が2人。

 カウンターしかないこじゃれたメニューのラーメン屋はいつもより空いていた。

 オフィス街にポツンとある店である。サラリーマンが見込めないお盆休みの客数を見越してか店長しかいない。

 食券を購入していそいそとクーラーが直撃する夏の特等席である最奥の席に座る。

 店長の好みなんだろうジャズだかレベエだかが流れている。

 時計を見ると12時12分。普段であれば店外で並ぶかこの店に入るのを止めるか悩む時間帯である。

 店長が軽く頭を下げてくれた。どうやら顔を覚えられていたらしい。

 スマホを取り出し、見るともなくながめる。


---今日はいつも以上に遅いなぁ


 化学調味料不使用を謳うここのラーメンは他の店より出てくるのが遅い。が、今日は輪をかけて遅い。遅すぎる。

 私の後に2人着席。店長の顔見知りらしい1人がさらに来店したが、麺のタイマーが掛け忘れられている。レモングラス刻んでる場合じゃないよ店長?!


 そんなこんなで40分になろうかというところでやっと注文の品が出てきた。

 昼休みは13時まで。帰り道に8分。


 自分が猫舌な事を考えると厳しい戦いである。

 暑いが小走りになれば3分かせげる。。。15分以内に食べれば何とかなるかと食べ始めた。


---濃くない?


 1/3程食べ進めて思う。濃い。絶対濃い。具体的にはスープがいつもの数倍塩辛い。

 そういえばこの店はしばらく休んでいたなと思い出す。

 他の店だがコロナ休み後に味付けが随分濃くなった店があった。


---店長コロナかかった?


 都市部である。コロナは全然いい。よくないけど重症でないなら別にいい。

 ただ、ただである。コロナ真っ盛りである。お客が安定しないだろう。材料費も高騰している。

 旨味材料を減らして塩で味を加算に切り替えている店が多い。残念ながら多い。仕方がない。仕方がないが、どっちだ?


 コロナなら1ヶ月もすれば店長の舌も戻るだろう。しかし、材料費的な問題の場合、このままの濃い味でいくということだ。貴重なランチである。ランチで外食なんて高級である。失敗したくない。


 人が引いたタイミングでスープの味を変えたか聞いてみるべきか。


 以前、細打ちのザラザラ麺が、同じ太さだがフォーのようなツルツル麺に変わったときは「あ、分かります?」と若干嬉し気にざっくりとした配合まで説明してくれた。


 スープもしれっと聞いてみようか。食べるスピード的に私が最後だろうし。


 そう思っていたのだが、追加で2人入店。2人が並んで食べられるスペースは私の横にしか残っていなかった。


 通路があるようで無い狭い店である。気を付けないと隣と肘が当たる狭さなので顔はどんぶり固定だが、入店順であろうそのままに男性が横に座る。さらに隣は雰囲気からして女性。


 そういえばこの店はこじゃれているだけあって会社員が蠢く12時台を外すとアベック(死語)ばかりになるなと思いだす。ラーメン待ちの間に入店した2人組もそういえばペア(死語)だった。


---なんだよ! みんなお盆に夫婦デートかよ


 思わず脳内口調が乱れる。こちとら仕事だっつーのに、かーっぺっってなもんである。


 残しておいた味玉を勢いよく口に放り込む。

 スープに沈んでいたチャーシューがいつもの半分の薄さになっていた。やはり材料費か?


 塩辛いスープを水でリセットしながら分析していると、無常にも水のピッチャーが移動させられてしまった。カウンターも狭いので、新しいラーメンが完成すると人数分に足りないカラトリーとピッチャーは新客の元に旅立ってしまうシステムになっているのだ。


---隣だし左手を伸ばせば届くかな?


 何気なしに左側を見て違和感。

 ラーメンが来ているにも関わらず隣の男が微動だにしない。

 具体的には、右手を額のあたりにあてて、左手に持つスマホを見ている。

 スマホに夢中と見えなくも無いが、右手が不自然である。

 例えば、顔を見られたくない子供が必死に顔を隠すとするならあのような手の形になるのではないか。


 コップに残った氷をあおるフリをして視界を広げる。

 男の隣の妻らしき女性が男に小声で何かを話しかけている。

 小柄で可愛らしい顔立ちの女性に話しかけられているにも関わらず、男の方はガン無視である。


---なんだコイツ。態度悪いな


 ラーメン伸びるぞと思いながらコップをカウンターに置こうとして、男の物らしき財布が視界に映る。

 黒くてボロボロのロゴマークもない二つ折りの財布。


 急に何かが繋がった気がして、今度は顔を動かして隣を見る。

 細い、いや、いっそ薄い体形。マクドナルドのピエロのような中途半端なアフロ髪。

 頑なに顔を隠して姿勢を動かさない、そんな幼稚園児の隠れん坊のような事をする人間に残念ながら一人だけ心当たりがあった。


 そのまま席を立ち、「ありがとうございました」と声をかけてくれた店長に無言で会釈する。

 もはやスープの件はどうでもいい。


 無反応を貫く旦那だか連れ合いだかの肩を軽く揺する女性と目が合った。


---そんな物言いたげな顔をされてもお宅の旦那が挙動不審というか微動だにしないのは知らんし


 細身の天然パーマ。ノーブランドで二つ折りの財布。小柄で可愛いらしい女性。それら全てに20年程の年月を加算してみる。


 状況証拠から、学生時代に付き合い社会人4ヶ月目で振られた昔の彼氏に間違いないだろう。

 敗因は顔が可愛くない事だった。そんなの最初から分かっていただろうと当時はブチ切れていた。


 必死に顔を覆い隠す右手を動かそうとしない様にいっそ笑えてくる。


 13時まで残り6分。


 極度のビビりだったはずなので、二度とあの店で会う事はないだろう。なんだったらここら一帯でかする事すらないだろう。


 肘がぶつかりかねない狭さのラーメン屋で隣の客の顔を見る事なんてない。通常、横を向く事すら無い。

 雉も鳴かずば撃たれまいとは正にこのことか。撃つ気もないけど。


 退店のために後ろを通ったが、正直、後ろ姿では同一人物とは判別できなかった。

 20年以上前である。そんな昔の人なんてそうそう覚えているものでもない。普通にしていれば気付かれなかっただろうに。



 一つ心残りがあるとするならば、同窓会名簿でヤツは行方不明扱いになっており、毎回フルネーム+情報求むとデカデカと封筒の表に書かれているよと伝る術がないことか。




「………仕事しよ」



 結論:昔の彼女に遭遇したらば努めて普段通りに過ごせばよい



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