転生した人魚姫の奮闘とその結末
気がつくと人魚姫だった。
(ウソでしょ?)
昔、絵本で読んだ悲恋の主人公。
一目惚れした王子様を助けた人魚姫は、魔女の薬で脚を手に入れるけど、恋に破れて、海の泡になる。最後は救いのある感じに、風の精に昇格してた気もするけど、読むたびに、私は悔しくて悲しくてやりきれなかった。
だって、溺れてた王子様を助けたのは人魚姫だったのに、王子様は違う女の人を助けてくれた人だと思い、結婚してしまったから。
(人魚姫、もっと頑張りなよ! 口がきけなくても、手振り身振りでなんとかなるでしょ!)
子ども心にすごく不満だったのを覚えてる。
そして私は、よりによって、そんなキャラに転生したらしい。
鏡の中の私は、水色の髪が腰までまっすく伸び、同じ色の大きな瞳は宝石のようにキラキラ。瞬きのたびにバサバサと音がしそうな長いまつげは、くっきりした二重の目をびっしり囲っている。そして、愛くるしい顔立ちは十人が十人とも見惚れるほどだった。
(わぉ、なんて美少女!)
自分で自分にうっとりしてしまう。
でも、虹色に輝く鱗が下半身を覆っているのがすっごく違和感。
脚じゃなくて尾びれがひらひらと揺れる。
う~ん、不思議。
転生した認識があるってことは、前世を覚えているかというとまったくで、本が好きな女の子だったということしか覚えていない。
でも、人魚姫のストーリーはバッチリ覚えてるのよね。
こんなに可愛いのなら、やっぱり人魚姫は、もっとガンガン王子様にアタックすればよかったのに。
オーケーオーケー。
これは知識を利用して、ハッピーエンドになる流れよね?
わかった。私は物語の人魚姫の二の舞になんかならない。
まずは王子様に会わなければいいんじゃない?
これで完璧。
王子様に恋して泣くこともないし、海の泡になることもない。
快適な海の中で面白おかしく過ごせるってものよ。
わざわざ海上に出なくても、水の中の王宮生活は快適だった。
珊瑚やパールに彩られた宮殿は豪華で、なにもしなくても美味しい食事が出てくるし、鯛や平目が舞い踊り……って、それは違う話か。
でも、実際、お魚や人魚以外にもカニ、サメ、イルカなど友達はいっぱいいたから退屈しなかった。
特に、カメのオーフェンとは気が合って、いつもおしゃべりしていた。
「たまには地上を見るのも面白いよ。こことは違った景色が見られる。一度、夕陽の沈む海をサーナに見せたいなぁ。それは美しいんだ」
「絶対イヤ! オーフェンは私を不幸にしたいの?」
「そんなわけないだろ。俺はいつだってサーナの幸せを祈っているよ」
そんなことを言われて、カメに対して、ドキリとしてしまう。
オーフェンはカメのくせにときどき男前なセリフを言うのよね。
でも、誘惑されてはいけない。
私は王子様と出逢わないまま、幸せに暮らすのよ。
そんなふうに私は頑なに海上に出ないようにしてきた。
それなのに──
ある日、お姉様たちとの追いかけっこに夢中になって、うっかり海上に出てしまった。
運悪く、そこには大きな船。
よりによって、その甲板に、王子様がいた。
風になびいて煌めく金髪、光に反射してキラリと輝く海の色の瞳、微笑みを浮かべた口もと。デッキの手すりに腕を乗せて、遠くを眺めている横顔は見たことがないくらい整っている。
(ズッキュ〜ン!)
心臓が撃ち抜かれた音がする。
好みど真ん中の美形男子。
これはヤバいわ。
まんまと私は恋に落ちた。
やっぱり私は人魚姫。王子様に恋をしてしまう。
ストーリーからは離れられないのかしら……。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
それからというもの、私は暇があれば、海上に行き、王子様の姿を探した。
あれ以来、会えていないけど、物語通りだとすると、あの王子様は海に落ちて溺れてしまうはず。
(私が助けないと!)
意欲を燃やして、海上をパトロールする。
あんなに海上を避けていたのに、突然、海の上に通い始めた私を、オーフェンが不思議そうに見ていた。
オーフェンには気恥ずかしくて、恋心を打ち明けられなかった。
ある嵐の夜、心配になった私は、前に王子様を見かけた辺りまで行ってみた。
そこでは船が嵐に翻弄され大きく揺れていた。
それでも、沈没するような様子ではなかったので、ほっとしたところ、ふいに犬を追いかけて甲板に王子様が出てきた。
(なにしてるのよ! バカなの?)
会えた喜びを感じるとともに、この天候で外に出てきた無謀さに呆れる。
雷の音にパニックになって走り回る犬を王子様が捕まえようと手を伸ばしたとき、船がぐらりと揺れて、王子様が海へ落ちた。
(もう! なにをしてるの!)
私は慌てて泳いでいき、王子様と犬を助けた。
近くの浜辺までふたりを運んでいき、そこへ横たわらせる。
「しっかりして、王子様! 助けたのは私よ? しっかり顔を覚えておいてよね! 犬さんも私を覚えとくのよ? いいわね?」
海に落ちたショックでぼんやりしている王子様の頬をペタペタと叩いて、言い聞かせる。
犬さんにもしっかり私の匂いを嗅がせる。
(これでバッチリね!)
「君は……」
ビックリして私を見つめる王子様に微笑みかける。
驚いた顔も素敵だった。
王子様が落ちたのに気づいた家来たちが大急ぎで船を岸に近づけた。大勢の人が近寄ってきたので、慌てて私は海の中へ帰った。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
「はぁ……」
「サーナ、これで溜め息百回目。どうしたんだよ」
王子様に恋わずらいしていた私をオーフェンが心配してくれた。
このところ、食欲はないし、なかなか眠りにつけない。
間近に見た王子様の顔が目に焼きついて離れないのだ。
(キラッキラのイケメンだった……。あんな王子様と恋人になれたらいいのに)
私は、はぁぁと百一回目の溜め息をつく。
「ねぇ、西の魔女のこと、どう思う?」
私は彼の問いかけに答えずに、逆に質問した。
「西の魔女? 悪いことは言わない。絶対関わるべきじゃない!」
さっと顔色を変えて、オーフェンは即座に反対した。
西の魔女と言えば、腕は確かなものの、偏屈でがめつく、気に食わない人を魚に変えてしまったり、多大な報酬を要求してきたりすると言う。
(カメが青くなるのを初めて見たわ)
それくらい恐れられている存在だ。
「そう。そうなのよね……」
わかってはいるけど、私は知っている。
彼女が私を人間にできること。そうしたら、あの王子様のもとへ行けること。
(そうよ! 私は物語の先を知っている! 死ぬ気で王子様に迫ればよくない? あんなにアピールしたんだから、物語と違って、私の顔を覚えているわよね?)
「決めた! 西の魔女のところに行くわ」
「はあ? だから、ダメだって」
「もう決めたの。オーフェン、今まで仲良くしてくれて、ありがとね」
私はオーフェンを持ち上げると、親友の顔を感慨深く眺めた。
(カメとこんなに仲良くなるとは思っていなかったわ。これで見納めね)
しんみりしていると、オーフェンが声を荒げた。
「今生の別れのようなことを言うなよ!」
「たぶん、もう会えないから」
「そんなこと言うな! 西の魔女のところに行くなら、俺もついていく!」
「え?」
思ってもみない言葉に、目をパチクリさせる。
「なにをする気か知らないが、サーナは言い出したら聞かないからな。こっそり消えられるよりはいい。俺も行く!」
「ほんと〜? うれしい! 実はちょっと怖かったんだよね。さすが親友!」
「怖いならやめろよ……って、聞くつもりないな?」
「さすが、わかってる!」
私たちは顔を見合わせ、笑いあった。
オーフェンがついてきてくれるなら、百人力……ってことはないけれど、心強かった。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
「それで、わしになんの用だい?」
そう聞きながら、ニヤリと魔女は笑った。
オーフェンと私はこっそり宮殿を抜け出して、西の魔女のところに来ていた。
噂よりはフレンドリーに家の中に入れてくれた魔女は、単刀直入に聞いてきた。
何歳かわからないほどしわくちゃのお婆さんで、鷲鼻、薄くて大きな唇が、ちょっと意地悪そう。彼女はちらっと付き添いのオーフェンにも視線を向け、眉をあげた。
カメの付き添いがめずらしいのかしら?
私も躊躇なく魔女に願いを告げた。
「魔女様、私を人間にしてください!」
「なっ、サーナ!」
私の言葉に魔女は笑みを深め、オーフェンは慌てた。
そういえば、オーフェンにここに来る理由を言ってなかったわ。
「よく考えたのかい? 一度、人間になればもう簡単には戻れないぞ?」
「わかってるわ」
私ほどそれを理解している人はいないわ。
大きくうなずくけど、オーフェンが私の袖を噛んで、くいくい引っ張る。
「ダメだ、サーナ! 姉姫様がたに言ったのか?」
「言うわけないじゃん。許してくれるはずもないし。ちゃんと手紙を書いてきたわ」
「人間になって、どうするつもりだ?」
「王子様のところに行くのよ」
「王子様?」
言葉にすると妙に恥ずかしくて、顔が熱くなる。
つい素っ気なく言ってしまう。
「あなたには関係ないわ」
それを聞くと魔女はニヤニヤとして言った。
「そうさな。カメには関係ない。それで、お嬢ちゃん、代わりになにをくれるんだい?」
「真珠や珊瑚、宝石もあるわ」
「わしがそんなもので満足しないと知っておるだろう?」
念のために言ってみたけど、やっぱりダメだった。
溜め息をつき、聞きたくはないことを聞いた。
「じゃあ、なにを望むの?」
「そうさなぁ。お前のかわいい声をもらおうかの」
「ダメだ!」
オーフェンが怒鳴った。
すると、魔女が顔をしかめる。
「うるさいカメだ」
魔女がピンと指を弾く仕草をすると、オーフェンが飛んでいって、壁に激突した。
「オーフェン! 大丈夫?」
慌てて、彼を抱きあげ、覗き込む。
「だ、大丈夫だ」
甲羅も割れてなさそうだし、本当に大丈夫そうで、安堵する。
カメって丈夫でよかったわ。
それを確かめてから、私は魔女を見た。
「わかったわ。私の声をあげる」
「ほう、そうか、それなら……」
「あとね、この髪もあげるから、私と賭けをしない?」
「賭け?」
「サーナ!」
腕の中でわめいているオーフェンを無視して、指でサラサラの髪を梳き、魔女にアピールする。
ほら、綺麗でしょ?
魔女の目を引きつける。
「そう賭け。私は王子様と結ばれなかったら海の泡になってしまうんでしょ?」
「知っておったのか」
知ってますとも! 結末までもつぶさに覚えているわ。
だから、賭けをする。
「まあね。どうせあなたは私が王子様と結ばれるのは無理だと思っているでしょ? だから、私が王子様と結ばれたら、声を返してほしいの」
一瞬おし黙った魔女は次の瞬間、ハハハと笑いだした。
「これは面白い。この魔女に賭けを挑むとは! いいさ、やってみな」
契約を交わし、魔女にもらった薬を飲んだら、尾びれが痛いほど熱くなり、そのまま意識を失った。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
「大丈夫?」
揺り起こされて、目覚めると、目の前に恋い焦がれた王子様の顔があった。
私は浜辺で胸のビスチェ以外は裸で倒れていた。
私の大事なところを隠すように、オーフェンがくっついている。
心配そうに眉を下げた王子様は自分のマントを外して私を包み込み、抱き起こしてくれた。
なにこれ。ときめく。
髪が揺れ、腰まであった髪が顎までの長さになっていることに気づいた。
魔女との賭けは成立したんだわ。
それなら、王子様を落とせるように頑張らなきゃ!
海の泡になるとわかっていたら、必死になれるわ。
私は物語の人魚姫とは違うんだから!
私は意を決して、王子様に抱きついた。
頬を寄せ、スリスリする。
「あの……なにがあったかわからないけど、もう大丈夫だよ。怖いものはなにもない」
目を見開いたあと、王子様は私を抱きしめ返し、なだめるように背中をなでてくれた。
優しいわとうっとりするけど、彼の同情に満ちた眼差しを見て焦る。
(あれ? もしかして、暴漢に襲われたとか勘違いされてない?)
私は説明しようと口を開いたけれど、パクパクするだけで、声が出ない。
そうだった。声をあげたんだった……。
「かわいそうに、言葉を失ってしまっているのか。よかったら、僕の王宮に来ないか? 落ち着くまでそこにいたらいい」
お付きの人がブンブン首を振っているのも気にせず、王子様はにっこりと輝くような笑みを浮かべた。
(王子様、すてき……)
魔女に人間にしてもらって、よかったわ。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
物語で、王子様が人魚姫を簡単に拾うのが不思議だったけど、王宮に案内されると理由がわかった。
犬や猫がいっぱいで、この王子様は拾い癖があるらしい。
さっきも犬の散歩の途中だったようだ。
ちなみに、ここまで王子様はお姫様抱っこをして運んできてくれた。想像以上に素敵な人。
勇気を出して、よかったわ。
長いまつ毛だなぁとうっとり見上げていると、王子様もしげしげと私を見ると、言った。
「君は海で僕を助けてくれた人に似てるね」
『なに言ってるのよ! 本人よ!』
パクパクと口を動かすけれど、伝わらない。
あんなに覚えといてって言ったのに!
『えっ、サーナ、彼を助けたの?』
『そうよ。なのに、似てるだなんて……』
あれ? オーフェンと会話している。
私は腕に抱えているオーフェンを見た。
『私の言葉が聞こえるの?』
『あぁ、そういえば、普通に聞こえるぞ?』
『よかったぁ。オーフェンと話ができるとは思わなかったわ』
私がにこりと微笑むと、王子様もにっこりしてくれた。
そうだ、違うのよ!
似ているじゃなくて、本人なのよ!
そこのところをハッキリさせておかないと。
物語では、助けた人に似ているという理由で王子様はお隣の国の姫が好きになり、結婚していた。
今度はそんなこと許さないんだから。
(そうだ、あのときの犬!)
あの犬が私を覚えているかもしれない。
うじゃうじゃといる犬の中から、助けた犬を見つけて、指をさした。
『こっちへおいで。命を助けた恩を返してよ』
そう呼びかけると、犬は尻尾を振って寄ってきた。
「ん? ジョストンがどうかした?」
王子様と犬を指さして、引っ張りあげるしぐさをした。
この拙いジェスチャーでわかるかしら?
心配だったけど、王子様は察しもよかった。
「えっ、もしかして、君が僕を助けたって言いたいの?」
『そうよ、そうなのよ!!』
うんうんとうなずいたら、王子様は蕩けるような笑みを浮かべてくれた。
こんな近くで好みのイケメンのとびきりの笑顔を受けて、萌え死にしそう……。
「本当に君だったのか! あのときはありがとう。危うく死ぬところだったよ」
丁寧にお礼も言ってくれて、信じてもらえたことに有頂天になる。
これなら望みがあるんじゃない?
その上、王子様は私をメイドに引き渡すとき、「僕の命の恩人なんだ。丁重に扱ってくれよ?」と言ってくれた。
メイドさんについていくと、オーフェンと私は一緒にお風呂に入れられ、ピカピカに磨かれた。
オーフェンは「うわぁ」とか「うぅぅ」とか叫んだり呻いたりしていた。
お風呂が嫌いなのかな?
まぁ、カメにはお風呂に入る習慣はないもんね。
綺麗な青のドレスを着せられて、うれしくてくるりと回転してみる。
『よく似合ってるよ。それにしても、サーナに脚があるのは新鮮だな』
『うん。声と引き換えでも、こうして脚ができて、王子様に会えたのがうれしいわ』
『ふ〜ん、本気なんだな』
『当たり前よ!』
オーフェンと会話を交わせるのもありがたい。
本当にうれしい誤算だわ。
これがなければ、もともとおしゃべりな私は気が狂うところだったかもしれない。
身だしなみを整えられて、私たちが王子様のもとへ案内されると、彼はふんわりと微笑み、「綺麗になったね」と言ってくれた。
ふふふ、そうでしょ?
これからガンガン迫るから、よろしくね。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
それからというもの、私は王子様のもとで、優しく守られて暮らした。
一緒に犬の散歩に行ったり、お庭を散策したり、舞踏会にも出させてもらった。もちろん、私のパートナーは王子様。ダンスもいっぱい練習したのよ?
すぐに王子様が私を可愛がっていると噂になった。
王子様はいつも優しくて素敵だった。
『ねーねー、オーフェン、いい感じだと思わない?』
『う〜ん、俺には特別な感情は持たれてないように見えるけど? 恩人だって、大事にされているだけじゃない?』
『うそ!』
すっかりその気になっていたのに、オーフェンの冷めた意見にスーッと血の気が引く。
初恋だもん。そういう機微なんてわからない。
『そうなの? そうだとしたら、どうすればいいのかしら?』
『そんなこと言われてもなぁ』
『ひど〜い。オーフェンは私が海の泡になってもいいの?』
『それは嫌だが……』
『じゃあ、王子様に好きって言ってもらうにはどうしたらいいと思う?』
私はオーフェンを揺り動かし、意見を迫った。
カメとはいえ、雄だから、男心がわかるかもしれない。
彼は困ったように、小首を傾げた。
『そうだなぁ。色仕掛けとか? いや、ウソ、冗談!』
『色仕掛け。うん、わかったわ!』
『だから、冗談だって』
『私には後がないの。なにがなんでも王子様に私を好きになってもらわなきゃ』
私がそう言うと、オーフェンはひどく悲しそうな顔をした。
きっと同情してくれているんだわ。
『それなら、スキンシップを多くしたらどうだ? 男なんて単純だから、可愛い子にくっつかれたら、悪い気はしないよ』
『わかったわ! ありがとう、大好き、オーフェン!』
彼を抱きしめると、苦しかったのか、もぞもぞ動いて、迷惑そうな顔をした。
失礼ね!
それからというもの、私は王子様にエスコートされるときには、腕に胸を押しつけたり、ことあるごとに抱きついたりした。
「サラは甘えん坊だね」
王子様に付けられた名前で呼ばれ、ニコニコと微笑まれるけれど、私にもわかった。
王子様は私に恋していない。
たぶん、拾った犬や猫を可愛がるように、私を可愛がっているだけ。
命の恩人というだけで、もてなされているだけ。
『好き……』
想いを込めて見つめても、優しく頭をなでられるだけ。
たぶん、私の気持ちは伝わっている。
わかっていて、流されている。
切ない。
やっぱり私じゃダメなの?
それでも、可愛がられ、そばにいられるだけでいいと思っていた。
このままじゃいられないことを忘れていたのだ。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
あるとき、城がざわついて、なんだろうと思っていたら、隣国のお姫様が来るという話だった。
いつの間にか王子様との縁談が進み、初顔合わせだということだ。
(隣国のお姫様! 私の最大のライバル!)
どうにかこの縁談を壊さなければいけない。
でも、物語の王子様は自分を助けてくれた人に似ているって理由でお姫様を気に入っていただけだから、本人がここにいたら関係ないわよね?
それなのに、お姫様を見た王子様は、息をするのも忘れたかのように固まった。食い入るように彼女を見ている。
その瞬間、王子様がお姫様に恋したのがわかった。
だって、私も同じだったんだもの。
一目惚れ。理屈じゃなくて、ただ好きだと思う。
好きになる理由はどうでもよかったらしい。
お姫様のほうも王子様を気に入って、二人の縁談は成立した。
しかも、王子様が私を命の恩人だとお姫様に紹介してくれると、お姫様は感じよく微笑んで私を受け入れてくれた。
(もっと嫌な人だったらよかったのに)
王子様が誘い、お姫様をエスコートしてお庭を散歩しているのを見かけた。
お似合いのカップル。
二人の仲睦まじい様子に、私はなにもできなかった。
〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜…〜〜〜
明日は二人の結婚式だ。
物語では王子様の結婚式の翌日に、私は海の泡になる。正確に言ったら、風の精になるのかしら?
私はあきらめの心境で、その日を過ごした。
夜にお姉様がたが、ご自分の髪と引き換えに魔女に短剣をもらってきてくれた。
(手紙になにもしないでいいって書いたのに!)
私を想うお姉様がたの気持ちに胸が熱くなる。
お姉様がたはこの短剣で王子様を刺せと言う。そうしたら、王子様の血で私は人魚に戻れるのだ。
でも……。
『そんなことできないわ! それくらいなら、私は海の泡になる!』
泣きながらも、オーフェンを抱きしめて、宣言する。
オーフェンは慰めるように頬の涙を舐めた。
『サーナ……。お前は可愛くて心優しくて、俺は大好きだ』
『オーフェン、私も大好きよ。今まで本当にありがとう』
私は想いを込めて、オーフェンに口づけた。
ポンッ
『きゃっ!』
私の腕の中にいたオーフェンが消えて、目の前に黒髪、浅黒い肌のセクシーな男性が現れた。
彼は髪を搔き上げて、情熱的な黒い瞳で私を見た。
「このタイミングで戻るとはな……」
そんなことをつぶやいたかと思うと、私の腕を掴み、顔を寄せてきた。
「サーナ、俺を選べ! 俺も王子だ。俺と結ばれたら、お前は海の泡にならない。声も戻る」
『えっ、え……?』
そのイケメンの声も口調もオーフェンのものだった。
『もしかして、あなた、オーフェンなの?』
「あぁ、そうさ。権力争いのとばっちりで、あの魔女に姿を変えられていたんだ。惚れた女の口づけが解呪条件なのに、自分からは言えないという厄介な呪いで、半ばあきらめていたんだがな」
お前が解いてくれたと、オーフェンはニヤリと笑った。
その笑みはとてつもなく色っぽく、それを間近で見てしまった私は、かああと体温が上がった。
それに。
『惚れた女……』
彼の言葉を繰り返す。
「そうだ、サーナ。お前が好きだ。俺のものになってくれ」
両手で頬をはさまれて、じっと見つめられる。
恋い焦がれるような眼差しに、さらに体温が上昇した。
『ちょ、待って、待って!』
まだ混乱から立ち直れない。
オーフェンがカメじゃなくて、カメがオーフェンで、王子様で、えっ、オーフェンが王子様で、私が好きって?
ウソでしょ?
待ってと言ったのに、オーフェンは追求を緩めてくれなかった。
「サーナも俺のことが好きだと言ってくれただろ? 失恋の傷を癒やすなら新しい恋だぞ?」
親指で頬をなぜられ、ゾクリとする。
あれはカメのオーフェンに言ったわけで、親友として言っただけで……。
でも、オーフェンが人だったらよかったのに思ったことはなかった?
カメの姿でもドキドキしたこともあったよね。
口説かれたことのない私は簡単に揺れ動いてしまう。
「なぁ、サーナ。いいだろ?」
い、いいってなにが?
オーフェンは目をすがめ、唇の触れそうな距離で……触れた。
『!』
熱い唇が私のものに押しつけられる。
ペロリと唇を舐められて、ビックリしていると、唇の合間から、舌が入り込んできた。
オーフェンの舌は、遠慮もなく私の口の中を舐め回して、ツンツンと私の舌をつついた。
(どうしろっていうのよ!)
初めての行為に戸惑っていると、私の舌をすくい上げるようにして、絡められた。
さんざん貪られて、オーフェンが唇を離した頃には脚の力が抜けていた。
くたんと座り込みそうになった私をオーフェンが難なく支える。
「ちょっと、オーフェン! いきなりすぎるわ!」
私が文句を言ったのに、オーフェンはとびきりの笑顔で、またチュッとキスをした。
「俺を受け入れてくれたんだな」
ささやかれて気がついた。
声が出てる!
(ちょっと、私! こんなに早く心変わりするなんて、あり?)
罪悪感が顔に出ていたようで、オーフェンはニヤッと笑うとささやいた。
「俺が魅力的すぎるからだ。仕方ないだろ?」
オーフェンに口説かれて、絆されて、気がつけば、彼と結婚することになっていた。
彼の国では、政敵が呪い返しでカエルになっていて、あっという間にオーフェンが政権を掌握した。
そんなこんなで、それから私はオーフェンに愛し守られ、幸せに暮らした。
物語とずいぶん違ってしまったけど、めでたしめでたしよね?
お読みいただき、ありがとうございます!
おもしろければ、ブクマ、★をお願いします。
創作の励みになります。