27話11
「顔を洗ったのにまだ感触がある」
身を起こすが謝砂の頬はまだぞわぞわとしている。
「蜘蛛の巣じゃなくて髪の毛じゃないか? 取ってあげるよ」
爛は謝砂の顔に張り付いた髪の毛を丁寧に取った。
「気のせいじゃないんだけど」
謝砂はもう一度水面を覗き込んだ。
謝砂が顔を船から出したときに首にかけた魚籠の浮き輪が出て川に浮かぶ。
俯いた首には紐しか掛かっていない。
急に浮かんだ魚籠が引っ張られて首に重みがかかった。
「あっ!」
謝砂は流れる紐をぐっと手繰り寄せたが川に向かってぐっと引っ張られる。
「危ない!」
爛が謝砂を掴もうと手を伸ばすが届かずに指をかすめた。
叫んだが身を乗り出していた謝砂は川の中に頭からドボンとしぶきをあげて船から落ちる。
謝砂の腕を繋いでいた霊弦が消えた。
首にかけていた魚籠の浮き輪は外れ水中に沈んだ謝砂は川の流れに体が流される。
「謝砂!」
浮かんできたのは魚籠だけで謝砂の姿はない。
すぐに爛は剣を鞘から抜いて御剣し川の上を飛んだ。
謝砂はプールに飛び込んだときと同じで鼻に水が入ってツーンと痛い。
目を開けると今の体は身長が少し高いおかげで水深は深く感じなかった。
川底の石たちの上に真っすぐに足を伸ばして立つと手を伸ばすと指先が水面にもう少しで届く。
ちょっとでも沈んで底に足をつけて頭は出ないが見上げると水面が近い。
今立っているところは深くても三mちょっとぐらいだろうと冷静に考えられた。
謝砂はジャンプして勢いよく浮かび上がろうと膝をまげてくるっと方向を船に向けた。
(影? 人? 人魚な訳ないし……って溺鬼じゃん!)
謝砂の頭上を影が通り見上げると溺鬼の姿がはっきりと見えてしまった。
吊るされた糸を首につけた溺鬼が謝砂の頭上を泳いで船を囲んでいた寄ってきていた。
水中にて息づぎも必要がない溺鬼の髪は解けて水草のように漂い、川に差し込んだ日のせいで服は石に擦れているようだがピンクに見え白装束を着ているからだとわかるものが数鬼混ざっていた。
白く濁っていた目は赤黒い色をしている。
「わっ!」
謝砂は口から空気がゴボッと大きな気泡が一つ出た。
ぐっと口を塞いで息を止める。
溺鬼に見つからないように必死に反対側に泳いだ。
(ぎぁぁっぁぁ! 逃げなきゃ)
心の中で絶叫しながら遠ざかる。
魚籠は船から離れたところに流されていた。
謝砂は魚籠の浮き輪が水面に浮いているのを見つけると手を伸ばして掴んだ。
魚籠の浮き輪を首にかけて魚籠をまとめてもち体を浮かせた。
「謝砂どこだ?」
「爛! ここ! 早く!」
「今行く」
謝砂が声をだすと一鬼が気づいて船から謝砂に体を向けた。
「爛!」
謝砂が手を伸ばすと霊弦が飛んできて腕に巻きつき爛と繋がれる。
謝砂はくるっと腕を回転させて霊弦を自分の腕に巻き付けて握りしめた。
「遅くなった」
爛は飛ばしてきた御剣のスピードを緩めずに謝砂の伸ばした手首を掴んだ。
謝砂の体はが持ち上がり抱きかかえられる。
謝砂はずぶ濡れのため爛の服も濡れていく。
「一人で立つ?」
「嫌だ。降りないからな。下でワニみたいに口をあけて待ってるんだぞ。餌じゃないって」
「繋がれてるから飼われてるんだろう。飼い鬼だな。悪趣味だ」
首を糸でつながれた溺鬼は謝砂めがけて口を開け鋭い牙を見せている。
「喰われる前でよかった」
謝砂は爛の剣の上に乗せてもらう。
(餅はもち米で作られてるはず。食べさせて腹が満たされたら狙ってこないだろう)
謝砂は魚籠に手を入れて包みを取り出して経木を開けて餅を溺鬼にめがけて上から落とした。
川に餅が浮かぶと溺鬼は手に取って食べた。
包みをすべて食べると吊り橋に繋がれていた糸に亀裂が入った。
徐々に吊り橋に向かって吊るされた糸が解けて裂けていく。
川の中に垂らされた糸が突然プッツンと音がして糸が切れた。
バラバラと糸が散って川に落ちると溺鬼は屍へと戻って水面に浮かび上がってきた。
爛は謝砂が叫ぶ前に乗っていた船に近寄った。
「謝砂様この糸は妖気を帯びています。矢を飛ばしても呪符でも効きません」
船の周りに集まった溺鬼に向かって謝砂は上から餅をちぎって落としていく。
食べた溺鬼は繋がれている糸が徐々に裂けていく。
「謝砂様はどうやって糸を裂いたのですか?」
「餌だよ。餅を食べさせた。まだ籠の中に入ってるからすべて食べさせて」
「餅で妖気が払われる。繋がれた糸の妖気で溺鬼になっていたなら妖気が抜けただの屍に戻る」
爛は橋の手前で待機していた後ろの船と横に並んだ。
桃常と桃展は並んで座り甘い餅菓子にきな粉を付けて食べていた。
「溺鬼は餅に食らいついてる。桃展、桃常は霊弦を出して餅をつけて溺鬼を釣れ」
「謝宗主、なんでずぶ濡れなんですか?」
「落ちたからだよ」
「いつ?」
「さっき。食べてないでさっさと釣って餅を食べさせろ」
後ろにいた桃展と桃常は爛が御剣して謝砂が船から落ちたことにやっと気づいたようだ。
船に残っていた嶺楊は籠からすべての餅の包みを川の中に投げ入れた。
食べ終えたのかすべての繋がれていた糸が切れてプカプカと屍が川に浮か上がった。
謝砂はポチャンと屍が浮かびあがってくるたび震えた。
「爛、ずぶ濡れで重たいし川の臭いするしお風呂入りたいから休めれるところない?」
「小さいが近くに謝家の家があるはずだ」
「嶺楊殿、先に柚苑や雪児たちと合流するよ。あとは回収だけ?」
謝砂は嶺楊に聞いた。屍の回収はとてもじゃないが手伝えない。
「はい。ほぼ終わりますので先に一旦休んでください。場所は知っています」
「先に行くけど暗くなるまでには休んでいるところに皆でくること。ここに残ることはしないでね」
「分かりました」
嶺楊に頼みおえると爛は謝砂を抱えたまま高く飛び上がる。
謝砂は叫べずにぎゅっと目を瞑った。




