27話4
謝砂の湯呑で濡れた手を爛が怪我をしてないか確かめるように拭いた。
亀裂は真っすぐに入りすぐに卓に置いたおかげで怪我もしていない。
手にかかったのはお茶だし気にせず服で拭おうとしたのが気になったのだろう。
謝砂はふと腕を見ると爛が繋いでいた紐が消えていた。
「紐はなんの紐だったんだ?」
「霊弦だ」
爛はきょとんとした謝砂の手を下ろして座らせると茶を入れなおした。
「琴や二胡などの楽器にも使用できる霊弦で桃家の仙術だ。舞ながら殺すために編み出された術の一つだ。霊気を帯びてるからただの妖気や邪気でも切れない」
「物騒な術で腕を繋いだのか。不吉な正体はそれだな」
「違う。霊弦で釣りもできるのに不吉なはずがない」
「いったいなんの自慢だ。釣りはやめてくれよ。生きた魚が跳ねるのをみるのも苦手なんだ」
「こっちにも跳ねたのなら水鬼の可能性もあるが溺死した死体の報告はないようだ」
爛は報告書に目を通していたらしい。
「水鬼と長舌鬼か、溺鬼の違いはなに?」
「水鬼は事故などで死に川底に屍が沈んだままで憂さ晴らしに悪さをする妖鬼の類、溺鬼は水死や自殺など正常でない死に方をした人がその場所で自分の身代わりを待ち続けて溺死させる。長舌鬼は古くなった物が物怪だ」
謝砂は爛に説明を聞いても混乱して頭が追いつかない。
「長い舌っていうから首を吊った幽霊だと思ってたんだ。物怪だったのか」
「紙銭を燃やして病気が治るなら長舌鬼の仕業だという間違いはない。見つけて斬ればいい」
「だったら解決できる」
(幽霊よりも物の妖怪のほうが怖くなさそうだし。剣を扱うのは爛に任せておけばいいだろう)
「普通は物の怪と溺鬼が揃ったように現れることはないはずだからどこか腑に落ちない」
「うん?」
割れた湯呑を卓の上で指で滑らせて説明する。
「この溺鬼が妖怪である長舌鬼を操っているのか、その逆か。だが両方が取り合うこともないはずだ」
爛は黙り込んでしまった。
「目の前に見えるのが山が浄嶺山です」
ちょうどその時甲板から声がかかった。
「報告を受けた谷は川幅が狭いので近くの波止場に船を寄せます」
声がかかると浅瀬に船を寄せて波止場に船をつけた。
謝砂は揺れが止まってから船室から出て顔を出した。
川沿いにいくつもの店が水上マーケットのように小舟のうえで野菜や果物、竹で作った工芸品、食べ物などが売り買いされている。
「へぇ。果物とか売ってるんだ」
「謝宗主! おいしそうなものはもう買っておきました」
呼ばれてみると桃家の師弟たちは甲板に座ってすでに買い食いをしていた。
「船酔いはしないのか?」
謝砂が驚いてたずねるが雪児も柚苑も豆菓子などのお菓子をポリポリと食べ続けてる。
「はい。桃家にも大きな川はなくても湖はいくつもありますから慣れてます」
理由を桃常が答えた。
「東街はこの町の奥になるので歩いて行かれるか細い水路を小舟に乗り換えていかれるか」
謝家の門弟が謝砂に尋ねた。
「歩きたくないから小舟にする」
「私と謝砂で様子を見てくる。悪いが師弟を頼む」
謝砂と爛は横につけられた細長い小舟に移る。
小舟には謝家の門弟が一人櫂を持ち謝砂たちを待っていた。
小舟に乗るとぐらっと揺れ謝砂は船端を掴む。
謝砂は船底に何かが擦ったような違和感を感じて水底を移動する影が見え覗き込んだ。
「謝宗主!」
謝砂を船から見ていた桃展が叫んだ。
「うん?」
突然ぐらっと大きく揺れた小舟から落ちる前に爛に腰を掴まれてぐっと船に引き戻される。
影は船の下を潜って移動した。
「覗きこむと危ない。落ちるぞ」
小舟に乗っていた門弟の「ふぅ」という声が聞こえる。
謝砂は驚いて声が出ず、腕をすっと爛の前に突き出した。
「霊弦で腕をつないでくれと言うことか?」
謝砂が頷くと爛は希望通り霊弦を腕に結んだ。
「僕たちは歩いて調べたほうがいいですか?」
謝砂が無事なのを見て桃展が爛に聞く。
「桃展たちは遊んでてもいいから食べた後片付けをしたら義荘を見てきなさい」
「分かりました」
謝砂はそっと腰を下ろすと水の中の影を探した。
(あれは魚じゃない。人の髪のように見えたのは見間違いだろうか)
3軒先の竹籠をいくつも積んでいた小舟がやけに沈んで見えた。




