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6話

昔の人が着物のような似た作りの服を着ていたのは楽だからだと謝砂は考えながら着替えていた。

 締め付けのない長ズボンの下衣は履きやすくて動きやすい。

 肌着の上にもう一枚上衣という衣を重ねて着る。

 一番上にほうという足首まで長い丈の外着を身に着けた。  

シルバーっぽい衣は光の加減でキラキラと黒っぽくもなり色が変わる。衿には金色の刺繍が施され上品に見える。袖もヒラヒラしていて着たことはなかったが着物に似ている。。

 靴は革でできたブーツのような靴を履き帯を締め腰には房をつけた。

 支度を終えて部屋から出て階段を降りていくとさっき食べた饅頭のいい匂いがしていた。

「一階は食事処だったの?」

「酒楼だ」

 爛が指した飾り棚には茶色の小瓶が並んでいた。赤の紙が貼ってあり『酒』としっかり書かれている。

(どんな味だろう。飲んでみたいな)

「ホタテの水餃子がおいしかった」

「しっかりした味付けが好きだったのか? 塩辛くなかったのならよかった」

(濃いめだったのか。塩加減もちょうどよかったんだけどな)

 この舌の感覚も自分とは違うみたいだ。前は薄味が基本で無視野菜のような素材の味を好んで食べていた。

「今は好きみたいだ。爛は?」

「聞かれたことがなかったけど、私は甘辛いのがいい」

「爛はお子様のような味付けがいいんだな。忘れないように憶えておく」

「おいしかったし、どうせなら昼もたべて」

 爛と話している途中でドンと大きな物音が聞えた。

 物音に謝砂は驚いて階段を踏み外しそうになった。素早く爛がぐっと帯を掴んで引き戻してくれた。

「――怖かった」

 帯を掴んでくれた手を離れないように爛の手首を掴みそのまま一階に辿りつけると爛の手を解放した。

 一人の男の客が勢いよく入り口横のカウンターにぶつかったようだ。客がざわついて囲むように集まっている。

「酒売りの老三ろうさんじゃないか」

「そんなに焦ってどうしたんだ?」

「屋敷に行ってきたのだろ」

 客も店主たちもその男とは知り合いのようだ。給仕が男に渡した湯呑を受け取るがしきりに両手が震え上手く飲めないようだ。

「どうしたんだ?」

 爛と謝砂の姿を見つけるなり机と椅子も押しのけまっすぐに向かってくる。

 思わず身構えると爛が謝砂を庇うように前に立った。

「そちらの公子、その腰に下げている玉佩はもしやどこかの名が通った修士様ですか?」

「よくぞ見破られた。こちらの方は浄嶺山じょうれいざん一帯を納める世家一門の謝氏の若き謝砂宗主です。私はその門弟です」

 爛は言い終えると謝砂に片目でウィンクした。

(なんの合図なんだ。知らないことがいっぱいなんですけど。先に教えてくれないと困るよ。嘘なのか本当なのか分からないだろ)

「どうかお助けください。お願いします」

 老三という男は爛を押しのけて謝砂の足を掴んだ。

「ひぃ。やめてくれ。お願いだから離れてくれないか」

 身動きができずに凍り付いたような謝砂から爛はその男の腕を引っ張り椅子に座らせた。

 謝砂は爛の背中にへばりついた。そして向かいに座った男が自分に来ないと分かると距離をとって椅子に腰かけた。

「お話をすべて聞かせてくれるか?」




「――この地域一帯は驍家荘ぎょうけそうといい、そのぎょう家のお屋敷に使いを三日前に行かせたのですが、行ったきりで戻らないのです。すぐには帰ってこないので遊んでいるのだと思ったのです。夜にすさまじい雨嵐が降り一晩中やまなかったので帰ってこれなくなったと考え一晩が過ぎ、朝になっても返ってこないので様子を見に屋敷に行ったのです」

「なぜ屋敷に?」

 爛が訊く。

「屋敷で何か粗相をしでかして罰を受けているかと思ったのです」

「なぜ罰を受けてると思ったのですか? 普通なら泊めてもらってると思うのでは?」

「以前一人で使いをさせたときに勝手に菓子を盗み食いしたのでそこの家僕が蔵に閉じ込めたのです。しかし奥様がそのことを知り幼子がしたことまだ区別ができないのは仕方がないと蔵から出し、お菓子を下さるほど可愛がってくれました」

「心優しい奥方なのですね」

 老三はうなずいて話をつづける。

「奥様は子供が好きなようで町の子供も招きお菓子を配ってくれていました。ですから屋敷にはその子を使いに行かせていたのです。驍家に行ったところ門が堅く閉じられ中からドンドンと門を叩き爪で絶えずギィーっとひっかくのです。ですが、聞えるんです」

「わぁぁぁぁ!」

 何かを言われる前から想像してしまい謝砂は耐えきれずに叫ぶ。

「もう何も聞きたくない。何も言わないでくれ」

 聞いているうちにぞわっと怖くなってきた謝砂はしゃがみこんで両耳を手で塞いだ。

 爛は自分の後ろででぶるぶると震える謝砂を一目見た。

 あっけにとられる老三に「これ以上言わなくても分かったということです」とにこやかに告げた。

 老三には違う意味で伝わったのか、椅子から立ち上がるとしゃがんだ謝砂の隣に膝をついた。

 謝砂は気配を感じて顔をあげてちらっと横を見る。

 老三は膝を付けたまま頭を垂れていた。

「ありがとうございます。助けていただけるなんて感謝いたします」

「爛、何を言ったんだ?」

 遠巻きに聞き耳を立てていた見物客も沸いたように話し出す。

「ほっておけないなんて立派なお方だ」

「老三よかったな」

「これで悪鬼は悪さできまい」

 すべては聞き取れないがなぜか賞賛されている。

 爛の手を借り立ち上がると見物人たちに押し流されるように入口に運ばれていく。

 謝砂は爛によって守られているが満員電車でドア付近に立ってしまって自分ではどうしようもない力に押されて出されるのと同じだ。

 出入口で店主が笑顔で包みを抱えて待っていた。

「仙師様方、老三は私どもの古くからの付き合いなのです。引き受けてくださったお礼に宿代はいりません。道中お腹もすくでしょう。弁当も用意しましたので持っていってください」

(なんだ。何を引き受けたんだ?)

 謝砂の腕に山のように包みが積みあがっていく。

「またご利用ください。その際はおもてなしいたします」

 

「さあさあ、あの高貴なる仙師様が泊まっていた部屋に泊まりたい方はいないか?」

「私が!」

「何を言ってるんだ。私のほうが予約済みだ」

 店主はすでに商売話にすり替えていた。

(別の人が泊まるから代金はいらないか。商売上手だな)

 爛の後をついて歩くとすぐそばに馬車が止められていた。

 馬車の前で待っていた姜は謝砂の姿を見るなり駆け寄った。

「お兄様、その荷物はどうしたんですか?」

 謝砂から荷物を受け取り馬車に載せた。

「姜も聞いていただろう。老三殿に案内してもらい詳しく話を聞こうと思う」

 爛は老三を紹介し姜は理解したように頷いた。

「老三殿は御車の隣で案内をお願いします」

 なんのことかさっぱり理解できていないのは謝砂だけだったが何となくの予感は当たる。

「見にいくんだろ」

「嫌だ! 行きたくない! いやだぁぁ」

「仕方がないだろう。謝砂が引き受けてしまったのだから」

「怖いのは嫌なんだ!」

 今すぐにでも泣き出しそうな謝砂の腕はすでに爛にきつく掴まれていた。

「まったくお兄様たちも早く乗ってください。遅くなるじゃないですか!」

 姜にも言われて逃亡しようにもできずに泣きべそをかきながら馬車に乗り込んだ。

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