中元節
謝砂は安定した寝心地だが全身に当たる風を切る音は鳥になって空を飛んでいる気分だ。
しっかりと支えられているが浮かんでいるような感覚に無理やり重たい目を開けた。
視界に入るのは空。
遠目には山だが見上げるわけじゃくて高台に上って向こう側の山を見ているよう。
飛行機には怖くて乗ったことがないが見える景色は鳥のようにテレビでみていたのと似ているとは思うがでも機体に乗っているわけじゃない。
ドローン映像は鮮明だったから一度見ただけでもリアルに感じて恐怖から記憶してしまった絶景とよばれる映像を思い出してしまった。
そのドローンと同じように謝砂の目の視点が一緒だ。
山間の秘境を飛ぶ映像はドラマだけの世界だと思っていた。
高くそびえた山の岩肌はごつごつしていて近寄ると石が落ちてきそうで怖い。
ビュンビュンと風の中を突っ切るように景色も進んでいる。
(これは悪夢を見ているんだ。絶景と言われても絶叫だ)
顔を上げると爛の尖がった顎と高い鼻が見えた。まっすぐに前だけを見つめている。
襟元には赤黒いシミが飛んでいた。
後ろからは柳鳳と姜が言い合っている声が聞こえる。
今見ているのは夢なのか区別がつかないが高いところにいるのは現実なような気がした。
爛にしがみつくようにぐっと腕を回し服を掴み、景色がみえないように重たい瞼を再び閉じた。
「ここはどこ?」
ほのかなにただよってくる花の香りで目が覚めた。
香をたいているようだ。
ふかふわの厚めの敷布団に寝ていたようで体も痛くない。
軽いふんわりした布団をめくり寝台から身を起こす。
汚れていた衣服は脱がされ真っ白な肌着を着せられていた。
そばにかけてあった黒い羽織を手にとり肩にかけた。
置かれている棚には高そうな花瓶や艶やかな色使いの皿。
寝台と仕切るように置かれた屏風には華やかな水彩画で描いた桃の木々。
すぐに花見ができそうなぐらい満開に咲き誇っている。
不思議とすっきりしていて胸のつっかえもなく体は軽く肩こりなどもない。
「いきなり歩いて大丈夫?」
若様のような身なりをした爛が扉を開けて入ってきた。
歩きまわる謝砂を爛が連れ戻す。
「ここはどこ?」
「ここは私の家。そして私の室」
「今日は何日?」
「今日は中元節だ」
謝砂は何日眠っていたか知りたくて聞いただけだった。
聞き馴染みのない言葉に知識を振り絞る。
見上げても答えは書かれていないがつい見上げてしまう。
「中元ってことはお盆だ。旧暦だからこことは一か月ずれがあるのか」
「丸二日間寝ていたんだ。時々うなされていたから気になっていた」
謝砂の独り言を無視して爛は先にきいていた答えを話した。
「うなされもするさ。あの屋敷で恐怖体験を味わったんだ」
「本当にそれだけ?」
「うぅ。思い出させないでくれ吐きそうになる」
「なにか欲しいものは?」
「欲しいものっていうかあの子はどうしたの? えっと蘇若はどこにいる?」
「謝砂が起きたら顔を見たいかと思って隣の室にいるよ。用があるなら呼ぼう」
「中元節ってあの世と通じる日なんだろ。紙銭を燃やそうと思ったんだ」
「誰に?」
「誰って聞かれても知らないかな。屋敷で助けられなかった者たちにもあげるべきかと思ったんだ」
「やれるだけのことはすべてした」
爛は淡々としていた。
その言葉に偽りもない。
やれることはしたが謝砂にはどうしても心残りがある。
「ほかにもできたことはあったはずなんだ」
「屋敷での弔いは任せているからしっかり行うから気にする必要はない」
「じゃ遠慮なく美玉さんと自分に紙銭を燃やすよ」
「自分に燃やすのか?」
(紗々だから謝砂の魂は消えてる。死んだということだから紙銭でも燃やしてあげないと)
爛に真顔で頷いた。
信じられないのか爛は念押しに聞く。
「自分から自分に燃やすというのか?」
「そうだってば」
理解できないようで絶句した。
「だから紙銭をちょうだい。爛も一緒に燃やそう。蘇若にもおくりたい人がいるだろうし皆で燃やすんだ」
謝砂が爛にたいしての精一杯のお礼が紙銭を燃やすことだった。
気持ちは伝わっていないようで自分を弔う変な奴という目をされている。
爛ににっこりと笑った。
「死んだことを知らないのだから自分で弔う。堂々と葬儀なんて出来ないのだから今しないとずっとできないだろし」
謝砂の言い分は滅茶苦茶なのだがどうしても燃やしたいということは爛に伝わったようだ。
「わかった。堂々とはできないからこの庭で燃やそう。用意してくる」
「ありがとう」
謝砂は爛に礼を伝えると紙銭というものは実際には見たことすらない。
どんなものか知らないまま堂々と知ったかぶりを通した。




