10話雪花
「謝砂! 目を開けて!」
(遠くから爛の声がする)
重くて動かせなかった体を抱えてくれて柔らかなしっかりとした自分だけのソファーに背もたれるようにリラックスし安心すると意識が自分へともどった。
幽体離脱して自分の体に戻ってきた感覚に小さく「うぅ」っと呻いた。
謝砂は目を開けてもぼやけたままとすぐに手を伸ばしきつく抱きつき顔をうずめた。大きなぬいぐるみを抱いているようで暖かく柑橘の香りがした。
(な、な、なん、なんて怖い映像だ。起きても憶えていて消えてくれない)
謝砂の背中をさすられて呼吸が整った。
酸欠だった脳にも酸素が届いてやっとまともな思考回路にもどると何に抱きついていたのか理解して力を緩めて解放する。
全身がぐっしょりと汗で服が濡れ気持ちが悪い。
「一人にしてすまなかった」
爛は落ち着きを取り戻した謝砂に謝った。
「爛、おかえり。夢だったのかすっごく怖かったんだ。あとで聞いて」
謝砂は抱きついたことも当然のように堂々として恥ずかしさもなく爛と向き合う。
「一旦、外に出て体を伸ばすといいその後近くに夕餉を食べにいこう」
「嫌だ。外に出たくない」
「今は何もいないから大丈夫だ」
外に降ろそうとするが謝砂はずるずると降りない。爛に抱きついたまま外に降ろされる。
「二人増えてるけど爛の知り合い?」
「柳花、柳鳳こちらへ」
名前を呼ばれてすぐに二人は並んで爛の前に来た。
「桃家門弟の柳花です。そして隣が柳鳳です」
二人とも手を前で交差し腕をあげて頭を下げ挨拶をしてくれるのだが、謝砂はどう挨拶をすればいいのか分からず頭を下げ返す。
「はじめまして?」
「姜殿から謝砂様が修復された石を拝見しました。お見事です」
柳花は姜と変わらない年だろうが姜に比べて落ち着いた雰囲気だ。
小柄で肌の色は白く瞳は黒より灰色に近い。唇は薄紅色で大人びて見えた。
「謝砂様は親しみやすそうなお方だとは思いもよらなかったです。
爛の後ろにくっついている謝砂を一瞥した。爛の隣にすっと移動する。
突然ガタンと物音がして爛の袖に手を伸ばして握った。
「大丈夫。馬が動いて馬車の荷物が崩れたんだろう」
爛は落ち着かせるために説明してくれたが袖を掴んだ手は放せない。
「謝姜から聞いていた話では誰も寄せ付けない威厳のあるような方だと伺っていたのですが、実際は怖がりだったのですね」
そう言って顔をまじまじと柳鳳に見られる。一瞥するような目にとげを含んだ言葉だが謝砂はきょとんと見ていた。
(これは今のことじゃなくて姜ちゃんのことだな)
柳花の後ろにいた姜を見るとこぶしを握って下を向いて絶えているがぐっと顔をあげた。目はきつく殺気を感じた。
「お兄様に失礼な言いがかりは許せない」
聞いていた姜は後ろから柳鳳に剣を飛ばした。
気づいた柳鳳は自分の剣を抜いて金属がぶつかる音が響く。身を反らし飛んできた姜の剣を受け流すと再び剣は主の元へ戻った。
「えっと姜ちゃん、そんなに怒らなくていいんだよ」
(怖がりは事実だし。怒ることでもない)
「いいえ。お兄様のすごさを見せつけて、その口を黙らせてください」
「この件は謝砂様のお手を煩わせるほどのことだとは思いません。ですがぜひご同行いただきご指導おねがいします」
「いいでしょう。柳鳳の出番はないでしょうけどね」
「勝手に行くっていわないでくれ。爛から言ってくれないか?」
謝砂は爛の袖を引っ張った。
「柳鳳この近くに店はあったか? 馬車も置いときたい」
「すこし先に進めば賑やかな通りです。先に行って食事を注文してますね」
「分かった。私と謝砂は馬車で向かう」
三人を先に行かせると馬車のなかではなく御車の席に座った。
手綱は爛が持つので謝砂はただ隣で見物していた。
「夢を見たと言っていただろう。この屋敷の数日前をみてたようなんだ。まだ幼い女の子が酒の入った瓶を持ってて……バタバタと人が倒れていくんだ」
「そうだ。その子が帰ってきてない子だ。馬車を覆っていた邪気と同調して思念が見えるなんて無意識に高等な術を使ったんだな」
「思い出したら怖くて吐きそうだ」
「剣を渡すのを忘れてたんだ。謝砂、受け取って」
爛は謝砂に剣を差し出した。
白い鞘に金で細かく細工が施された美術品のような美しい剣。柄も白く光っている。飾房は白と金色のグラデーション。
「剣なんて物騒なものはいらないよ。もっていても扱えない」
「この剣はもっているだけでも低俗の鬼や妖獣は怖がって近づいてこない」
爛の手から受け取るとずっしりとしているが手によく馴染む。柄をよくみると花が彫られていた。
「ありがとう。受け取るよ」
「抜いてみて」
言われるがまま鞘から剣を抜いた。きらと光る銀色の刃。『雪花』と彫られている。
「雪花という剣だ。謝砂の剣だよ」
「いい名前だな」
宿につくまでずっと手に雪花を放さず持っていた。




