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第12話 飼い主を襲う呪われた魔犬

「ワン! ワン!」

「何、チャロ? どうかしたの?」


 右前足の五本の爪を限界九センチまで伸ばして、見て見てと吠えてアピールする。

 爪の先の地面には『チャロです』と書いてある。


「……チャロ、凄い! チャロ、凄いよ!」

「クゥ~ン、クゥ~ン!」


 元々、エイミーの視線は俺を見る為に下を向いていた。そして、気づいたようだ。

 地面にしゃがみ込むと、俺の頭を満面の笑みで撫で撫でしまくる。


「凄く爪が伸びてる! わぁ~、凄く切れ味鋭そう!」


 全然違う! そっちも凄いけど、今はそっちじゃない。

 見てほしいのは、エイミーが左足で踏んでいる地面の文字だよ。


「違うよ、爪じゃないよ! 地面だよ!」

「こら、チャロ! 危ないから、爪を振り回したら駄目だよ。当たったら怪我しちゃうでしょう」

「クゥーン……」


 前足で地面を叩いていたら、頭を軽く叩かれて叱られてしまった。

 でも、この程度で諦めない。

 反省していると見せかける為に悲しそうに鳴いて、後退りして距離を取った。

 そして、五本爪を一本だけ伸ばしたままにして、残りは短くした。


「ワン! ワン!」

「もぉー、チャロは何がしたいの? 遊んでほしいの?」


 ピョンピョンとその場で飛び跳ねて、エイミーの注目を集める。

 今度は目の前で文字を書くから、流石に気づくはずだ。

 これで気づかなかったら、天然じゃなくて鈍感だ。


「えっ? えっ? チャロです? えっ?」


 今度も地面に『チャロです』と書いた。流石にエイミーも気づいてくれた。

 口を押さえて、目を丸くして、書かれた文字をジィーと見ている。


「ワン!」

「ひぃぃ! えっ、えっ、もしかして、チャロって普通の魔物じゃないの? 洞窟に閉じ込められていて、外に出したら駄目な魔物だったんじゃ……」


 何か反応してほしかったから、軽く吠えてみた。

 すると、エイミーが軽く悲鳴を上げて、後ろに向かって飛び跳ねて距離を取った。

 更に両拳を持ち上げて前に構えた。その反応は街で魔物に遭遇した時の冒険者だ。


(ヤバイ。喜んでくれると思ったのに、魔物が文字を書くのはアウトだったみたいだ)


 エイミーの中では賢い犬は良くて、賢すぎる犬は怖いらしい。

 どう見ても、その怯える瞳は、不気味な正体不明の魔物を見ているようだ。


 多分、今の俺は呪われた犬だ。

 伸ばした爪で夜中に寝ている飼い主の首を掻っ切る獰猛な犬だ。

 早くどうにかしないと、俺がどうにかされてしまう。

 とりあえず安全性をアピールしないと、危険な魔物として始末されちゃう。


(よし、これならどうだ!)


 素早く地面に新しい文字を書いていく。可愛いさアピール全開だ。

 短時間で思いついたけど、自信作だな。


「ワン! ワン!」

「うぅぅ、また何か書いたよ……」


 ピョンピョン飛び跳ねて、エイミーを呼んでみた。

 恐る恐るだけど、エイミーは近づいてくる。

 何て書いたのか気になるようだ。


 地面には、こう書いてある。

『ご主人様と話したくて、昨日、頑張って覚えました。頑張り過ぎて、とっても眠たいです』

 これなら、怖がられる心配はどこにもない。

 健気で可愛い小型犬にしか思えない。


「えっ、そんなこと出来るの⁉︎ たった一日で⁉︎  絶対に無理だよ。無理無理、絶対に無理だよ! チャロは呪われた魔犬だったんだ!」


 地面のメッセージを読んで、エイミーは凄く怖がっている。

 もう引いちゃうぐらいに怖がっている。

 呪われた魔犬はちょっとカッコイイけど、天然の人を侮ってしまった俺の落ち度だ。


「早くお父さんとお母さんに知らせないと! 街が滅ぼされちゃうよ!」

「ワァフッ!」

「っ……!」


 今にも家に走って戻りそうなので、エイミーの前に立ち塞がって止めた。

 この先に行かせるつもりはない。

 お互い見つめ合って、ピリピリと険悪な空気を発生させる。


「それが本性なんだね、チャロ!」

「クゥーン、クゥーン」

「そんな声にはもう騙されないよ。何が狙いなの!」


 ただ文字で話をしたかっただけなのに、何でこうなったんだろう。

 昨日まではあんなに仲良かったのに……。

 もう何を書いても、エイミーには信用されないと思う。

 もう適当な嘘で誤魔化すのはやめて、正直に書いた方がいいのかも。


(よし、これで駄目なら仕方がない)


 地面に最後のチャンスだと思って、正直に書いた。

『俺はルディという人間です。変な薬で犬にされました。本当です。助けてください』

 文字を書くと地面から離れて、エイミーが近づいて読みやすいようにした。


 俺が遠去かると、エイミーは恐る恐る地面のメッセージを読みにやって来た。

 文字の前で立ち止まって静かに見ている。

 何も反応がないけど、しばらくすると両拳を下げて、聞いてきた。


「ねぇ、本当に人間なの? 証拠とかないの?」

「ワン!」

「また、何か書くんだ?」


 良かった。ちょっとは話を聞くつもりになってくれたようだ。

 このチャンスを逃さずに、次のメッセージを書いてみた。

『スライム洞窟で死んだと思われている冒険者が俺です。あの化け猫も普通の猫が薬を飲まされて、あんな姿になってしまったんです』

 メッセージを地面に書き終わると、また離れた。

 すると、エイミーは今度はすぐに近づいて来て読んでくれた。


「う~ん? 薬って何の薬なの? 飲まされたって、誰かに無理矢理に飲まされたの?」


 聞いてくれるのは嬉しいけど、こっちは書くから大変だよ。


『三人組の男がスライム洞窟で動物を魔物に変える薬の取引きをしてたんです。俺はそれを見てしまって、人間を魔物に変える薬を飲まされたんです』

「へぇー、そうだったんだ。でも、チャロが言っているだけで、チャロがその殺された子供だって証拠はないよね?」

『俺の名前はルディ。父親の名前はマイル、母親の名前はアルマです。パロ村に住んでいて、十五歳です。俺の記憶が証拠です。冒険者ギルドで書いた緊急連絡先を調べれば分かります。信じてください』

「う~ん? 正直信じられない話だけど、こんなに賢い犬はいないし、元人間なら賢いのは当たり前だし……」


 はぁ……腕が疲れた。天然だから、すぐに信じてくれると思ったけど、疑り深い。


『信じてください。大変なんです。灰色の服を着た、ぽっちゃりした四十代後半の短い茶色い髪の男が、薬を使って人を殺そうとしているんです』

「それって止めないと大変だよね。でも、チャロが言っているだけだし……」

『犯人の顔と匂いは覚えてます。一錠三十万ギルの薬を十五錠も買っていたから、きっとお金持ちです。調べれば分かります』

「う~ん? 四十代後半のお金持ちの男の人で、人を殺したいと思っている人か? 探せば見つかりそうだけど……」


 エイミーの表情は信じたいけど、信じない方がいいと思っているような感じだ。

 犬の嘘に騙されて、存在しない犯人を探して、街の笑い者になりたくないとか考えていそうだ。

 でも、ゆっくりと考えている時間なんてないんだ。


『悩んでいる暇はないです。男が薬を買ったのは二日前で急いでました。五頭の大型犬に使うと言ってたから、もう使ったかもしれません。時間がないです。嘘だと決めるのは、調べた後にしてください』

「う、うん! そうだよね。お父さんに聞いてみるね! 行くよ、チャロ!」

「ワン!」


 ほっ……やっと信じてくれたみたいだ。エイミーは家に走っていく。

 俺も急いで家に戻りたいけど、それは地面の落書きを消した後だ。

 誰かに見られたら、俺がチャロという犬になって生きている事が奴らに知られてしまう。

 そうなったら、俺だけじゃなく、エイミーの家族も命を狙われてしまう事になる。

 それだけは阻止しないと。


 ♢


 落書きを消して家に戻ると、庭の真ん中で上半身裸のお父さんとエイミーが話していた。

 ベアーズの姿は見えないけど、湖で泳いでいるんだろう。


「チャロ、早く来て来て!」


 エイミーが手招きして呼んでいるので走っていく。

 ちょっとお父さんがピクッと反応したけど、襲わないから警戒しないでね。


「ほら、チャロ。何でもいいから書いてみて」


 エイミーは緑の芝生を指差して、何か書けと言っている。

 でも、お父さんに芝生を傷つけたら怒られそうだし、書いても読みにくい。

 玄関の前が芝生から土になっているから、そこを使わせてもらおう。


「あっ、チャロ。ちょっと、どこに行くの!」

「エイミー、嘘はいけないぞ。チャロが困っているじゃないか」

「本当だよ! 本当にチャロは言葉が分かるんだよ!」

「ワン! ワン!」


 二人が注目していたけど、玄関まで走って、急いで文字を書くと二人を呼んだ。

 地面には『チャロです。お父さん、エイミーの話は本当です』と書いてみた。

 二人がゆっくりと歩いてくる。お父さんの顔はあまり信じてない感じがする。


「ほらほら、言った通りでしょう! チャロは人間なんだよ! 助けてあげないと!」


 地面の文字を指差して、エイミーは左隣に立つお父さんに激しく主張している。


「このぐらいなら教えれば、リックにも書けるだろう。前の飼い主に教わったんじゃないのか?」

「違うもん! チャロはキチンと会話を理解して書いているんだよ。質問すれば分かるから」

「そうだな……だったら、昨日の晩ご飯に何を食べたか書いてくれ」

「ワン!」


 やっぱり信じていないみたいだ。

 芸で覚えさせられた文字を意味も分からずに書いている訳じゃない。

 サラサラと地面に『山盛り焼き魚の切り身』と書いてやった。

 さあ、お母さんに聞いてくればいい。


 ♢

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