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ヴィンセントの野生の勘

 落ち着け。落ち着くのよ、私の心臓。ドクンドクンと脈打つ音が耳の奥で聞こえてくるようだった。

 

「や、夜会? 昨日参加したのはお茶会だけよ。帰りに偶然会ったじゃない」

 

 どんなに忙しい貴婦人でもお茶会に参加した足で夜会に顔を出すなんてしないものよ。

 

「変なことを聞くのね。幽霊でも見たの?」

「昨日久しぶりに参加した夜会で君の後ろ姿に似ている女性を見かけたんだが……」

 

 それ、私です。なんて言えない。絶対言えない。昨日ヴィンセントと直接会ったのは、ぶつかったときの一度きりだ。あの一瞬で気づくって野生の勘が鋭すぎるのではないかしら?


 それとも顔をあまり見ていないからこそ感づいたのかもしれないわね。

 

「わ……私に似ているなんて会ってみたいわ」

 

 これ以上昨日の話を続けるのは苦しい。もしかして尋問? 本当は気づいていたりするのかしら? でも、ハインツは長い時間一緒に居たのに気づかなかった。

 

 すると、ジュエラが助け船を出してくれた。

 

「お兄様酔っ払っていたんじゃない? オリアーヌほどの美人が二人といるとは思えないわ」

「顔はぱっとしか見ていなかったから勘違いだったようだ。仕草とか後ろ姿が似ているような気がしたんだが」

「疲れているのよ。お兄様ここのところ忙しかったし。まだ視察も続いているんでしょう?」

「疲れか。その可能性は否めない。私はまだ仕事があるからこれで。オリアーヌ。あまり遊びすぎて侯爵に心配かけないように」

 

 ヴィンセントは私の頭を乱暴に撫でた。いつも一言多いのよ。


 今は怒りよりも安堵のほうが大きい。でも、ここでボロを見せたら全てが水の泡だ。いつも通りにしなくては。

 

「もういい大人ですからご心配なく」

 

 お兄様たちもヴィンセントもハインツもみんな子ども扱いするのだ。もう十九。充分レディだというのに。

 

「そうやって口を尖らせている時点でまだお子ちゃまだよ」

 

 彼の指が私の額をはじいた。

 

「痛っ! ヴィンセントだって子どもじゃない。そんなこと大人の男はしないものだわ」

「オリアーヌに合わせてあげているんだ。君が大人になったらやめるさ」

 

 ああ言えばこう言うんだから。彼は私のことをいじるだけいじって、ジュエラの部屋から去って行った。

 

 嵐のようだったわ。


 ヴィンセントがいなくなった部屋には静寂が訪れる。平穏とはこのことね。一人で静かに頷いていると、ジュエラは腹を抱えて笑う。

 

「お兄様とオリアーヌは本当に仲が良いわよね」

「今の会話を聞いてどうして仲が良いに行き着くのか分からないわ」

「二人ともいきいきしているというか。若いなぁと」

「お婆様みたいなこと言わないで。ジュエラだってまだ十九でしょう? でも、それで言うなら、あなたたち兄妹のほうが仲が良いわよ。毎回お土産を持ってきてくれるなんて」

 

 私にも二人の兄がいる。けれど、こんな風にお菓子をお土産に持ってきたことなんてあったかしら? お土産はある。よく分からない呪われそうな人形とか。変な柄の壺とか。

 

 お土産とはこうあるべきよね。可愛らしくデコレーションされたカップケーキ。そう。こうあるべきなのよ。

 

 私に対しては意地悪なヴィンセントも妹には甘々なの。

 

「そんなことないわよ。お土産はオリアーヌが来ているときだけ」

「でも、今日は元々来る予定ではなかったのに持ってきたわ。言い訳は無用よ。あのヴィンセントが私にお土産を持ってくるなんて考えられないもの」

「まあ……。あの兄の態度を考えれば、そういう考えにいきつくでしょうね。お兄様が全部悪い」

 

 ヴィンセントのお土産はとても美味しかった。彼が意地悪な分甘くなるのかもしれない。お土産のお菓子が激辛だったら、今頃王宮の廊下を全力で走って彼の背中に蹴りを入れているところだろう。

 

「それにしてもヴィンセントは鋭すぎるわ。たった一瞬で私の正体を見破るなんて。王太子だけど野生児なのかしら? 森の中で狼に育てられたと言われても信じるわ」

「五歳のころから一緒に遊んでいるのに狼に育てられているわけないでしょう? ……オリアーヌは見た目に反してちょっと変よね」

「兄妹そろって失礼しちゃう。私は至って真面目よ」

 

 私が五歳のころから遊ぶようになったのだから、彼はそのときすでに十歳。ジュエラが知らないだけで狼に育てられた時代があるのかも。

 

「真面目な顔しているけど、変なこと考えているでしょ? 私には分かる」

「ヴィンセントの野生の勘は恐ろしいと痛感していたところよ。当分変装しての夜会は自重するわ」

「それがいいと思う。ハインツも会うことがなければ、変装したオリアーヌのことも忘れるんじゃない?」

「そう……ね。明日はアパルトマンに王妃様からお母様に預かった荷物を取りに行かないといけないからそれで終わりにするわ。アパルトマンも時期を見て解約しょうかしら」

 

 本当に運が悪い。気づかれたくない相手には感づかれて、教えたい相手は全く気づかない。まずはハインツの件を確認する必要があるわ。

 

『一晩遊んだくらいの子は覚えていないんだ』

 

 あの言葉が引っかかっている。あれはどういう意味なのか。悩めば悩むほど変なことを考えそうだわ。

 

 

 

 

 当分はおとなしくしているつもりだ。しかし、昨日は気が動転していてアパルトマンに色々と放置している。お茶会で王妃様からいただいた物を置いてきたのだ。それは取りにいかないといけない。

 

 ジュエラの部屋を訪れた次の日、これでおしまいだと言い聞かせ、私は街に出た。オリアーヌとしてアパルトマンへ行くことはできない。これが最後の変装になると、心に決めたのだ。

 

「なんで……」


 


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