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きっとそれは愛

 ため息が漏れた。

 

「オリアーヌ。そのため息、何回目だと思う? もう二十六回よ。遊びに来てまだ三十分も経ってないのに、二十六回。昨日何があったの?」

 

 向かいに座るジュエラは苦笑を浮かべて私の顔を覗き込んでいた。眠れない夜を過ごしたあと、朝すぐにジュエラの元を訪れた。早朝の訪問にも拘わらず、彼女は笑顔で迎えいれてくれる。


 この世に天使がいるとしたら、彼女のことだと思う。

 

 友人がいてよかったと思う瞬間だ。

 

「昨日……」

 

 はぁ……。と大きなため息を吐く。

 

 そうだ。昨日はお茶会の後、変装をして夜会に参加した。

 

「思い出したくないのよ」

「朝から一人になりたくないくらいなんだから、話したほうがすっきりするって」

「それもそうね。実は昨日――……」

 

 ジュエラは私の秘密を知っていて、信頼の置ける数少ない友人だ。少しは心が軽くなるかもしれないという気持ちで、私は昨日あったことを事細かに話して聞かせた。

 

 夜会に参加することは、昨日のお茶会の際にこっそり伝えてあったから話が早い。

 

「まさか、お兄様とハインツが参加するなんてね」

「ジュエラも知らなかったの?」

「知っていたら昨日、参加を止めていたわよ」

 

 それもそうね。変装するとき私が知り合いのいないお茶会を選んで参加していることは知っているわけだし。

 

「それで、ハインツを殴って逃げた……と?」

「殴ってないわ! 叩いた……だけというか……」

 

 まだ手のひらが痛い。右手をまじまじと見つめる。人を叩いたのは初めてだった。まさか婚約者が初めての相手になろうとは。

 

「でも、ハインツはオリアーヌだとは気づかずに手を出そうとしたんでしょう? それって浮気しようとしたってことよ。自業自得じゃない」

「これって、浮気なのかしら?」

「浮気でしょ」

「でも、相手は私よ?」

「相手はオリアーヌだけど、ハインツにとっては初めて会った女よ」

「そうなんだけど、私の勘違いのせいよ。ハインツが私に気づいたと思ってアパルトマンに誘ったのよ。それで誘われていると思ったみたいで……」

 

 私が勘違いしなければこんな悲劇起こらなかったのでは? そう思うと申し訳なくなってくる。

 

「そもそも、オリアーヌの考え方が謙虚すぎるのよ。いい? 知らない女に誘われたら、やんわりと断るのが婚約者を持つ紳士ってものよ。逆に考えて。オリアーヌは知らない男に誘われたからって、ホイホイついて行く?」

「馬鹿ね、ついて行かないわよ」

「ほら、それが普通なの。男女が逆になったって変わらないわ。つまり、ハインツがおかしいのよ。殴っても仕方ないわ」

 

 ジュエラの言葉に頷く。そう言われれば、そんな気がしてくるものだ。

 

「でも、私が先に騙したせいだわ」

 

 オリアーヌではない女としてハインツの前に現れたせいでこんな悲劇が起こってしまった。

 

「オリアーヌがハインツに秘密を持っていることと、ハインツが知らない女に手を出そうとしたことは別問題でしょ?」

 

 ジュエラが言い切るものだから、思わず大きく頷いた。彼女の言うとおり、別問題のような気がしてきたわ。


 頭の中ではぐるぐると今日のハインツの言葉が回っている。

 

「オリアーヌは少し寝たほうがいいわ。寝不足だと変なことを考えるのよ。美人にクマは似合わないし。私のベッド貸してあげる。特別にぬくもりつきよ」

 

 彼女はそう言って、寝室へと私を押し込めた。抵抗する暇もなく眠気が襲ってくる。昨日はお茶会に夜会と続いていた上に、夜は眠れていなかった。自分の屋敷に戻らないといけいと頭はでは分かっているのに、身体は正直でそのまま夢の世界へと旅立ったのだ。

 

 

 

 

 人のベッドで眠るのは子どものころぶりだわ。両親に甘えてベッドに潜り込んだことがある。他人が使うベッドは特別な感じがしてワクワクした。

 

 私が目を覚ましたのは、陽が夜に向けて傾き始めたころだ。まずいわ。ちょっと仮眠どころではなく、しっかり睡眠を取ってしまった。


 はしたないことこの上ない。お母様が知ったら大目玉だわ。

 

「おはよう」

 

 ジュエラは気にした様子もなく目が覚めた私に笑いかける。読書をしていたらしい。

 

「ごめんね。ベッドを占領してしまったわ」

「昼寝する予定はなかったから大丈夫よ。それより、すっきりした?」

「ええだいぶすっきりした」

「それで、ハインツはどうするつもり?」

「とりあえず様子を見る予定。もしかしたら、気の迷いだったかもしれないし」

「……そうかしら?」

「ほら、ジュエラだって寝不足だと変なことを考えるって言っていたじゃない。ハインツって家を継ぐために毎日忙しくしているでしょう? 疲れていたせいかもしれない」

 

 そうだ。疲れていたせいで、血迷ってしまったのだ。

 

「オリアーヌがそう言うなら反対はしないわ。まあ、変装しても違うのは顔だけだしね。顔が変わっても中身があなただから間違いを犯しそうになった……は、あり得なくはない話だわ」

 

 ジュエラが頷く。そうよね。変装といっても顔を変えてカツラをかぶっただけ。赤の他人が見たら全くの別人でも、知り合いが見れば顔の違うオリアーヌにしか見えないかも。

 

 演技力があるわけでもないから、別人のフリが完璧なわけでもなかった。だから、知り合いに会わないような夜会を選んで参加していたのだ。

 

 ハインツはソフィアの中にオリアーヌを見つけたのかもしれない。それならば、愛ってやつなのではないかしら?

 

 少し気が楽になって、ジュエラの向かいの椅子に腰掛けた。それと同時に、扉が叩かれる。

 

「ジュエラ、居るんだろう?」

 

 扉の向こう側から聞こえてきた声に肩が跳ねる。その声は、ヴィンセントだ。ジュエラは肩を一つすくめると扉を開けた。私のところからでも、ヴィンセントの顔がちらっとだけ見える。

 

「お兄様、何かご用?」

「折角お土産を買ってきたんだから、もっと歓迎してくれてもいいと思うんだが」

「さすがお兄様。今日も街に視察に? 最近よく行っているわよね。……仕方ないわ、入ってもいいわよ」

 

 ジュエラとヴィンセントは兄妹仲がとてもいい。ヴィンセントは視察の帰りにお土産を買ってくる。私はいつもおこぼれに預かっている立場だ。

 

「やあ、オリアーヌ。来ていたのか。二日続けてなんて珍しい。侯爵令嬢というのは意外と暇なんだな」


 お土産に嫌味も添えるのは、彼にとって当たり前のこと。


「ごきげんよう、ヴィンセント。女同士の大切な話があったの。昨日は二人で話せなかったから」

「大切な話ね。……そういえばオリアーヌ。聞きたいことがあったんだ」

「なにかしら?」

 

 どうせ、「ジュエラ以外に友人はいないのか?」とかでしょう。意地悪なヴィンセントの考えくらい分かっているのよ。

 

「昨日、夜会に参加しなかったか?」

 

 ヴィンセントの声が部屋にこだました。


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