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オリアーヌの気持ち

 ヴィンセントはわずかに口角を上げる。


 なぜ?


 私の問いに答える声はなく、ヴィンセントはハインツの振り上げた手を丁寧に彼の横に戻した。


「女性を叩くのは紳士とは言えない」

「この女は許せないっ! 人の心をもてあそんだんだぞ!?」

「それを言うならおまえもだよ。十四年間、ずっとオリアーヌの気持ちをもてあそんでいただろう? まさか、オリアーヌの気持ちに気づかなかったわけがないよな?」

「この女は勝手に私のことを好きになっただけだ」

「なら、おまえもソフィアという女性を勝手に好きになっただけだ」


 ハインツが奥歯を噛みしめる。私の頬を叩こうとしていた右手は握りしめられていた。強く握っているのか、血管が浮いて見えた。


「二人とも、もういいだろう? 二人の婚約は解消された。これからはお互い自由に生きれば良い」


 ヴィンセントの手がハインツの肩を捕える。諭しているように見えるけど、強制力のある強い口調だわ。生まれながらの支配者というのはこういうものなのかもしれない。


「待って。ハインツにもう一つだけ、言いたいことがあったのよ」

「なんだ」

「そろそろ乳離れしたほうが良いわ。おばさま――……あなたのお母様は結婚相手の身分にこだわっていたみたいだけど、ハインツは違うでしょう? 本当に好きになったのなら、愛人として囲うことなんて考えずに、お母様を説得するように努力したほうがよかったと思う」


 ハインツは眉根を寄せるだけで何も言わない。


 私は彼に背を向けた。これ以上は無粋というものだわ。私の中でハインツとの関係は終わったのだから、彼の中で私との関係も終わらせなくちゃ。


「屋敷まで送っていこう」

「ありがとう。ちょうどヴィンセントと話がしたかったの」


 そうだ。色々と聞きたいことがある。


 馬車の中は二人きりで、話をするにはうってつけだ。ただ、婚約したであろう王女様には申し訳ない。結婚相手が幼馴染みとはいえ、狭い空間に二人きりとか許せないのではないかしら? これっきりだから、許してください。


 まだ見ぬ王女様を思い浮かべる。


 馬車の中で並んで座ると、ヴィンセントはわずかに笑い声を漏らした。


「ハインツ相手にあそこまで悪者にならなくてもよかったんじゃないか?」

「なんのこと?」

「わざとだろう? ハインツがオリアーヌを恨むように仕向けた」

「悪役さながらだったでしょう?」

「ああ、昔の仮病は酷いものだったから、それに比べたら幾分かマシになったかもな」

「失礼ね! 私は仮病なんて一度も使ったことはないわ」


 ヴィンセントは私の頬にふれる。ちょうど昨日ハインツに叩かれた場所だ。化粧で隠しているけれど、わかっちゃうかしら。


「叩かれたとジュエラから聞いた」

「頬の犠牲だけで婚約が白紙になったのだから安いものだわ」

「昨日までに間に合ったらこんなことにはならなかったのに」


 ヴィンセントは頬を撫でる手を止めない。まるで恋人同士みたいで落ち着かないわ。でも、今ならありのままの気持ちを言えそうだ。


「ヴィンセント、これから言う言葉は、馬車を出たら忘れてもらいたいのだけれど……」


 ゆっくりと息を吸う。恋愛して結婚する人はすごいわ。だってこの心臓が潰されそうなほどのドキドキを一度は味わっているのだから。


 失恋する前提でもこれなのだから、結果が分かっていない人はもっと苦しいに違いない。


「なに?」


 ヴィンセントが首を傾げる。まっすぐに私に向けられた瞳は輝いて見えた。こんなにかっこよかったかしら? いや、昔から顔だけはよかったはず。


 だけど、今はもっとかっこよく見える。


「オリアーヌ?」


 何も言わない私を心配したのか、もっと顔を近づけて覗き込まれた。だめ! それ以上近いのは心臓がもたないわ。


「そ、そうだ! 今日帰ってきたの?」

「ああ、本当は一昨日までには帰って来るはずだったんだが、向こうで面倒なことが色々あったんだ」

「大変だったのね。それで、王女様はどんな方なの?」

「王女? 普通の子かな」


 結婚する相手に対してとてもあっさりしているのね。もっと色々あるでしょう? 清楚だとか可愛らしいだとか。なのに、普通。まるで私に興味がなかったころのハインツみたいな反応だわ。


 それって酷いと思う。王女様はヴィンセントに一目惚れして、結婚を打診したと聞いている。まだヴィンセントの気持ちが向いていない政略結婚に近い形だとしても、誠実であってほしい。


「女性に対して普通はあんまりだわ。もっとこう……あるでしょう?」

「例えば?」

「清楚だとか」

「清楚……いや、どちらかと言えば元気だったかな」

「うんうん、あとはかわいい系とか美人系とか」

「あー……ピンクのフリルの多いドレスを着ていたから、かわいいだと思う」

「思うって……。しかも、本人のことじゃなくてドレスじゃない」

「やけに王女のことを気にするな。もしかして、オリアーヌも会ってみたかったとか? オリアーヌには友人が少ないからな」

「そうじゃなくて……!」


 つい、大きな声を出してしまった。あまりにも王女が不憫に思ったのだから仕方ない。


 違う。見ず知らずの王女を心配するほど私はできた人間ではないわ。ただ、前の私と重なったからだ。


 好きな人と結婚したい。結婚するからには、自分のことを見てほしい。きっと、王女様だって同じ気持ちだと思う。


 しかし、ヴィンセントは女心などわかっていないようで、首を傾げるばかり。


「なぜそんなに怒っているのか分からない」

「だって、そんな風に王女様のこと蔑ろにしていたら、いつまで経っても私が諦められなくなるでしょう!」


 思わず叫んだ。


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