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政略結婚のワケ

「行くのは良いけど、私は置いて行ってね」

「はなからそのつもりだ」

 

 ハインツは言い捨てると、王宮に到着する前に馬車から私を放り出し、王宮とは反対の方向に馬車を走らせた。目と鼻の先なんだから、そこまでは連れて行ってもいいじゃない。でも、王宮の中に入ってからだと、ハインツが抜け出すのも大変だしこれが最良だったのだろう。

 

 横を通り抜ける馬車が前髪を揺らす。中にいる令嬢が私を見つけて目を丸くした。

 

 衛兵が慌てて駆け寄ってくる。これが普通の反応よね。

 

 私は衛兵の助けを得ながら、たった一人で門をくぐった。

 

 いつの時代から、舞踏会に来るときは親族や婚約者、恋人のエスコートが必要になったのかしら? もしも過去にいけるなら、その人を脅して男も女も一人で自由に舞踏会に行けるようにしたい。

 

 一人で舞踏会の会場に入った私を迎えたのは、興味本位の視線だった。

 

「あら、ハインツ様はどうしたのかしら?」

「ほら、愛人に入れあげているから……」

「おかわいそう」

「自業自得だわ。いつも偉そうにして」

 

 同情、妬み、いろいろな感情を向けられる。私ってば人気者。

 

 それよりも、ハインツがアパルトマンに着いて、もぬけの殻になった部屋を呆然と見る姿を拝めないのが残念でならない。

 

 部屋には彼からもらったものを全て置いてきた。もし、明日まで残っていたら売るなり捨てるなりしていいと、ニーナから大家さんに伝えてもらっている。

 

 ソフィアのために用意したプレゼントを全部残して、突如消えたら彼はどうするかしら? 十中八九、ソフィアの蒸発は私のせいだと思うはず。

 

 ヴィンセントは言った。「傷つけても駄目なら、消してしまえばいい」って。冷静になれないハインツは怒りに任せて婚約破棄を言い渡すだろう。証人が多いほうがいい。ロッド家とメダン家の関係者だけだと、後から冷静になったハインツになかったことにされる可能性があるからだ。

 

 ヴィンセントって、絶対腹黒よね。

 

 暇つぶしに会場を見渡せば、例の三人娘が固まって立っていた。こんな日も三人一緒なのか。婚約者とかいないのかしら? 彼女たちに声をかけたらどんな反応するのか気になった。

 

 ここに集まるのは高位の貴族。と、いうことは、伯爵家以上の家柄だ。誰かに聞けば名前も教えてくれるかもしれない。

 

 一人で会場をうろついていると、後ろから声をかけられた。

 

「オリアーヌさん、ごきげんよう」

「まあ! おばさま。ご機嫌麗しゅう」

 

 おばさま――ハインツの母親は、控え目な笑みを見せる。

 

「今はハインツと一緒ではないのね?」

「ええ、少し……用があるみたいで。おばさまもお一人で?」

「あの人は兄弟と話があるみたいなの」

 

 おじさま――ロッド公爵は臣籍降下しても王弟だものね。事前に挨拶したり色々あるのかもしれないわ。

 

「おばさまはご一緒しなくてよろしいの?」

「私はいいのよ」

 

 おばさまは困ったように眉尻を下げた。彼女は出会ったころから控え目で影に隠れているような印象がある。おじさまの正式な妻なのだから、隣に並んでご挨拶に行けばいいのに。

 

「オリアーヌさん、息子がご迷惑かけてごめんなさいね。よく言って聞かせるから」

「お気遣いありがとうございます」

 

 今のは、うまく笑えなかったかも。

 

 もうよく言って聞かせる段階ではない。言い聞かせるならあと数年早く言い聞かせてほしかったわ。

 

「ずっと聞きたかったことがあるのですが、なぜ私とハインツは婚約することになったのでしょうか?」

「突然どうしたの?」

「いえ、最近のはやりは恋愛結婚でしょう? 不思議だなって」

「それは……。ハインツやオリアーヌさんにとって良いと思ったから、メダン家に打診したのよ」

「好きな人と結婚したほうが幸せだとは思わなかったのですか?」

「幸せなのは最初だけよ。結婚は愛だけでは成り立たないわ」

 

 おばさまは会場を見上げる。視線の先には階段があった。その階段を上った先、王族が座る席が用意されている。

 

「夫が結婚の際に臣籍降下したというのは、知っているでしょう?」

「もちろんです」

「私が男爵家の娘でなければ、もっと高位の貴族であればあそこに座れたのよ」

「おばさま……?」

 

 おばさまの綺麗な顔が歪む。

 

「恋愛結婚とはいえ、身分の差はあまりないほうが良いわ。当時、私と夫の結婚は反対された。それを押し通すために夫は王位継承権を捨てたのよ」

「愛のためになせる技ではないですか」

 

 王位継承権を捨てたといっても、大きな領地と身分はあるから気にすることはないと思う。

 

「みんな、影では私のこと悪く言っているわ。娼婦だと言われたこともある。だから、ハインツにはあなたが合うと思ったのよ。これから、あの子をよろしくお願いね」

 

 おばさまは、しっかりと私の肩をつかんだ。苦笑すら返せない。この人は私のことどころか、息子のこともきちんと見えていないのね。

 

 パズルのピースじゃないのだから、形だけを見てはめこもうとしないでほしい。

 

 何か言葉を返さなければ。さすがに「もちろんです」とも「いえ、お断りします」とも言えない。まだ私はハインツの婚約者という立場だから。でも、今日婚約破棄される予定だから下手な返事をするのは良心が痛むわ。

 

 しかし、言葉を発する前に会場のざわつきが引いていってしまった。シンッと静まりかえる中、みんなの視線が同じほうに向く。

 

 王族が登場したからだ。


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