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悪役

 夜会の次の日、ハインツがオリアーヌの元を訪れた。彼が突然訪れるのは私の婚約者人生で初めてだ。つまり、人生で初めてということ。

 

 何を言われるのかは予想がついている。今日、お父様は領地に、お兄様は朝から忙しく出かけていったし、お母様はお茶会に出ている。つまり邪魔者はいないのよ。好き放題できるということだ。私はハインツをサロンに通した。

 

「あなたから会いに来てくれるなんて、初めてね。嬉しいわ」

 

 ニーナがハラハラとしながら見守る中、私はハインツの向かいに座る。この位置で彼の顔を見るのは、久しぶりだった。最近はソフィアとして彼の隣に座っていたから。これが、私――オリアーヌの許された位置だ。

 

 思い出してみれば、昔から二人きりのときは向かい合って座っていた。私はハインツの綺麗な顔が見やすくて大満足だったし、婚約しているとはいえ隣でくっついて座るなんてはしたない。

 

 婚約者としては適正な距離だったのかもしれないけれど、恋人としては遠すぎるくらいなのね。一度だって彼から隣に誘われたことはない。つまり、そういうことなのだ。

 

 ハインツのしかめっ面を眺める。

 

「ソフィアに会ったそうだな」

「ソフィア? 誰かしら? 私はそんな女知らないわ」

「しらを切るのか?」

「あなたの運命の女さん……だったかしら? 私は何もしていないわ」

 

 そう。私は何もしていない。ニーナに頬をぶってもらったり、ちょっと三人娘を煽ったりしただけよ。

 

「ソフィアに手を出すな」

「私は何もしていないわ。ああ、でも……彼女を悪く思った人が手を出すことまでは私の責任ではないでしょう?」

 

 そもそもあの三人娘は私のお友達でも何でもない。なんなら名前も知らないんだから、止めようがないわよね。これから幾度となくソフィアをいじめても仕方ないと思う。だって、ハインツに色目を使っている令嬢を成敗して回っているわけだもの。

 

 私の指図だというように笑った。

 

「今回のことで、君が噂通りひどい女だということが分かった」

「私は今回のことで、あなたが私のことなんて何も見ていないということが分かったわ」

 

 だから、お互い様だと思う。

 

「一つだけ言っておくけど、私はあなたが思うほど従順な女ではないわ。お飾りだけの公爵夫人になんてなるつもりはない」

「君に何ができる? 君はただの女だ」

「女だからってなんでも思い通りになると思ったら大間違いよ。あなたがほしいのはメダン家の後ろ盾でしょう? お父様は思い通りになっているかもしれないけど、お兄様はどうかしら? 妹を泣かせて愛人にうつつを抜かしているような男の後ろ盾になると思う?」

 

 涙は見せない。でも、涙を拭う仕草を見せた。ハインツの眉間にしわが寄る。彼は忌々しげに私を見た。メダン家の充分な後ろ盾が得られないなら、私は邪魔なだけよね。

 

「ああ、それと。肩を出したドレスだなんて、将来娼婦にでもなるつもりなのかしらね」

 

 悪い女のように笑う。やっぱり私、演技派女優やれると思うの。彼はその意味をしっかりと理解したのだろう。昨日居なかったはずの私がソフィアの状態を知っている意味。昨日のことは全部私の指示だと。

 

 ハインツが勢いよく立ち上がる。今にも殴りかかりそうな勢いだわ。殴ってもいいのよ。それなら泣きながらお父様に訴えられる。彼は殴らなかった。でも、握りしめた手は怒りで震えている。

 

「ニーナ、ハインツがお帰りよ。玄関まで案内して差し上げて」

「案内は不要だ」

 

 彼は言い捨てると、部屋から出て行ってしまった。苛立ちを現わす足音が遠ざかる。そして、聞こえなくなった。

 

 シーンと静まりかえる部屋に私の笑い声だけが溢れる。

 

「だめよ……笑いが止まらないわ」

「お嬢様、笑ってはなりません。ハインツ様は真剣なのですから」

「そうね。でも、仕方ないじゃない。こんなに会っているのに、私がソフィアだって気づかないのよ? それどころか、私がソフィアをいじめているって本気で信じている」

 

 ヴィンセントですら疑っているのに。

 

 お腹がよじれてしまいそうだ。

 

 ハインツのために用意した紅茶はすっかり冷めてしまった。クッキーも美味しいのよ。手のつけられていないクッキーを口に入れる。

 

 しっかりとバターが練り込まれたクッキーはしっとりしているし、甘い砂糖は幸せにしてくれる。

 

「ハインツは私のことなんて捨てて、早く本当の運命の人に会ったほうがいいのよ。私も本当の私を愛してくれる人と出会いたいもの」

「ソフィアだって、お嬢様の一部ではありませんか。ハインツ様はお嬢様のことが嫌いなわけではないのだと思います」

「違う出会い方をしていたら、ハインツは私を好きになってくれたのかしら?」

 

 メダン家でもロッド家でもなく夜会で出会っていれば私たちは恋に落ちただろうか? 彼はソフィア相手のように私の肩を抱き寄せ、愛を囁いただろうか。

 

「でも、私はオリアーヌ・メダンだし、彼はハインツ・ロッドであることには変わりないわ。彼にとって、オリアーヌは親の決めた婚約者にすぎない。運命にはなり得ないの。私は利用されるだけの駒はいやよ。だから、どんな手を使ってでも婚約を白紙に戻す。私の選択、間違っているかしら?」

「私はお嬢様の気持ちを尊重します。それにしても、ハインツ様はなかなか手強いですね。決して婚約を白紙に戻そうとはなさいません」

「ハインツは苛立っているわ。あともう一押しでメダン家なんてどうでもよくなって、ソフィアの手を取ろうとするはずよ」

 

 オリアーヌを切っても良いと思えるようなネタが必要。でも犯罪に手を染めるわけにはいかないし。何より、被害者も私なのだ。下手なことはできない。

 

「何かいい案はないかしら……?」

「そうですね……。私からは良い案はご提示できませんが、王女殿下なら良い案が思いつくかもしれません」

「そうね。ちょっと相談してみようかしら」


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