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せっかくだから協力してもらおうと思う

 頬にくっきりとできた手のひらのあと。まるで紅葉のように広がっている。仮面をつけソフィアに変装し、しっかりと化粧をしながらも頬は薄めにしてある。痛々しい痕がバッチリと見えているはずだ。

 

 仮面をつけても顔は守ってもらえない。オリアーヌの顔にもくっきりと紅葉の跡が残っている。本当に不思議な仮面だ。

 

「今日の夜会は……無理ですよね?」

 

 こんな頬で堂々と歩けるわけないじゃない?

 

「それは、あの女がやったのか?」

 

 あの女とは、つまり、オリアーヌ・メダンのことよね? それ以外の選択肢がない。私は小さく頷く。ハインツは私の頬をそっと撫でる。熱を持った頬に眉根が寄った。

 

「可哀想に……」

「大丈夫です。ちょっと腫れてるけど、すぐに治るってお医者様も言ってましたし」

「だが、守ると約束したのに、君を守れなかった」

「いいんです。昨日は一緒じゃなかったし。まさかオリアーヌ様がいらっしゃるなんて知らなくて」

 

 ハインツのオリアーヌへの憎しみが増したことだろう。

 

「私と一緒にいれば大丈夫だから。あの女から何かされるなんてことはない。させない」

「ありがとうございます。嬉しいです。本当は……怖かったから」

 

 ぎゅっと抱きしめる腕は力強い。庇護欲ってどうやって誘ったらいいのか分からないけれど、彼の反応を見るに間違ってはいないのだろう。

 

 頑張ってソフィアを守って。私はそのあいだを突いていじめるから。苦しそうに歪むハインツの顔を想像する。気をつけないと頬が緩んじゃいそう。


「今日夜会に行かなければ、あいつの思うつぼだ。どうにかして夜会に参加しよう」

 

 ハインツは真面目な顔で言った。なるほど。オリアーヌが嫉妬してソフィアをいじめたなら、ここで夜会の参加をやめたらオリアーヌの計画通りということになるのかしら。

 

 あたしは彼の言葉に頷いた。本当は全部化粧で消せるけど、敢えて消さなかった。あたしの顔を見るたびに思い出してもらいたかったのだ。何をって、もちろんオリアーヌがソフィアをいじめったっていう事実をね。

 

 今日の夜会は中規模なものだった。最近王都でのりにのっている伯爵家のパーティ。政治に力を入れていきたいのか、若手の政治家なんかも呼んでいる。

 

「やっぱり、ソフィアと一緒の夜会は楽しい。愛する人が隣にいるのがこんなに幸せだったなんて知らなかった」

 

 ハインツは息をするたびに甘い言葉を吐く。もしかして、甘いセリフなしには息が吐き出せない病気なのかもしれないわ。

 

 とりあえず、毎度頬を染めて恥ずかしがるのは大変なのだ。あたしははにかんでみせた。

 

「ハインツ様はいつも口が上手だから、本気にしてしまいそうです」

 

 婚約者のいる男の甘い言葉を信じるわけないと思う。

 

「本気だよ。信じてほしい」

 

 ハインツは真面目な顔であたしを見た。どの口が信じろと言っているのかしら? ソフィアという少女が本当に存在していて、それが私だったら一発殴ってこの関係を終わらせているわ。目的があるからそんなことしないけど。

 

 隣にはとろけるように甘い言葉ばかり吐く男。夜会会場は好機の目。全くもって戦場と言わざるを得ない。

 

「今日はどうする? ダンスをしようか? それとも軽食から?」

「まずはやっぱり美味しいものが食べたいです」

 

 今日の料理はどうかしら? 昨日はいろいろあってケーキを一つしか食べられなかった。席のある晩餐会ならともかく、ダンスとおしゃべりをメインにしたパーティはあまり食事に力を入れていない。それでも当たりを見つけると嬉しくなるのだ。

 

 一口サイズのケーキを目の前にすると、幸せな気持ちになるわ。ソフィアでいるときの中で一番幸福を感じる場所だ。

 

 オリアーヌじゃこうは行かないから。でも、ハインツとの婚約がなくなったら世間体とか周りの視線も気にする必要がなくなるし、好きなだけ食べて歩こうかしら!

 

 傷物の令嬢に招待状が来るかは分からないけどね。

 

 可愛いショートケーキを一口。隣の幸せそうに笑う男はとりあえず放っておく。

 

 このスペースにいるあいだ、彼はいつも従者のようになるのだ。あたしの好きそうな食事を物色し「これは?」と差し出す。その中から気に入ったものを手に取る。

 

 まるで、女王様の気分ね。

 

「食べているときのソフィアは可愛い」

 

 ハインツはとろけた顔で言う。彼の頭の中は砂糖が詰まっているのだろう。誰か、助けてあげて。

 

「ハインツ様は食べませんか?」

「ソフィアが残したものをもらおうかな」

 

 つまり、残飯処理かしら。

 

「ほら、これも美味しそうだ」

 

 ハインツはフォークに乗せたケーキをあたしの口元まで運ぶ。人に食べさせてもらうのなんて、十数年ぶりだわ。ケーキの甘い誘惑には勝てないわ。パクッと一口でいった。

 

 たとえお行儀が悪くても、オリアーヌの評価とは関係ないから気にしない。ハインツの評価は下がるかもしれないけどね。

 

「美味しい~」

 

 とろけてしまいそう。もしも、ここのパティシエが仕事に困ったらぜひメダン家に来てもらいたいわ。

 

 ケーキに幸せいっぱいになっていると、とても攻撃的な視線を向けられていることに気づいた。シャンパンを飲みながら視線を巡らせる。部屋の隅からあたしを睨んでいるご一行を発見。あの三人はオリアーヌの自称お友達じゃない。

 

 今日も来ていたのね。もしかして、ハインツを追いかけているのかしら? ハインツの参加する夜会は全部参加しているとか……? まさかね。

 

 でも、そうね。オリアーヌとソフィアの入れ替わりは大変だから何度もできないし、もし彼女たちが協力してくれたら心強いわ。

 

 どうやって一人になろうかしら。ハインツの前で行動を起こすほど、彼女たちも馬鹿ではないだろう。先日は水をかけられた。今日はもっと酷い目に遭わせてもらえるといじめられている感じが出るのよね。

 

 そのためにはもっと彼女たちを煽る必要があるかしら?

 

 あたしは食べ終えた食器をさっさと使用人に手渡すと、ハインツを見上げる。彼女たちに見せつけるように、わかりやすく胸の中に飛び込んだ。

 

「ハインツ様、あたし……そろそろダンスがしたいです」

 

 ハインツはわずかに驚いたみたいだけれど、恋人のおねだりに気をよくしたのか、頬を緩めた。

 


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