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ハインツは逃げられない

 今日のハインツはイライラしていた。

 

 メダン家のサロンでは、両親と私、そしてハインツがテーブルを囲む。両親は嬉しそうに頬を緩めていた。娘が婚約者と仲良くしていたら、嬉しいわよね。

 

 今日は急遽、お茶会を用意したのだ。ふだんであれば、ハインツは「忙しい」の一言で片付けるのだけれど、今日は事情が違っていた。

 

「良かったわ。変な噂が本当ではなくて。まさか、どこの馬の骨とも分からない女性を追いかけているなんて……ねぇ」

「ああ、本当に良かった。ハインツ君のことだ。何か事情があったのだろう?」

 

 お父様もお母様もいい仕事してくれるわ。二人は私の事情なんて知らない。ただ、食事中にちょっとだけ愚痴をこぼしたのだ。「変な噂が出回っている。彼、私と結婚したくないんだわ」って。ほろりと涙を流すことなんて簡単よ。

 

 ロッド家は王家の血を濃く継いでいる。お父様はこの縁を切るつもりはないだろう。お父様はすぐにハインツを呼び出し、確認すると言った。もちろん私は「せっかくだからお父様のお休みの日に、みんなでお茶会をしましょう」と提案したのだ。

 

 ハインツは、好きでもない私をお飾りの公爵夫人にしたいわけだから、この呼び出しに背くことはできないという計算だった。

 

「ええ、まぁ……。たまたま夜会で会ったときに、ハンカチを借りまして。祖母の大切な形見だと言っていたので、返したいなと」

 

 嘘おっしゃい。私は何も貸していないわよ。それに、祖母の形見ってなによ。勝手に話を作らないでほしいわ。

 

 お父様とお母様はうんうんと頷いた。

 

「さすがハインツ君は優しいね」

「オリアーヌったら、あなたのこと心配していたのよ。食事も喉を通らないくらい」

 

 お母様、それは最近ジュエラのところに通っていたせいで、お菓子を食べ過ぎたせいよ。ダイエットしていただけ。

 

 恥ずかしそうに俯いてみせたけど、ハインツは見向きもしなかった。

 

 それどころか、時計ばかり気にしている。

 

 だって、今日はソフィアが庭園で待つと手紙を送った日なのだ。「もし、ハインツの気持ちが本当なら話がしたい」と。

 

 ときはすでに十二時を回っている。彼は作り笑いの裏にある苛立ちを隠せていなかった。きっと、こんなことで呼び出されて、私に憤慨していることでしょう。

 

 利用することすら嫌になるくらい私のことを嫌悪すればいいわ。

 

 お父様はハインツの言葉を聞いて機嫌が良くなったのか、趣味の狩りの話を始めた。これがいつも長いのよね。晩餐の席で始めたらうんざりするくらい。最後のデザートを平らげても話続けているんだから。でも、今日はありがたいわ。時間稼ぎに私から話のネタを出す必要がなくなったのですもの。「ハインツ君も狩りをしてみないかね」とお父様は楽しそうに言っているけど、ハインツは上の空だ。彼が気づかないうちに約束を取り付けられている。

 

 時計の長い針が一周したころで、お父様は狩りの話をやめた。お父様は喉を潤すために冷めた紅茶を一気に飲み干す。

 

「侯爵、私はそろそろ……」

「ああ、随分長く引き留めてしまったね。また是非ゆっくり話そう」

 

 お父様はご機嫌だ。お父様は娘の私よりもハインツのことが好きだと思う。親友の息子だから? 何にせよ、お父様はいい仕事したわ。

 

 もう帰る気分でいるようだけれど、まだ終わらせないわ。

 

「あ! ハインツ、待ってちょうだい。良いことを思いついたの」

「……なんだ?」

 

 やだ。そんな嫌そうな顔。お父様とお母様の前でしちゃだめよ。私のことが嫌いなのがダダ漏れよ。でも、私は気にしない。あなたとの婚約を解消するという目標があるから、どんな顔をされても笑えるの。

 

「ソフィアさん? だったかしら? 今度、お茶会に呼んでもいいかしら? お会いしてみたいの。これ以上噂が大きくなるとロッド家にもメダン家にも良いことがないでしょう。私がソフィアさんを呼んで楽しくお茶会をしたと聞けば、噂も消えるのではなくて?」

「ああ、そうだな。それがいい。結婚前に変な噂は減らして起きたいからね」

 

 お父様が頷く。

 

「いえ……彼女は人見知りをするほうでして」

 

 彼は焦っていた。私がソフィアを見つけ出して手を出すと思っているのね。

 

「そう、残念だわ。他にいい方法を考えてみるわ。あまり噂がひどくなると、ソフィアさんの将来にも関わるでしょうし」

「私もなにかいい方法がないか考えてみるよ」

 

 真っ向から拒否すれば、お父様とお母様に疑われる。それに、ソフィアとの約束は一時間以上過ぎていた。メダン家の屋敷から急いでも三十分はかかるわ。

 

 焦っているのだろう。でも、それだけで終わらせないんだから。

 

「……それにしても、ハインツったら意地悪だわ」

 

 大きなため息をこぼし、目を伏せる。ハインツには何も響かなくても、両親には悲しんでいるように見えるはず。

 

「意地悪?」

 

 両親が首をかしげる中、ハインツは眉をひそめた。

 

「夜会……行くなんて聞いてなかったわ。私が誘っても全然連れて行ってくれないのに」

 

 ハインツと行く夜会は王宮で行う公式のものやロッド家、メダン家が主催するものだけだ。彼にしてみれば親の決めた婚約者を連れだっての夜会など義務でしかないのだろう。

 

 よく「忙しい」と言って断られていた。

 

 さあ、たくさん言い訳をしてちょうだい! 私は何時間かかっても大丈夫よ。

 

「いや……。当日どうしても参加してほしいと友人に言われてね」

「まあ! 忙しいのに、友人想いなのね。私も行きたかったわ」

「……分かった。今度連れて行こう」

「嬉しい。楽しみだわ。お父様、ハインツが夜会に連れて行ってくれるのですって。ドレスを新調してもいいかしら?」

「ああ、作りなさい」

 

 お父様はにこやかに笑った。お母様も嬉しそうに目を細めている。やっぱり、娘と婚約者が仲良くしているのが一番よね。

 

 私は娘として無邪気に笑うのだ。

 

「ハインツ、これからドレスの色の相談にのってくださらない? お母様も一緒に。ね?」

 

 まだ離さないわ。

 


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