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運命と結婚する気はないらしい

 確信していた。もしも、ソフィアがハインツにとって本当に運命だと思っているのならば、何もしなくても彼は数日のうちにオリアーヌを訪れるだろう。


 予想通り、彼は夜会の次の日にメダン家にやってきた。


 ハインツは部屋に入ってくるなり、入り口の近くでギロリと私を睨んだ。親の敵にでもなった気分だわ。


「ごきげんよう」


 昨日の面影はない。冷たいを通り越して刺さるような痛い視線。胸に刺さる鋭利な刃物は心臓を抉るようだ。彼は優しい婚約者のフリをやめるつもりらしい。


 それほどまでに、ソフィアが好きなんてどうかしているわ。それは顔が違うだけの私なのに。片や愛され、片や憎まれ。


 彼が私のことを嫌いだということは分かっている。でも、昨日の甘い視線を浴びたあとだとより苦く感じた。甘いココアを飲んだあとに濃いコーヒーを飲んだ気分。ハインツが帰ったらニーナに甘いココアで慰めてもらおう。

 

「君はあんなことをして恥ずかしくはないのか?」

「あんなこと、とはどういったことかしら?」

 

 彼はソフィアが零した言葉を正確に読み取ってくれたのだ。思わず笑みがこぼれた。うまくいけば、彼から婚約を破棄してくれるかもしれない。そうなれば、お父様を泣き落とす必要もなくなるのだ。

 

「しらばっくれても分かっているんだ。私と親しくした女性たちを影でいじめて回っていることくらい」

「女性たち、ね。初耳だわ」

 

 過去に何度もあったような言い草だわ。ソフィアは何人目の運命なのだろうか?

 

「ソフィアって、ハインツの何……?」

 

 その名前を聞いて、ハインツがわずかに眉を寄せる。冷静を装うために私は冷え始めた紅茶を口に含んだ。香りも味もわからない。

 

「私の運命の相手だ」

「運命ね。それは、愛しているってこと?」

「そうだ」

 

 ハインツは真顔で答える。取り繕うこともしない。私たちの婚約は生まれたときに決められた政略的なもの。彼にとっては煩わしい存在でしかないのだろうか。

 

 もし、今「先日のソフィアは私です」って言ったらどうなるかしら? 今までの態度を悔い改める? 昨日のように私にも甘い王子様になる? それは……ないか。

 

 ハインツは「騙したのか!」って憤慨して、更に私を目の敵にするはずだ。

 

「運命を見つけたのなら、婚約を白紙に戻しましょう? 紙切れ一枚の契約だもの、ハインツから言えばすぐになくなるわ。そのほうがお互い幸せでしょう? 私がお父様やおじさまに口添えするから、今すぐ婚約を破棄してください」

 

 私を見据える彼の瞳は冬の風のように冷たい。先日まで見えていた真っ白な背中の羽は消えていた。

 

 ハインツは少しのあいだ考えを巡らせると、口を開く。

 

「君との婚約を破棄するつもりはない」

 

 彼ははっきりと言った。

 

「え? ……ソフィアという女性が好きなのでしょう?」

「好きと結婚は別だ。君にはロッド家の屋敷をやろう。結婚したら好きに過ごせばいい。私とソフィアは別の屋敷で生活するから安心してくれ」

 

 綺麗な顔で何言っているの? 紅茶を飲み干していてよかった。もしもティーカップを持っていたら、アツアツの紅茶をぶっかけていたもの。

 

 紅茶もしたたるいい男ができあがるところだった。

 

「君がどんなに最低な女でもメダン家の人間だ。メダン家との縁を切るつもりはない。そして、ソフィアは田舎から出てきたような子だ。公爵夫人の重役を担わせるのはかわいそうだ」

「……愛人として囲うほうがかわいそうだと思うけど」

「何か?」

「いえ、何でもないわ」

「君は公爵夫人という宝石を手に入れることができる。私は愛する人とともにいられる。良い話だろう?」

 

 私は優雅に紅茶を飲むハインツに何も言えなかった。

 

 

 

 

 悲しいというには語弊がある。ここ数日でまやかしから抜け出した私には彼への情も残っていない。怒りすら湧いてこなかった。

 

 ハインツを屋敷から追い出したあと、ニーナに入れてもらった甘いココアを口に含む。今の癒やしは甘味につきる。晩餐の前だというのに、甘いココアにクリームたっぷりのケーキを用意してもらった。

 

「ハインツは私をお飾りの公爵夫人にして、ソフィアを愛人として囲うつもりらしいわ」

「もしもソフィアが存在していたとしても、ひどい話です。女をなんだと思っているのでしょう?」

「ええ、そうね。ハインツは結婚を強行するつもりだわ。こうなったら、どうにかして彼から婚約破棄をするように仕向けるしか方法はなさそうね」

 

 私は決めた。こんな結婚、不幸しか見えない。仮面をかぶるのをやめてソフィアが消えたとしても、第二のソフィアが現れない保証はないし、彼が私を妻として尊重する日など来ないと思うのだ。

 

 昨日の夜会のことを考えれば、数日のうちにハインツとソフィアの噂は流れるだろう。それを理由に私から婚約破棄を申し出ることもできる。でも、ハインツの様子から考えて公爵家からは断られるだろう。


 子どものように駄々をこねて、婚約を嫌だということはできるけど、それで家を追い出されるならいいほうで、結婚まで家に閉じ込められて、むりやり結婚……なんてことだってあり得る。


 別に家族仲は悪いほうではないけれど、「我が娘の幸せ第一!」というほど私を溺愛している父親ではない。公爵夫人の肩書きは娘にとって良いはずだと思っているに節がある。

 

 お兄様を味方につけても婚約を白紙にすることはできないだろうし。ハインツからの婚約破棄なら、メダン家の人間は文句も言えないはずだ。

 

「あんな男と結婚するくらいなら、一生独身のほうがまし。結婚する前に知ることができてよかったわ。絶対に婚約破棄させるわ!」

 

 うまく婚約破棄が成功したとして、その先の保証は何もない。家を追い出されたら、仮面をつけて片田舎スローな生活を送ろうかしら。ソフィアの顔はそこまで広まっていないし。

 

「どうするのでしょうか? ハインツ様が考えを変えるとは思えませんが……」

「あんな優しそうで綺麗な顔しているけど、意外と頑固なのよね。でも、一人だけいるじゃない? ハインツが絶対に話を聞く人が」

 

 そう、たった一人だけ。ニーナの頬が引きつる。

 

「も、もしかして……」

「そのもしかしてよ。ソフィアになって、ハインツに私との婚約破棄を促すわ」

 

 妙案である。愛する運命の女に「愛人なんていや。結婚してほしい」と言われたら頷くに決まっているじゃない。

 

「そんな……危ないです。もしバレたりしたら……」

「でも、この方法しかないの。協力してくれない? もちろん、失敗してもニーナには迷惑をかけない。私の元にいられなくなっても、ジュエラにお願いして良い仕事先を紹介してもらうから安心して」

「そんな……私のことは良いのです。お嬢様に何かあるほうが心配です」

「リスクは承知の上よ。お兄様はいつも言っているわ。ある程度のリスクを背負わないと、勝負には出られないって」

 

 一番目のお兄様はこの家で一番商才がある。「貴族よりも商人の息子に生まれたかった」といい、貴族ながらに商売を始めた。おかげでメダン家は潤っているし、お兄様は好きな商売ができるしで良いことずくめ。最初こそ文句を言っていたお父様も、今では何も言わなくなった。

 

 つまり、うまいことやればお父様も今回のことは怒らないと……思う。怒られたら怒られただわ。これは私の人生だもの。


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