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オリアーヌのおともだち

 オリアーヌ・メダンの友人と名乗る三人が現れた。自慢じゃないけど、友達って呼べるような知り合いは少ないのよ。私が美しすぎるせいか、それとも侯爵家の令嬢っていう肩書きのせいなのか分からないけど、あまり親しくはしてくれないのよね。

 

 親友と言えば王女のジュエラ。他にはお茶会に呼び合う友人が数人。顔を覚えられないほどの数はいなかった。そして、目の前の三人を私は知らない。名前すら思い当たりもしないのよ。困ったわ。

 

 いつ、友達になったのかしら?

 

「どのような友達でしょうか?」

 

 分かるように説明してちょうだい。もしかしたら、記憶をなくしているのかもしれないわ。

 

「友達は友達よ。そんなことは良いでしょ。あなた、ハインツ様のなんなの? ハインツ様はオリアーヌ様と婚約しているって知っていてこんなことしているのかしら?」

 

 私のお友達はとても私のことを心配してくれているみたい。知らない子だけど、優しいのね。ハインツに色目を使う田舎娘に釘を刺しにきたのね!

 

 けれど、こんなの予想外だわ。

 

「あたしはただ夜会に連れて来てもらっただけです」

「だけ? エスコートまでしてもらっているじゃない。あなたみたいな田舎から出てきた女がハインツ様に手を取ってもらうなんて! いつもは一人でいらっしゃるのよ!」

 

 そうなのね。ハインツはいつも一人で夜会に来ているの。それも、知らなかったわ。

 

 初めて知る事実に目を瞬かせる。

 

 私が誘っても「忙しい」の一点張りだった。そのおかげで仮面をつけて夜会に遊びに行く趣味ができあがったと言ってもいいかも。


 今までハインツに出くわさなかったのは奇跡だったのかもしれない。

 

「いい? ハインツ様から離れなさい。あの方はあなたみたいな女が一緒にいられるような人じゃないの」

「なんの権限があってそんなこと言うのかしら?」

 

 失敗。つい、思っていることを口にしてしまった。

 

 売り言葉に買い言葉。おとなしそうなソフィアが言い返したものだから、彼女たちは一瞬ひるんだ。けれど、それで逃げ出すわけではない。まるで犬のように吠えたのだ。

 

「うるさいわねっ! 私たちはオリアーヌ様にお願いされているのよ!」

 

 いつの間に私はそんなお願いをしていたかしら。その前にこの三人の名前すら知らないのだけれど。

 

「オリアーヌ様がいないとき、ハインツ様があなたみたいな変な虫が付かないように見張っているのが私たちの役目なの」

「ハインツ様にこれ以上近づいてみなさい。メダン家があなたなんか社交界にいられなくしてあげるんだから!」

 

 メダン家はそんな危険な家じゃないわ。この姿で反論するわけにも行かず、文句の一つも言えない。

 

 今までオリアーヌに関するいろんな噂話を耳にしてきた。もしかして、この子たちのせいなのではないかしら? ハインツに近づく令嬢をいじめているなんて噂もあったような……。

 

 とりあえず確認しておいたほうがよさそうね。

 

「そうやって、ハインツ様に近づく人に注意して回っているの?」

「ええ。ハインツ様はそれはそれは美しくてみんなの憧れなの。だから変な虫がすぐに飛びついてくるのよ。オリアーヌ様がいないとき彼を陰から守るように言われているの」

 

 彼女たちは言うやいなや、グラスに入った水を私の顔にかけた。

 

 ぽたりぽたりと、前髪から雫がしたたり落ちる。無味無臭。まさしく水なのだろう。突然のことに驚いていると、三人は笑い出す。

 

「次は水じゃ済まないわよ」

「いい? 私たちのことをハインツ様に言ったらメダン家があなたの家を潰しちゃうんだから」

 

 三人の令嬢は鼻息を荒くして消えていった。この人たち、メダン家を悪魔かなにかだと思っているのかしら? 髪からしたたる水を拭いながら、私は呆然とその背中を見送る。

 

 オリアーヌという女は性格の悪い女ね。婚約者に色目を使う女をお友達(・・・)に排除させて回るなんて。当の本人は年に数度しか社交界に顔を出さない。これは、噂が立っても仕方ないわね。


 たかが噂と思って流していたけど、こんなところに秘密が隠されていたなんて、考えてもみなかった。


 勝手に私の名前を使うなんて、失礼しちゃう。そんなこざかしい真似しないわよ。これじゃあオリアーヌはただの小悪党じゃない。

 

 ふつふつと怒りが湧いてきたとき、肩を叩かれた。

 

「ソフィア?」

 

 静かに名を呼ばれる。ハインツだわ。このあとどうするか考えていなかった。水をかぶった状態で夜会に戻るなんて、さすがにできない。「ハインツ様に言うな」とか言われていたような気がするけど、私は気にする気はなかった。だって、潰される家がないもの。

 

 そうだ。いいこと思いついた。今は全部オリアーヌのせいにしよう。ハインツが女を連れて歩いているという噂だけでは婚約を破棄するには押しが足りない可能性がある。


ハインツがこんな性格の悪い女との婚約は嫌だなと思ってもらえれば、後押しになるに違いない。

 

 得意の涙を目にためて振り返った。ハインツが驚きに目を見開く。コップ一杯分とはいえ、頭から水をかぶった姿はみすぼらしいはずだ。

 

「どうした? なぜそんな姿に?」

「知らない方が突然きて、『田舎娘はオ、オリアーヌ様の婚約者のハインツ様に近づくな』って……。水を……」

 

 嘘の涙を隠すために、ハインツの胸に飛び込んだ。彼の手があたしの肩に優しく触れる。私は「オリアーヌ」と小さく呟いた彼の声を聞き逃さなかった。

 

 伝えたかったこれの首謀者をきちんと理解してくれたようだ。

 

「大丈夫だ。私が守る」

 

 ハインツの声が頭の上から降ってきた。

 

「ハインツ様とあたしじゃ釣り合わないって……」

「そんなことはない」

 

 私はハインツの言葉を否定するように頭を横に振る。顔を上げた。彼の瞳にはソフィアがうつっている。

 

「ハインツ様には婚約者がいらっしゃるでしょう? 私は結婚までの遊び相手なんですよね? その人たちが言っていました」

 

 そんなこと、彼女たちは言ってないけど。

 

「ソフィアを遊びだと思ったことはない。私にとっては運命の……愛する人だ」

「けど、ハインツ様は婚約者の方と結婚するんですよね。愛し合っているって聞きました」

「愛し合ってなどいない。あの女は性格が悪くて、とても愛せるような女じゃない。陰で他の女をいじめているらしい。もしかしたら、今日君をいじめたのもあの女の関係者かもしれない」

 

 ハインツは真剣だった。私の噂、信じていたのね。失礼しちゃうわ。私はあなたが思っているよりも気高い女よ。その辺の女に嫉妬して分かるようないじめはしないわ。

 

 やるなら分からないように徹底的にやるに決まっているじゃない。

 

 ハインツは何もわかっていない。あなたの婚約者は変装して婚約者を騙すような女だって。

 

「でも……結婚するんですよね?」

「……ああ。それは、公爵家のために必要な結婚で……」

「だったら、あたしのことなんて、放っておいてください」

 

 私はハインツの胸から逃げ出し、会場を後にした。ハインツの声は聞こえるけど、無視無視。引き留めるなら、「婚約破棄して君をとる」くらい言いなさいよ。

 

 そんなに簡単に決意はできないのか、ハインツはソフィアを追って来なかった。残念な男だわ、本当に。男なら追ってきなさいよ!


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