セブンとニコの兄妹げんか
オフ会を時々やるのはちょっと楽しいものだ。毎日ゲームの中で会っていても、一緒にごはんを食べたり、顔を見合わせて話をしたり、みんなでのんびりと座ってすごすと、本当にくつろいだ気分になる。
ギルドハウスに座って、みんなで話をしているのとかなり似ている感じもする。気分だけなら、そっくりだけれど、体が沈んでいる椅子があるとか、隣同士に座っているとか、食べているものがあって味がするとか…という体験の幅が、ネットのゲームとはちょっと違う。チャンネル数が多いんだよな。視覚と聴覚しかない世界に、触覚と嗅覚と味覚が足されるのだから当然と言えば当然か。
セブンはしょっちゅうニコをからかう。ニコもスルーすればいいのに、いちいちひっかかるものだから、余計にセブンも面白がる。俺は姉ちゃんがいて、下の子だったから、からかわれて太刀打ちできない気分というものがよくわかる。
特に小さい時は、姉の方がずっと口も達者だったし、たかが数年といっても子供の頃の発達は馬鹿にならず、今は力なんか俺の方があるのだけれど、子どもの頃は年齢が小さいほうが全体的に弱く、もう、何をやっても勝てないみたいになったものだ。
もともとニコは、自分ではそう思ってないかもしれないけど世間知らずだ。田舎の創神教の全寮制の学校にいたらしく、研修旅行に電車の乗車体験とかファミレス体験が入るような学校らしい。全く外に出ず、長期休みも学校に滞在してすごしたのだとかで、俺たちとはかなり経験の違いがある。
時々「神に感謝」とかなっているときがあるので浮世離れしてるなあ、と思う時もあるが、最近はだいぶ口のききようも、カジュアルになった。でも時々眠そうなときに「みなさま、おやすみなさいませ」みたいになったりするので、本人は直しているつもりらしいが、まだまだ、というところだろう。
ソファの隣に、ニコが来た。ちょっと涙目?おや、どうした?
ちょっと頭をなでておく。セブンが多分また意地悪を言ったのだろう。
セブンもなあ…しょっちゅうギルマスに拳骨で怒られてんのに、懲りないっていうのか、なんていうのか。俺よりも、4つか5つ年上らしいが、どうもそうとは思えない。反応がこう、子どもっぽいというのかな。見ていたら、ニコが小学生、セブンが中学生ぐらいのやり取りに見えてきてしまう時がある。
もう、ギルマスもシヴァも慣れたもので「コラ、セブンは兄ちゃんやろう」とか、「セブン、今のはセブンがよくないよ」とか、すっかりお父さん、お兄さんの役割のロールプレイみたいになっていて、俺はニコと仲のいい、セブンよりは年下のお兄さんみたいな感じ。「ほらニコ、こっちに」なんて、ちょっとセブンから離してやるほうがいい時もある。
ニコも、兄弟げんかをあまりしたことがない…というか、全くないんだろうな、遠慮なくからかわれたときにどういう反応をすればいいのか、あんまりわかっていないようだ。
ミサ姉なんか、もうセブンからニコをかばって回っている。あんまりいじめると殺すわよ、なんてゲーム内の話が混ざるのが、またいかにもオフ会だ。
ちょっと片付けて、食事をして、となった時、ニコがちょっと変だ。セブンに冷たい。ものすごく避けるし、セブンの方を見る目自体が違う。いつものニコじゃない。まるで初対面の人を見るような感じ。口調は丁寧で、どこからも文句のつけようがないというか、お嬢様っぽい感じになっているけれど、人懐こさも、屈託のなさも、全く見えない。それもセブンにだけ。
ミサ姉、シヴァ、ギルマス、俺にはいつもどおり、うれしそうで、興味深そうに話を聞き、言葉の意味を確かめ、自分で使ってみる、そんなニコだ。でもセブンには、軽く相槌を打つし、十分注意を払っているようには見えるものの、それだけで、礼儀正しく、楽しそうに「演出している」のがよくわかる。
このニコしか見たことがなければ、多分大丈夫。普通に話をして、知り合いになり、お互いそれほど当たり障りのない話題を出し合い、「知り合い」ぐらいのカテゴリに入る人として覚えておくだろう。
でも、普段の表情豊かな、感情の起伏が大きいニコを見ていたら、まるで別人だ。
ちらっとシヴァを見たら、気づいてた。ギルマスも、ミサ姉も。セブンも気づいているだろう。目を合わせた俺をちょっと困ったよ、と言った感じに見ていた。
セブンが悪いと言えば悪いな…。でもニコもここまで変えたらよくない感じ?
たとえば、ここの会話のログを取ったらわからないと思う。
でも、ログに出ない部分が違う。うすら寒いぐらい違う。
昼食後、ついにギルマスが口を出した。
「セブンは、ちゃんと謝れ」
「ニコ?そろそろセブンのこと、堪忍したれ」
やれやれ、幼稚園のようだ。
セブンは観念したらしく、謝った。
「ニコ、さっきはごめん」
「私がセブンのことを許しているのは神様もご存じですから」
うわあ、これはわかりにくい。これは多分、ニコの行っていた学校では通じる言い回しなのだろう。これが「もういいよ」なのか、「ふーんだ、知らない」なのかすらわからない。どっちにもとれるような、いや、でもやっぱり「もう許しているからいいですよ」なのかな、字義通りに取るとすれば。
昼食も済んで、あとはみんなでゆっくり、となるとこれがまたカラオケボックスだったりするんだな。このまましゃべったり、歌ったり、お菓子を食べたりしながら過ごして、夕方?というところまで行ったら、帰ってあとは会うのは中で。
ニコがあからさまにはわからないものの、セブンにきっちりと線引きしたまま会話をしているのを、みんな後ろの方に気にしつつ、くつろいだ感じがイマイチしないのは、静かなバトルが…みたいな雰囲気が取り切れないからだ。
ギルマスが、ニコを連れて外に「ちょっと出てくる」と出て行った。
シヴァは「ちょっと、セブン」と呼んだ。
「あのな、セブン。ニコは途中まではからかわれても大丈夫なんだ。でも、ある時点から、突然フルアーマー状態になる。そこは見極めろ。それが出来ないならかなり手前で引いておいたほうがいい」
セブンはうなずいた。俺でもちょっとうすら寒いと思ったぐらいだ。セブンは多分、針の筵を味わったに違いない。女は怖いよ、ほんと。いくら小さくても、ちょっと幼くても。またあの、丁寧に、感じよくにしか聞こえない見えないのに、絶対違う、としか言えないあれは、男の世界にはないものかもしれない。
ギルマスだけが戻ってきた。
ニコは?みんなが一斉にギルマスを見た。帰したわけじゃないよね?いやそれとも。
「まあ、あれはな。そこの通り沿いに創神教の教会があったやろ、あこへ突っ込んできた。ニコの神さんは、嘘をついたらわかるんちゃうんか、どや、『セブンのことを許しています』とニコは嘘っぱちがバレへんように言えそうなんか、とな。真っ赤になって詰まっとったわ。ちょっと、中までいって、ごめんなさいしてこい、言うてな、出しといた。しばらくしたら戻って来よるやろ」
みんな納得。なるほど…ニコにお叱りをだすのは、神様ってことか。小さいころからニコのことを知っていて、ニコのことを見守ってくれている神様。ニコがいくら強情でも、さすがに素直になるしかないだろう。
多分、嘘をついてごめんなさいと謝って、いい子になりますと約束して、戻ってくる。
ちょっとほっとして、みんな座りなおした。兄妹喧嘩ってやつだよな、ほんと。それも末っ子と、下から2番目の子のけんか。上の兄ちゃん姉ちゃんは心配だってば。
戻ってきたニコは、セブンのところまで行って、
「セブン、さっきはごめんなさい」
…と、ちゃんと謝っていた。
「ううん、ニコ、俺こそごめん」
セブン、えらいぞ。こういうの苦手そうだもんな。
なんていうのだろう、リアルの場合はさ、年齢が違うと全然こう、俺も5つも年齢が上の社会人にカジュアルに口を利こうなんて思わないわけだよ。
でも中で、あんなセブンを見ていて、「おい、セブン、やめろよ、ニコがいやがってる、ギルマスの雷が落ちるよ?」とか止めていると、どう見てもセブンがいいとこ、同じ年ぐらいにしか思えない。時々すごく子どもっぽいとこあるしな、セブンって。
ぐっと雰囲気がよくなった感じがする。しかしどうやってあんなに雰囲気が悪くなるんだ?俺にはやり方すらわからない謎の魔法みたいに思える。
しかしセブンは懲りない。だから、からかいすぎだってば、ほら。
ニコが涙目になるから、ちょっと、セブン!
しょうがないな。
「ニコ?俺さ、姉ちゃんがいるんだ。そいで小さいころさ、意地悪とかもされたわけ。で、いつもうまくいく呪文があるんだ、教えてあげる」
「?ロック、それは?」
「あのな、この場で一番効果があるのは、『ギルマス!セブンがいじめるの!』だよ」
ニコの顔が、「ああ!わかった――!」という顔になる。
「次点で、『シヴァ、セブンがひどいの!』」
「最後が、『ミサ姉、セブンのこと、あとで怒っておいて!』」
「これを言うと、中に入ったときにセブンを、ミサ姉があのクロスボウでガーンって撃ってくれるのさ、最強だよ」
「ギルマス!セブンが意地悪なの!」
「そうそう、そういう感じで、ねえ、ギルマス」
「せやな。コラ、セブン、あかんぞ!お前の方が兄ちゃんやのに」
ゴツッととセブンが拳骨された。
ニコが笑っている。そういう顔の方が、かわいいよ、ニコ。さっきのお人形みたいなの、やめてよ?
「ミサ姉、あとでセブンのこと、怒っておいてね?」
「もちろんよ、セブン、あとでPvPの練習に付き合ってあげる」
あーあ。セブン瞬殺決定。ミサ姉にはシヴァでも勝率3割程度、ギルマスでも5割に届かないという実績がある。
シヴァのところへ行って、隣に座るニコ。
「ギルマスがいない時は、シヴァのところにでもいいの?」
「そうだね、いじめられたらおいで」
シヴァって、年下の子の相手がうまいよね。お兄ちゃんらしい感じがする。弟いるって言ってたし。
あとでニコにこっそり、セブンが機嫌が直ったころに、ちょっとやさしくしてごらん、と言っておいた。弟の知恵だな。機嫌が直ってくれた方が、何かと後が楽だし。
結局、最後の1時間ぐらいはニコとセブンは割と仲良く隣に座ってしゃべっていて、うまくいった感じ。
こういうオンラインの関係だと、女の子が少なめなのでちやほやされて、わがままになったりするとかいうけど、ニコは大丈夫そうかもな。ミサ姉や、ギルマスや、シヴァが止めそうな感じがする。
ギルマスが隣に来たと思ったら、ちらっとこっちを見ながら、
「おう、ロック。最近授業はどうやねん、わからんとこはないか」
頭の中のインデックスをさらって、考える。あれはオッケー、こっちもいける、3限のあれも。
「多分、行けると思います」
「すれすれの、通ったは通ったの、いうのはあかんぞ?」
「良くはないけど、悪くはない…感じで」
「なんやねん、そのなぞなぞみたいなんは!」
ぺし!と頭をはたかれた。漫才のつっこみじゃないんだから。
「ちょっとがんばっとけ、ええか」
う、ちょっと怖い。はい…。オンラインはオフと変わらないような気がしているけど、やっぱりこういう話の時はオフのが怖い。まあ中で大雷がガラガラっと落ちてくるのもインパクトがあるけど。
ギルマスって、時々ぐっと迫力出して怒る時あるよね。
それに…ギルマスは手が出る。
今回はぺし!で済んだけど、前にされた拳骨は重くて硬かった。うぐってなって鼻の奥が痛くなるような。今学期はかなり出席率が上がっているのは、あれをもう一度くらいたくはないからだ。
中なら、rezしてヒールしたら終わりだけど、リアルの痛みはもう21世紀生まれには正直想定外。
体罰反対、と思うけど実際に授業に出ているのはこれのせいだとしたら、ありなのか、いや、なしだよなあ。
ギルマスは時々セブンに拳骨を落としながら、「言うて聞かん奴に、他に言うこと聞かせる方法があんのんかい!」と怒っている。シヴァによると、セブンはつまりこういう方法で、無理矢理に単位を稼いで(いや、稼がせられて?)卒業したらしい。
あんまりいろいろ考えても、しょうがない。セブンみたいな目に遭わないように、着実に単位は稼ごう…。
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兄ちゃんが怒られているところをみて学習する末っ子気質のロックだった。




