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王国で会いましょう  作者: 唐木沢みのり
始まりより前に…。
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プロローグ08 そして、冒険へ?

 研修旅行でこの街に来た時は、この街は背景でしかありませんでした。学園の友達と、切符を買ったり、売店でお弁当を買ったり、電車に乗ったりして、笑顔と、興奮に満ちた、素晴らしい経験でした。見たことのないものを見て、美術館や博物館を見学し、いろいろなお店を…たとえばスーパーマーケットとか、商店街とかを見て歩き、駅に集合して家族向けだというレストランへ入り、そしてタクシーに乗るのです。


 いろいろな人が住んでいて、こんなにたくさんの人がいても、服が全員違うというようなことも、学園とは違うのだと思いましたし、食べるお食事も、素晴らしいものから、これはこういう味のものなのかしら、と友達と首をひねったものまで珍しいことこの上なく、ただ、その高揚した気分のまま旅行を終えたのでした。


 人が多いのはわかっていましたが、実際に研修旅行の時にのった電車で通った駅で降りて、「自分の」家に帰るのです。自分が実際に背景の中の人になったような気分です。誰も私を見ません。私も他の人が見えていても見ないのです。

 私を知っている人は、こんなにたくさんの人間がいても、ひとりもここにはいないのです。それを思うとさみしくなって、涙が出そうになりました。


 全員顔を知っている学園での生活。知らないとしたらそれは入ってきたばかりの「一番小さな人」に決まっています。4月入園の頃なら「小さい人たち」の顔もそうなるでしょうが。ですがここでは、私の名前がニーナだということも、私が泣き虫だということも誰にも知られていないのです。


 学校へは通っています。声をかけても、顔を見合わせるばかりで返事をしていただけないこともあります。二、三人で話して、隙がなく声がかけられないことも。


 かなり大きい音が、ひっきりなしにするような場所ばかりで、静かな時間なんてほとんどありません。

 なんだか嫌な臭いがすることもあります。騒音、におい、人の多さ。私が家に帰ったら、もう二度と家から出たくないと思うのも不思議はないでしょう。ここは、雑多で、大きすぎるのです。

 一つの場所が「正しい」のではありませんよ。どこでも、あなたがいるところで、出来ることをすれば、それが正しい場所に「なる」のです。院長先生のお説教が頭に浮かびます。


 学園が正しいのではありません、私がこの場所を、私にとって正しくするためには、出来ることを一生懸命…。

 わかっているのです。私が感じている違和感は、外へ出なければわからない、いろいろなことなのです。これを体験したくて出てきたのでしょう、私は。これが嫌なのなら、同級生と一緒に上の学校へ行けばよかった、それだけなのです。後悔しているのでしょうか、私は。それとも。


 麗しの聖母様、心弱い私を信仰の明るさの中に導き、優しい励ましを見出させてください。


 はあ…。一緒にお祈りをする人がないというのは、寂しいものです。

 いつも誰かがいる寮と違って、一人きりですものね。


 パソコンは、いろいろなことが学園で使っていたものと全然違います。まず検索をかけるときのサイトが違うのです。出てくる検索結果も、かなり違う気がします。そして、いろいろなものの広告が出るのです。

 最初は、絵がうごいているので目をひきましたが、どれにも「広告」と書いてあるので、これはつまりこの絵の何かを「売る」のだということが分かります。つまり売りたいものを宣伝する。そういう枠なのです。検索結果とは関係がないので注意しなくてはなりません。


 広告に出るようなコミックスというものは、学園にはありませんでした。ストーリーがよくわからないものが多く、どの順番で絵を見ていくのかが分かりにくいのです。本は横書きなら上から、縦書きなら右からと決まっていますよね。何冊か試してみて、これなら普通の本のほうがいいという結論に達して、コミックスはもう読むのをやめました。


 そして時々見る、広告のいくつかはPCの「ゲーム」らしいです。ゲームと言うのは、ネットで調べたら、私も知っているチェスのようなボードゲームとは違って、マウス操作で遊ぶものや、ゲームの専用の機械が売っているようだということがわかりました。PCならあるのですから、試してもいいかと思ってネットを見て回っています。

 ペイシェンスは、カードではなく、PCを使うタイプのものがあるのがわかりました。配るのが楽でいいですね。いろいろ立ち上げてみたのですが、どれも面白さがわかる前にgame overという文字が出るものが多くて、多分そういうゲームは、長く遊べないようになっているのだと思います。


 ここしばらくで気になっているゲームは今、検索エンジン結果ページの左、中ほどにある7センチ角ぐらいの広告です。

 スノードームのような丸いガラスの中にそびえるお城、花が咲いていて、空には虹がかかっています。

 「あなたの人生がここにある。小さな世界、『千年王国』」


 千年王国というのは、創生神様がいらっしゃる天上の楽園が、地上にもまた、やってくるときの名前です。その時、全ての憂いはなくなり、争いもやみ、世界中の人々が仲良く暮らせる時代が来るのだと聖書には書いてあります。その王国がどんなところか、と説明だけでかなりの章があります。美しくて、読むのが楽しい章です。いつでもしおりが挟んであるのですが、実はしおりがなくても、そこが開くぐらいです。


 千年王国。いいですね…。小さな世界。ここより、小さい世界があって、この騒音や、道路のひどい匂いや、ほこりっぽさ、そして人が多いこの世界より、ずっとずっと小さいとしたら。少しは楽に生きていけるのかもしれません。


クリックしたら…やっぱりすぐ、ゲームオーバーになるかもしれませんが、今日はこれを試しましょう。

****** 

 新菜はクリック後の試用版ダウンロードガイド、インストールガイド、ジェネラルガイド、そしてアカウント登録と、パスワード設定を無事済ませて、なんとか起動にこぎつけたのだった。千年王国は、争いのない、小さな世界だと信じて。

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