質問の裏側で
一方ニコは、ニコはギルマスとの会話のあと、、子どもの頃に大好きだった本を思い出していた。
双子の女の子が赤ちゃんの頃に、一人はお父さんに、一人はお母さんに引き取られて遠くで過ごしていて、休暇に行った子どもの家で会うお話で、そっくりの顔にお互いびっくりして、話し合ううちにどうも自分たちが姉妹であるということに思い当たって、休暇を終えて帰る時、生活を取り換える。
お父さんがいなかった、お母さんのところにいた子がお父さんのところに帰る。
お母さんがいなかった、お父さんのところにいた子がお母さんのところに帰る。。
お母さんって、どんな人?お父さんのところにいた子がお母さんに初めて抱き着くときの感じ。
お父さんって、どんな人?お母さんのところにいた子が、お父さんに初めて会う時の感じ。
自分にはどちらも、いるけど、いなかった。離れて暮らしていた、お父さんが自分をかわいがってくれるとしたら。離れて暮らしていたお母さんが、自分がずっと離れて暮らしていた、大事なもう一人の娘だとわかって抱きしめてくれるとしたら。
ああ。
もしも、遠くに離れている自分をこんな風に誰かが、素敵な会ったこともない親がいて、迎えてくれるとしたら、どうだろう。そんなことは絶対起きないのはようくわかっていた。それでも、この本には夢があった。
何度読んでも、読み飽きなかったその本。
「おとうさんは、おしりを、ぶったことない?」
「まあ、どこを?おとうさんはあたしをとてもかわいがってくださるから、そんなことなさらないわ」
「だって、そりゃまた別だわ」
「それにおとうさんは、考えごとで頭がいっぱいなの」
「だって、片手があいてりゃいいのよ」
(引用――「二人のロッテ」エーリッヒ・ケストナー作、高橋健二訳 岩波書店)
二人は顔を見合わせて笑うのだ。
お母さんのところにいて、自分にお父さんがあったらいいのに、と思っていた方の子は、お父さんなら、おしりをぶつんだろうか、と思っていたのだろう。自分に足りないものがあるとしたら?ほかの子がしてもらっていて、自分が手に入れたことがないことを。
ギルマスは、リアルでも、必要ならニコのおしりをぶつつもりだったらしい。怖いけれど、なんだかとても、安心なことのような気がした。他の子のお父さんだったら、当たり前にするようなことなのかもしれない。同じ家に住んで、子どもをかわいがっているお父さんなら。同じ家に住んでいて、子どもをかわいがっているお母さんなら。
ひとりか、せいぜいふたりの子どもが、ずっと、ずっとお父さんやお母さんの心を注がれることが、どんなにうらやましいことか。親がひとりで子供がふたりだったとしても、0.5人分。20人、30人にひとりで、0.05人分や、0.03人分より、どんなに多いか…。
もちろん、痛いのは嫌いだし、そんな怖いことをされたいわけではない。それでも。大勢のなかのひとりとしてではなく、自分を見ていてくれるギルマスがいることがうれしかった。ミサ姉や、シヴァがいることがうれしかった。ちょっと意地悪なセブンも、いつもやさしいロックがいるのもうれしかった。
今日も、明日も、毎日会える。いつもの場所にいったら、みんなが待っている。いい子でいれば喜んでくれて、悪いことをしたらすぐ、ガツンとHPが減る。わかりやすくて、あたたかい。
そして…リアルでだって会える。ミサ姉が、話を聞いてくれて、ぎゅっとしてくれる。ギルマスが肩に手を置いてくれる。ロックが、こっち、と手を軽く引いて、間違わないようにしてくれたり、シヴァが、ちょっと肩をつかんで、歩いているときに人にぶつからないようにしてくれたり、セブンがニコが遅れそうなときには引っ張って前を歩いているギルマスのところへ連れて行ってくれたりする。そういうちょっとした触れ合いが、とてもうれしい。
なんだか、自分の本当の名前が、「ニコ」な気がしてしまうようになった。今、学園にいたときのように、ニーナと呼ばれても、一瞬気が付かない気がしてしまうぐらいに。
別の人になった気がする。
王国のニコが本当なのか、学園のニーナが本当なのか、ちょっとわからないけれど…。
きっとそれが、オンラインゲーマーということで。「ゲーマー」。いい響きです。
みんなと同じように。
希望を失わず、正しい望みと情熱が認められ、建設的な力となることが出来ますように。
おやすみなさい。




