プロローグ03 親とは
「瓜のつるになすびはならぬ」ということわざがあります。「カエルの子はカエル」なんていうのもきっとお聞きになったことがあるでしょう。でも、自分の親がどんな瓜だったか、どんなカエルだったかということが全く分からなければ、いったいどうすればいいというのでしょう。
見本にする大人は、修道会のシスターと学校の先生。とはいえ学校の先生はそういう役割をするシスターなので、つまりは全体的にシスターしかいない環境です。神父様は男性でしたけれども、寮にいらっしゃることはなかったし、礼拝でお見掛けするのでなければ、あとは懺悔室の中にいらっしゃるのが神父様ということはもちろんありますが、その場合は創生神さまとの仲立ちをしてくださる役割のある方として、となれば自分のお手本というにはあまりにもかけ離れているわけですから、何の参考にもなりませんでした。
お父さんがいるって、どんな感じなんでしょう。お母さんって、どんな人なんでしょう。考えても仕方のないことなのであまり考えないようにして生きてきました。もともとご両親ともに亡くなって、学園に来たという生徒もいたのです。実の親が二人とも生きているのに学校に押し込まれている私と、何たる違いだろう。きっとこの子は親御さんが生きていらっしゃれば、どんなにかわいがられていたことだろう。そう思うとうらやましくてたまりませんでした。
私たちは同じように見えて、しかし全く違います。
ひとりには一部でも手に入った経験があったのです。私にはただ、空白があるだけでした。
親が二人とも生存していて、ちゃんと生活しているのに、私は見えない所にいてくれとばかりに遠ざけられている。事情がないというのは悲しいことです。お父さまお母さまにお手紙を書くの。そういってさびしがっている友達を見るのもつらいことでした。病気療養中のお母さまは手紙を喜んでくださるのだという話が妬ましかったのです。
私は「何かあれば、弁護士さんに連絡を」とは言われてはいましたが、それはつまり学校を退学させられるとか、学校だけで対応できないような不祥事を起こすとか、そういう時はそうしろという指示に過ぎません。つまり「何もないなら、連絡するな」ということでもあるのですよね。
子どもは親に似るものだといいます。自分がどんな性格なのか、どんな能力があるのか。それがわかってくる年齢になると、出来ることも、出来ないことも全部親のせいのような気がしてたまりませんでした。勉強が出来れば、それは親の遺伝子のおかげであり、友達に対して焦燥や妬みにとらわれては、そういうことを感じる自分の性質が私を捨てた親から感染したもののような気がして疎ましかったものです。
赤ちゃんのころに、絞め殺されなくてよかったです(多分)。
お金を出してくれているだけ、まだましでしょう(多分)。
あとから「お前より不幸な奴はたくさんおる」と言われた時には、確かにそうなのだということがわかるぐらいにはなっていましたが、子どもの頃にそんな「まし」を探さなくてはいけなかったのが不公平な気がしたものでした。




