表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

キラ。

――その夜。

 俺は、天使に出会った。




「おやすみなさいませ、オリヴィエ様」

 そう、執事とメイドに告げられ、俺は仕方なく眠ることにした。


 ……だが、いくら照明を落として目を閉じていても、眠気は全くやってこない。

 ホストやキャバ嬢は夜型だと言ったが、その習慣はまだ有効のようだ。まあ、俺は、ホストを辞めるか、他の店に飛ぼうとは思っていたのだが。


「……相談……してえな……」

 枕元の、唯一の現代日本への繋がりである、スマホを見ながらつぶやく。桃は、このゲームの中の世界を知っている。それに、俺には憧れ続けたうちの店のナンバーワンホストもいるのだ。


 その人は、眠そうな二重の目と、金髪のウルフカットに肩まで付く髪といった特徴を持った、実に温厚で人間的に器のでかい人なのだ。

 俺は、この人に出会って、自分がナンバーワンになることを即座に諦めたくらいだ。


「武くん、ちょっとお休み取ったら?疲れてるでしょ?」

 その人――ロウさんは、俺の枕営業バレをした際に、気遣わしげに俺の顔をのぞき込みながら、ぽんぽんと肩を叩いてくれた。もう、ロウさんが「ムラムラしたから抱かせて」と言ったら、俺は喜んで尻を貸すくらいに感動した。


 桃や、ロウさんと話したい。しかし、今はホストもキャバ嬢も仕事の真っ最中なのだ。今、俺が繋がれる人は、誰もいない。


 目を閉じると、嫌な感覚が襲ってきた。俺の、ガキの頃からよく感じていたもので、夜になると酷く落ち込み、悲しくなるのだ。

 誰かに側にいて欲しい。たまらなく寂しい。夜なんか嫌いだ。

 夜も皓々と明かりが付いた、賑やかなホストクラブ。眠らない街。そういうものに惹かれたのは、この静かな暗闇が何よりも大嫌いだったからだ。


 ふと、気がつくと、音が聞こえた。

 それは、人の声のようであったが、ひどくか細く、下手をすると夜の闇にかき消されるほどの音だ。

 ……いや。これは歌だ。

 俺は、眠れない夜を振り払うために、その歌声の聞こえる場所を探すことにした。


 よくよく部屋を見回すと、天井の一部が不自然に出っ張っている。しかし、今の俺の体では、ぴょんぴょん跳ねても全く届きはしない。

 仕方なく、俺は何か使える物はないか調べてみた。すると、部屋に入った時は絶対になかったはずの、脚立が目に入る。俺は、都合の良い展開は気にすることなく、その脚立を使って、天井の出っ張りに手をかけた。


 出っ張りは、下に引くと、あっさりと外れるようになっていた。その穴からは、はしごが下ろせるようにできていた。

 そこからは、ほの明るい、人間のいる気配が漂っている。

 俺の他にも起きている人間がいる。それは、俺にとってなによりもの癒やしであった。


「え……誰……?」

 そんな声が聞こえたが、俺は構わず脚立から天井から生えたはしごを登った。


――そこにいたのは、美少女だった。


 ぺたんと足を崩して座っており、栗色の肩まである髪を、雑にまとめてくくっている。

 身なりも、俺とは大違いで、つぎはぎの付いた粗末なワンピース状の服を着ている。

 目は大きく、ブルーの澄んだ色は外国人のようだ。

 ほっそりとした肢体も、小さな顔も、実にバランスの取れた体だ。


 しかし、居場所が少々良くない。俺はムッとした。こんな美少女が、屋根裏にいるのだ。

 俺があんなに広い部屋に一人でいるのに、この子は狭い屋根裏でネズミと共に生活しているようだった。


「オリヴィエ……様?あの、つい2日ほど前にお世話になることになった、キラです」

 その美少女は、俺の姿を見ると、警戒をといてそう名乗った。

「キラ……あなた、歌は好きなの?」

 俺は、できるだけ俺の今の姿に合いそうな口調を作って、そう聞いた。

「えっ……え、ええと、ごめんなさい、うるさくて。起こしてしまいましたか?」

「寝てなかったから大丈夫。ねえ、歌を歌って?」

「き、聞かせるほどのものでは……」


 そこで、キラの腹から、キュルルルと可愛らしい音が聞こえた。キラは、「あ……」と声を出して、恥ずかしそうに腹を撫でる。


「もしかして、キラ、ご飯食べてないの?」

「い、いえ。頂きました。白いパンを2つも……あは。私って結構大食いなんですね」

 キラは、そう言ったが、年頃の娘っていうのはパン2つで足りる物なのだろうか?少なくとも、俺の夕食に出たのは、シチューと、パンがバスケットに山盛りと、ミディアムレアのローストビーフだった。しかも、おかわりは自由で、俺が「もっと食べたい」と言えば調理場からすぐにおかわりが出てくる仕組みだった。


「待ってて」

 俺はそう言うと、廊下を駆け抜け。階段を降り、位置を覚えたダイニングまで走った。

 そこから調理場のドアをくぐると、タマネギの皮を剥いていたメイドが気づいて、「オリヴィエ様、何か……?」と聞いてきた。

「腹が減ったんだ。何かすぐに食べられるものが欲しい」

「はあ。しかし、オリヴィエ様はシチューを3皿もおかわりなさっていたではないですか?」

 メイドが眉をひそめるので、俺は

「あ、あはは!成長期なんだよ、成長期!」

 と誤魔化した。正直、シチューが美味すぎて3皿もおかわりしてしまったことは否めない。


「まあ、今すぐにとおっしゃっても、軽く炙ったパンにチーズをかけたものくらいしかお出しできませんが」

「うん、それで良い。早く出してくれ」

 俺がそう言うと、メイドはどうにも腑に落ちなさそうな顔をしつつ、食事を準備してくれた。


「俺、自分の部屋で食うから!」

 そう言い残すと、俺は来たときと同じく、風のように駆けて、部屋まで戻った。

 はしごを登って、屋根裏に登る。


「お待たせ!こんなのしかなかったんだけど……」

 そう言って、俺はチーズのかかったパンを差し出した。

「ご、ごめんなさい、私のせいでオリヴィエ様が自ら……」

 そう、キラが言うので、俺はキラのしなやかな手を取り、

「そんなことない。それに、『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』の方が、私は、嬉しい」

 と告げた。これも、ホストの手腕の一つだったが、キラはようやく微笑んでくれた。


――キラがパンを食べ終わると、俺は「ねえ」と声をかけた。

「女の子がこんな場所に住むなんて、やっぱり変だよ。私が父に言えば、きっと――」

「いえ……」

 キラはそのとき、とても悲しそうな顔をした。

「……借金が、あるんです。とても大きい額が」

「……」

 俺は、沈黙した。キャバ嬢含む水商売の女の中には、借金のある女は多数いる。買い物が止められないことが多く、あとは彼氏や旦那の借金を返していたり、事情は様々だ。

 しかし、キラは、少なくともそういった借金ではなさそうだ。


「でも、私、夢があるんです。いつか、自分で万能薬を作って、病気の人たちを助けたいんです」

 キラが言うと、俺は少々がっかりした。このタイプは、いわゆる「ビジネス詐欺」の被害者によくいる。俺は、今まで詐欺に引っかかった経験がないので、正直に言うと、キラを少し馬鹿にした目で見た。

「そう。で、借金はいくらなの?」

 俺が聞くと、キラは

「3億です」

 と答えた。


「キラ。その借金の他に、薬剤師を目指すなら、原料の仕入れやラボを作ったりもしなきゃいけないでしょ?そのお金はどうするの?」

 俺が聞くと、キラは少ししょんぼりして

「……ラボは3億でなんとか用意できましたが、原料を買うほどのお金が……」

 と小さな声で告げた。俺は、この女マジか、と思った。薬剤師やるなら材料費くらい残しとけよ、と、後先考えないキラをやはり、軽蔑してしまった。


「あっそ。頑張ってね。じゃあ、私はこれで」

 キラから利益を引っ張れない以上、深入りするのはごめんだったので、俺はそう言って天井裏の抜け穴の縁に手をかけた。

「あ、あの、オリヴィエ様」

 キラから声をかけられたので振り向くと、キラは胸の前で手を合わせ、

「では、また……」

 と言った。


「またの機会に」というのは、遠回しな断りの合図だが、俺は「うん、またね」と返事をした。

 少々頭が悪いとはいえ、キラは美少女だし、仲良くなっておくのも悪くはないと思ったのだ。


 俺は、不思議と、今夜はぐっすり眠れそうな気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ