グランドと海
色々と衝撃を受けた夕食を終えて、俺は早々に眠ってしまった。
キラとは、会わなかった。どんな顔で会えば良いのかわからなかったからだ。
朝、目が覚めると、俺はすぐに風呂場に行き、シャワーを浴びた。
一日風呂に入らないだけでも気持ちが悪いのは、全くもって日本人である。
ちなみに、この体になって初めてロングヘアを洗ったが、こんなに髪を洗うのが大変だとは思わなかった。これじゃ、気軽に「ロングヘアが好きなんだ。ロングにしてよ」とか言えなくなる。
風呂から出て、髪を乾かすと(これも一仕事だった)、俺はスマホで桃に電話をかけた。
何回かコール音が鳴って、「もしもしぃ?」と甘ったるい声が響く。
「桃か?そっち、特に異常ないか?」
「うん……で、2日連絡がなかった武くんは何してたのかなぁ?」
そう、嫌味のように言われる。
「……悪かったよ。俺の方は……」
と、グランド海賊団につかまっていたこと、キラと光る花を採集しに行ったこと、キラと俺との過去を、思い出しながら喋った。しかし、桃の反応は、何か考え事をしているようだった。
「ってわけだ。これって俺が吸い込まれたゲームのストーリーで合ってるのか?桃」
と、俺が聞くと、桃は声を低くして
「……合ってない」
と言った。
「なんでだ!?俺、確かにお前の持ってきたゲームの中に吸い込まれてこんなことになってるんだけど!?」
俺が言うと、桃は
「キラやパリス、グランド、ドリードなんかの主要キャラクターの名前と性格は合ってるぅ。でも、それだけなのおよぉ。おかしいとは思ったのよねぇ。ストーリー自体は、全然ゲームのストーリーとは違うのよぉ」
と説明してくれた。
「……そうねぇ。まるで、そのキャラクターが実際に生きてるみたいってことかしらぁ」
しかし、そう考えれば、実際に食事をしたり、排泄したり、生理が来たり、納得できることもあった。ゲーム内だと、そういう「生活臭い」動作は省略されるのが一般的だろうしな。
「……そもそも、私が武くんに、そういうゲームを持っていくこと自体変だと思うのよねぇ」
桃の言葉に、俺は硬直した。
「じゃあ、あのゲームは、どうやって俺のところに来たんだ……?」
起き抜けのカラカラの喉でそう絞り出すと、桃は「うーん」と考えて、
「次元の狭間から来たのかもねぇ~」
と、ケラケラ笑った。俺は、この女、戻ったら絶対デコピンしてやる、と思った。
桃と通話を切って、俺は軽く、日課になった筋トレをする。
この美貌を保つためには、それなりの運動が必要だからだ。ゲームの内容と、俺の経験しているゲームの中の日常が違うとわかった以上、「オリヴィエ」がぽっちゃりのぷにぷにになってしまったら悲しすぎる。
……いや、そういうのが好きだって男もいるけど。
筋トレを終え、軽く朝食を取って、俺はグランドのいる宿に電話をかけた。
「もしもし、オリヴィエお嬢様か?」
そう、グランドの少ししゃがれた声が聞こえる。こっちも起き抜けらしいな。
「グランド、ちょっとお願いがあるんだけど……」
俺は、そう言って、お願い事を告げる。
――海岸。
俺は、グランドと、流木を椅子代わりにして、海を見ていた。
「何に付き合わされるかと思ったら、こんなことでいいのかよ?」
グランドは少し不満そうだ。しかし、俺は
「いーんだよ。最近、ちょっと疲れちゃってさあ。誰かと海に来たかっただけ」
と、武、のままの俺の口調で言った。グランドとは、何故か俺が俺でいられる気がしていた。
「俺は、海なんて見飽きてるけどな……」
と、グランドは肘をつきながら言う。
「お前ら陸にいる人間にはわからないかもしれないけどな、海は俺たち海賊にとって、母なんだ。良くも悪くもな」
と、グランド。
「ああ、確かにかーちゃん優しいときもこええ時もあるよな」
と、俺は賛同した。
「怖い母親の時の海は、マジで数人死ぬからな。考えてみろよ。昨日まで、一緒に酒飲んで笑ってたやつが、自分の目の前で波に飲み込まれていなくなるんだ。何度見ても忘れねえ。俺の判断がもっと速ければ、とかよく考えるぜ」
グランドは、そうぽつりぽつりと話し始める。
「長期航海をしなくなったのも、それと、壊血病が原因だ。わりにあわねーんだよ」
「カイケツビョウ?なにか解決しねーと気が済まねえとか?探偵みたいな?」
「ちげーよ。ビタミンC不足による、血が歯茎なんかから出てくる病気だ。粘膜から症状が悪化して、最悪死ぬ。血をだらだら流しながら甲板彷徨ってる姿は、ゾンビそのものだぜ。船医ですら恐ろしがって診ようとしねえし、そもそもビタミンがねえんだ」
「なんで?野菜いっぱい持ってけば良いじゃねえのか?」
「何十日も船の上で、常温で保つ野菜があるのなら、そりゃ持っていくが。ジャガイモだって芽が出ちまう」
俺は、そこで疑問に思った。
「長期航海って、そこまでして、なんで海賊はやりたがるんだ?」
グランドは、
「まだ見ぬ地を踏破してえって、それだけだ。そこに文明があったり、珍しい鉱石・スパイス・織物なんかがあった場合は、持ち帰ることができる。そうすりゃ、新しい商売の開拓にもなるしな。でもな」
そこで話を切って、俺を見る。
「マジでゾクゾクするぜ、あの、誰も踏んだことのない地に降りた瞬間は……!俺らが一番に降りたんだって、死ぬほど興奮しやがる!……お前らから見たら、ただの馬鹿かもしれないけどな」
そう言われたが、俺は、
「いやいやいや。馬鹿じゃねーよ!そりゃ興奮するだろうよ!男として!!」
と、うっかり口を滑らせて、はっと気づき。
「……いや、俺、女だけど」
と言い直す。
「……ふはっ。ははっははは!お前、口調だけじゃなくて、マジで男みてーだな!」
と、グランドは大笑いして言う。俺は、拗ねたように口を尖らせて
「女がそう思っちゃいけないのかよ?」
と答えた。
「いや。悪くねーよ。オリヴィエお嬢様みたいな女だったら、俺も……」
とグランドはぽつりと言い、それから慌てたように
「今のはオフレコだ。聞かなかったことにしてくれ」
と答える。俺は、首をかしげたが、すぐに、「はっは~ん」と思い当たる。
「俺と結婚したいって思った?ねえ思った??」
そうからかうと、グランドは何故か悲しむような瞳で、
「……そういうんじゃない。ちげーよ」
と言ってみせた。




