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薬草の採集

 俺は、自室の天蓋付きの豪奢なベッドに横になっていた。

 ……疲れているはずなのに、眠れない。何か、興奮してしまっている感じがする。目を閉じても、まぶたの裏に光がぼわぼわと見えて、それがダンスしているので、気になって眠れそうもない。


 そういえば、ホストになった直後、やはり眠れなかった俺に、ホストクラブの寮で同室だった先輩が、「これ飲めばすぐ眠くなるよ」と青色の錠剤をくれたことがあった。

 やはり、水商売で昼眠るサイクルができていないと、眠れないことも多々あるそうだ。

 

 俺は今、あの錠剤が無性に欲しかった。嫌いな夜の闇。静けさ。寂寥感。

 眠って全てを忘れたいのに、ごろごろ寝返りをうっても、全く眠れる気配がない。


――すると。

 天井裏から、「ごろん」と何かを転がした音がした。キラがなにかごそごそやっているらしい。

 

 俺は、どうせ眠れないのならと、ベッドから飛び起きて、天井に繋がるはしごを登っていった。


「……キラ?何かあったの?」

 俺が声をかけると、肩まである金髪を「お嬢様しばり」でまとめたキラが、申し訳なさそうに言う。

「ごめんなさい……起こしてしまいましたか?これから、薬草の採集に出かけようと思ってるんです」

 俺は、

「こんな時間に!?もう深夜だよ??」

 とびっくりして言った。

「いえ。夜に採集するのが良いんです。採集すれば、お金もかかりませんし……」

 キラは、大きなショルダーバッグを「よいしょ」と身につけ、「では」と立ち去ろうとした。


「待って!!女の子ひとりじゃ危ないって!」

 俺がそう言うと、キラは

「いえ、オリヴィエ様も女の子では……?」

 と首をかしげた。しまった。俺は、口元に手を当てたが、ごほん、と咳払いをして誤魔化す。

「いえ……どっちにしてもひとりじゃ危ないわ。私を連れて行って!」

 そう告げると、キラは目を丸くして

「オリヴィエ様が、採集を……?」

 と言った。


「そう。私だって、教えて貰えば薬草くらいわかると思うから。一人より、二人で行った方が危なくないって。私、これでも結構夜起きてるのは得意なの!」

 俺が胸を張ると、キラは、自分の幼い妹を見るかのようにくすくすと笑い、

「そうですね。二人で行きましょうか」

 と、俺の手を取った。


――採集場所は、町外れの丘の上にあった。

 俺は、「ふぁああ~」と声を上げる。それほど、絶景がそこには広がっていたのだった。


 丘全体が、輝いている。

 いや、丘自体ではなく、植物の花が、輝いており、それが群生して丘を覆っているのだった。


「……『星のランプ』。そう呼ばれている花で、夜にしか咲かないのです」

 そう、キラは説明してくれた。

 俺が花を手に取ると、袋状になっている花弁と、その中のおしべとめしべ自体が輝きを放っている。まさに、ランプだった。


「早速採集しちゃいましょう。使うのは、この星のランプの根部分です」

「え、花は捨てるの?こんなに綺麗なのに?」

「花は一日でしぼんでしまうんです。花屋にも売れないので、捨ててしまうしかないですね」


 俺は、キラが意外と現実的に考えられていることに少し驚いた。頭弱いだけの女じゃないようだな。


 キラがしゃがんで、作業を始めたので、俺も寝間着のネグリジェをたくし上げて中腰に座り、光っている花を頼りに茎をつかんで、引き抜く。確かに、根は小さな里芋のように膨らんでおり、それを採集するようだ。

 

 俺は、早々にネグリジェで来たことを後悔し始めた。キラがいつものワンピース姿だったので油断してしまったが、これは結構汚れる。

 あと、中腰姿勢が地味に辛い。


――20分後。

 俺は、ついに「キラぁ~!疲れた~!」と音を上げた。

 そもそも、オリヴィエの体になってから、時間があまり経っていないのだ。少女の体は筋肉の付きが悪く、自室でトレーニングもするものの、すぐにへばってしまうほどだった。


 しかし、キラからの返事はない。


「キラぁ?」

 俺が聞いても、キラは一心に採集をしており、返事もしなかった。


 なんだよ。俺、美少女なんだぞ?しかも、こうして泥仕事に付き合ってやってるんだから、返事くらいしてくれてもいいじゃねーか。

 俺は、キラに内心悪態をつきながら、なるべく汚れないように草の上に腰を下ろした。


 なんだよ……ちょっとくらい、構ってくれてもいいじゃん……。

 俺は、実家の母親を思い出した。俺の母親は厳格な教師であることに誇りを持っており、俺にあまり構ってくれたり、一緒に遊んだりすることはほとんどなかった。

 というか、俺に興味がなかったのだと思う。今考えると、「ネグレクトだな」と思うこともしばしばあった。

 

 だからかな、俺が、構ってくれる人にホイホイ懐くようになったのは。

 そして……


「君、可愛いね」

 そう公園で声をかけられたあの日から――俺は、もう水商売に入るしかないと、子供心ながらに思ったのだった。


「あ、す、すみません!疲れましたよね?全然気がつかなくて……」

 そこで、俺ははっと意識を戻した。キラが、泥まみれですまなそうに謝っている。

「いいよ。私、勝手に休憩してたし」

 俺はそう言って、「泥まみれだよ?」とキラに声をかけた。


「あ、あは……私、泥まみれになるのは結構よくあるので。オリヴィエ様は全然そんなこと、したことなさそうです」

 そう言われ、「そうかもね」と俺は答えた。

 そして、キラの用意してくれた瓶の水で手を清めると、俺はキラの頭を撫でた。


「……え?……へ?」

 キラが混乱しているようなので、俺は、

「……キラは良い子だね。今まで、よく頑張ったね。キラは頑張り屋さんだから、疲れちゃうよね」

 と、声をかけた。


 そして、少女の小さな体で、キラを抱きしめる。

「私がいるから。キラは一人で頑張らなくて良いの。私も一緒にいるから――」

 キラは、こわばっていた体から、力を抜き始めた。


 やがて、

「っく……うわああ~~ん!!」

 と、キラは泣き始めた。

 これも、ホストが客を落とすための常套句だが、今はキラのために言ってあげたかった。

 こんなにか細い体の、10代中盤の年齢で、3億もの借金を抱えて、一人で頑張っているのだ。俺と違って、使える金もあまりないだろうし、食事や部屋でさえ満足に与えられない。


「……キラは偉いよ」

 俺はそう言って、泣き続けるキラの頭を撫でていた……。

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